はじめに
苅尾七臣
自治医科大学循環器内科
高血圧はわが国における最重要の生活習慣病のひとつであり,脳卒中,冠動脈疾患,心不全,慢性腎臓病など,多彩な心腎血管イベントの最大の修飾可能な危険因子である.しかし,診断技術や治療の選択肢が拡大した現在も,現場で達成されている血圧管理の実態は十分とは言い難い.わが国には約4,300万人の高血圧患者が存在するなかで,血圧コントロールが良好な患者は27%にとどまる.すなわち,それ以外は未治療高血圧,治療中にもかかわらずコントロール不良であり,スクリーニング,診断,治療のいずれかが不完全な状態にある人々が73%を占めていることになる.このギャップを“実装高血圧”として最大の課題と捉えている.いかに実地医療と社会実装の場で血圧管理を最適化できるかが,今後の高血圧診療の成否を左右する(図1).
この課題に対し,日本高血圧学会は最新の「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」を発出し,診断から治療・フォローアップまでの標準化と質の底上げを図っている.さらに血圧測定を,医療者の行為から市民の日常行動へと拡張する取り組みとして,キオスク血圧測定の普及を含む“血圧朝活130キャンペーン”を推進している.血圧管理の第一歩は,正確で継続的な測定にある.家庭血圧を中心に据えたアプローチを徹底し,診察室血圧のみでは捉えにくい早朝高血圧や仮面高血圧を拾い上げ,治療介入につなげることが,実装高血圧の縮減に直結する.
同時に,高血圧診療は“24時間・365日“の管理へと進化している.夜間睡眠時血圧は予後規定因子として重要性が増しており,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)や夜間低酸素,夜間頻尿など関連病態を含めた評価が不可欠である.日内変動のみならず,季節変動も血圧とイベント発症に大きく影響する.寒冷曝露や住環境による“ヒートショック”を視野に入れた生活環境の改善,季節に応じた治療強化・緩和の考え方など,より精緻な季節対応型指針の整備は,特に超高齢社会の日本において喫緊のテーマである.
また,デジタル技術の導入は,高血圧管理の実装を加速させる.ウェアラブルデバイス,AI(artificial intelligence;人工知能),個人健康記録(personal health record:PHR)を活用した“デジタルハイパーテンション“は,血圧データの可視化と行動変容支援を同時に実現しうる.さらにデジタル療法(アプリ治療)は,減塩(Na/K比の改善),運動,睡眠など生活習慣介入の継続を後押しし,医療者側の介入負担を軽減しながら治療アドヒアランスを高める可能性がある.こうした“測る-わかる-続ける-改善する”の循環を社会全体で回すことが,実装高血圧の克服に必要である.
薬物療法も新局面を迎えている.アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(angiotensin receptor-neprilysin inhibitor:ARNI),非ステロイド性MRA(mineralocorticoid receptor antagonist;ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬),SGLT2(sodium-glucose cotransporter 2)阻害薬,アルドステロン合成酵素阻害薬(aldosterone synthase inhibitor:ASI),siRNA(small interfering RNA;低分子干渉RNA)製剤(Zilebesiran),エンドセリンA(endothelin A:ETA)関連薬,インクレチン作動薬など,新たな降圧戦略が広がりつつある.加えて,治療抵抗性高血圧に対する腎デナベーション(renal denervation:RDN)は,適切な患者選択とチーム医療体制の整備を前提に,実装高血圧の戦略的な最終選択肢となりうる.心不全StageBとしての高血圧,肥満と心血管・腎・代謝(cardiovascularkidney-metabolic:CKM)症候群といった新しい疾患概念は,高血圧を単独の数値異常としてではなく,臓器障害の連鎖の起点として捉え直す視点を提供する.さらに,NT-proBNP(N-terminal pro-B-type natriuretic peptide;N末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド),UACR〔Urine(Urinary)albumin-to-creatinine ratio;尿アルブミン/クレアチニン比〕,PWV(pulse wave velocity;脈波伝播速度)/CAVI(cardio-ankle vascular index;心臓足首血管指数)などを用いたバイオマーカー・血管指標に基づく層別化は,“誰に,いつ,どの強さで”介入すべきかを臨床の現場で具体化し,個別化医療の実装を後押しする.
本特集「高血圧診療の現状と展望」では,JSH2025と血圧朝活キャンペーンを軸に,デジタルハイパーテンション,生活習慣介入支援,24時間血圧管理(早朝・夜間),季節変動への対応,高血圧に関連する病態(心不全ステージB,CKM症候群),治療抵抗性高血圧,新規降圧薬,RDNに至るまで,実装高血圧の克服に必要な最新トピックスを俯瞰する.読者の皆さまが,日常診療のなかで診断・治療の取りこぼしを減らし,血圧管理の達成率を着実に高めていくための実践的な視点と具体策を得られることを願っている.
苅尾七臣
自治医科大学循環器内科
高血圧はわが国における最重要の生活習慣病のひとつであり,脳卒中,冠動脈疾患,心不全,慢性腎臓病など,多彩な心腎血管イベントの最大の修飾可能な危険因子である.しかし,診断技術や治療の選択肢が拡大した現在も,現場で達成されている血圧管理の実態は十分とは言い難い.わが国には約4,300万人の高血圧患者が存在するなかで,血圧コントロールが良好な患者は27%にとどまる.すなわち,それ以外は未治療高血圧,治療中にもかかわらずコントロール不良であり,スクリーニング,診断,治療のいずれかが不完全な状態にある人々が73%を占めていることになる.このギャップを“実装高血圧”として最大の課題と捉えている.いかに実地医療と社会実装の場で血圧管理を最適化できるかが,今後の高血圧診療の成否を左右する(図1).
