やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 崔 龍洙
 自治医科大学医学部感染・免疫学講座細菌学部門
 抗菌薬が人類の健康と寿命を劇的に延ばした20世紀の医療は,21世紀に入り大きな転機を迎えている.抗菌薬耐性菌の急増により,既存抗菌薬のみでは感染症制御が困難な事例が増加し,新たな治療概念の創出が不可欠となった.このような背景のもと,近年,バクテリオファージ(ファージ)を用いた治療法への関心が世界的に再燃している.かつて抗菌薬の登場によって主流の座を退いたファージ療法は,進化論,分子工学,ドラッグデリバリーシステム(drug delivery system:DDS),個別化医療といった分野の進展を背景に,次世代の創薬モダリティとして再評価されつつある.
 国際的には,米国FDAのSingle Patient IND制度や欧州のMagistral制度の枠組みのもとでファージ療法の臨床応用が進められ,症例の蓄積とともに前向き研究も報告されつつある.一方,日本では制度的基盤の整備や運用指針の確立が検討段階にあり,ファージバイオバンクの構築,品質保証,規制科学,治療設計の標準化などが今後の重要な課題として位置づけられている.これらは,個別の臨床技術を超えて,創薬および医療システム全体のあり方を問う課題である.
 科学・技術面では,ファージへのCRISPR-Cas(clustered regularly interspaced short palindromic repeat/CRISPR-associated proteins)システムの搭載や,感染特異性を規定する構造因子(tail fiber)の遺伝子工学的改変により,感染対象となる細菌の範囲(ホストレンジ)やファージが担う機能を人為的に制御できるようになった.これにより,ファージを“狙いどおりに設計する”ことが可能となりつつある.近年では,非複製性ファージカプシドDDS,遺伝子標的治療,腫瘍微小環境応答型DDSなど,感染症治療を超えた応用も展開されており,ファージは単なる治療粒子から,多機能な創薬基盤へとその役割を拡張しつつある.
 本特集では,基礎生物学から創薬技術,工学的実装,臨床応用,さらには制度・政策に至るまでを横断的に俯瞰し,ファージ療法とファージ創薬の現在地と将来像を体系的に整理する.これを通じて,日本におけるファージ医療・創薬の学術基盤を強化し,臨床実装に向けた道筋を示す.
特集 ファージ療法とファージ創薬の新展開 基礎・臨床・工学・政策を結ぶ総合レビュー
 はじめに(崔 龍洙)
 ファージ生物学の基礎と最新知見(藤本康介・植松 智)
 ファージ療法を支えるテクノロジー─ファージの単離から医療応用まで(中塚哉太・他)
 ファージ工学─改変技術と応用例(満仲翔一・安藤弘樹)
 個別化ファージ療法の臨床実装とファージバンク(氣駕恒太朗・早川佳代子)
 薬剤耐性菌へのファージ応用─最新エビデンス(渡邊真弥・宮永一彦)
 ファージカプシドDDSの新展開─抗菌・抗がん・遺伝子治療,ワクチン開発への拡張(崔 龍洙・他)
 進化のトレードオフによる先進的ファージカクテル設計─進化動態を組み込んだ治療戦略の構築(岩野英知・藤木純平)
 日米欧におけるファージ療法用医薬品の法規制・指針整備の状況(塩田 淳)

TOPICS
 生化学・分子生物学 生体内細胞老化の多様性と臓器機能低下(曽我部裕子・山本拓也)
 免疫学 関節リウマチ病変部に形成される「免疫拠点」(増尾優輝・他)

連載
医療にいかす行動経済学(17)
 小児緩和ケアにおける行動経済学とナッジの応用(多田羅竜平)

知っておくと役に立つ!臨床医のための臨床検査医学講座(5)
 血管系超音波検査の最前線:基礎から臨床,POCUS,そしてAIまで(横山直之)

FORUM
 分子生物学の臨床応用 “分子“から“疾患・患者”へ(4) 腎障害性物質の「入り口」分子メガリンをターゲットとした腎臓病の創薬研究(斎藤亮彦)

 次号の特集予告