この課題に対し,日本高血圧学会は最新の「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」を発出し,診断から治療・フォローアップまでの標準化と質の底上げを図っている.さらに血圧測定を,医療者の行為から市民の日常行動へと拡張する取り組みとして,キオスク血圧測定の普及を含む“血圧朝活130キャンペーン”を推進している.血圧管理の第一歩は,正確で継続的な測定にある.家庭血圧を中心に据えたアプローチを徹底し,診察室血圧のみでは捉えにくい早朝高血圧や仮面高血圧を拾い上げ,治療介入につなげることが,実装高血圧の縮減に直結する.
同時に,高血圧診療は“24時間・365日“の管理へと進化している.夜間睡眠時血圧は予後規定因子として重要性が増しており,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)や夜間低酸素,夜間頻尿など関連病態を含めた評価が不可欠である.日内変動のみならず,季節変動も血圧とイベント発症に大きく影響する.寒冷曝露や住環境による“ヒートショック”を視野に入れた生活環境の改善,季節に応じた治療強化・緩和の考え方など,より精緻な季節対応型指針の整備は,特に超高齢社会の日本において喫緊のテーマである.
また,デジタル技術の導入は,高血圧管理の実装を加速させる.ウェアラブルデバイス,AI(artificial intelligence;人工知能),個人健康記録(personal health record:PHR)を活用した“デジタルハイパーテンション“は,血圧データの可視化と行動変容支援を同時に実現しうる.さらにデジタル療法(アプリ治療)は,減塩(Na/K比の改善),運動,睡眠など生活習慣介入の継続を後押しし,医療者側の介入負担を軽減しながら治療アドヒアランスを高める可能性がある.こうした“測る-わかる-続ける-改善する”の循環を社会全体で回すことが,実装高血圧の克服に必要である.
薬物療法も新局面を迎えている.アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(angiotensin receptor-neprilysin inhibitor:ARNI),非ステロイド性MRA(mineralocorticoid receptor antagonist;ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬),SGLT2(sodium-glucose cotransporter 2)阻害薬,アルドステロン合成酵素阻害薬(aldosterone synthase inhibitor:ASI),siRNA(small interfering RNA;低分子干渉RNA)製剤(Zilebesiran),エンドセリンA(endothelin A:ETA)関連薬,インクレチン作動薬など,新たな降圧戦略が広がりつつある.加えて,治療抵抗性高血圧に対する腎デナベーション(renal denervation:RDN)は,適切な患者選択とチーム医療体制の整備を前提に,実装高血圧の戦略的な最終選択肢となりうる.心不全StageBとしての高血圧,肥満と心血管・腎・代謝(cardiovascularkidney-metabolic:CKM)症候群といった新しい疾患概念は,高血圧を単独の数値異常としてではなく,臓器障害の連鎖の起点として捉え直す視点を提供する.さらに,NT-proBNP(N-terminal pro-B-type natriuretic peptide;N末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド),UACR〔Urine(Urinary)albumin-to-creatinine ratio;尿アルブミン/クレアチニン比〕,PWV(pulse wave velocity;脈波伝播速度)/CAVI(cardio-ankle vascular index;心臓足首血管指数)などを用いたバイオマーカー・血管指標に基づく層別化は,“誰に,いつ,どの強さで”介入すべきかを臨床の現場で具体化し,個別化医療の実装を後押しする.
本特集「高血圧診療の現状と展望」では,JSH2025と血圧朝活キャンペーンを軸に,デジタルハイパーテンション,生活習慣介入支援,24時間血圧管理(早朝・夜間),季節変動への対応,高血圧に関連する病態(心不全ステージB,CKM症候群),治療抵抗性高血圧,新規降圧薬,RDNに至るまで,実装高血圧の克服に必要な最新トピックスを俯瞰する.読者の皆さまが,日常診療のなかで診断・治療の取りこぼしを減らし,血圧管理の達成率を着実に高めていくための実践的な視点と具体策を得られることを願っている.
特集 高血圧診療の現状と展望
はじめに(苅尾七臣)
「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」─改訂のポイント(大屋祐輔)
実装高血圧学─「血圧朝活」キャンペーンと「高血圧ゼロのまち」モデルタウン事業(富田泰史)
デジタルハイパーテンションで個別最適化治療へ向かう(苅尾七臣)
心不全ステージB(前心不全)における高血圧治療の目的と意義(岸 拓弥)
肥満と心血管・腎・代謝(CKM)症候群(広浜大五郎・柴田 茂)
治療抵抗性高血圧(篠原啓介)
新しい降圧薬─ARNI,非ステロイドMRA,SGLT2阻害薬,アルドステロン合成酵素阻害薬,zilebesiran,エンドセリン受容体拮抗薬,インクレチン作動薬など(茂木正樹)
腎デナベーション(桂田健一)
TOPICS
糖尿病・内分泌代謝学 母体プロゲステロンによる脂肪組織を介した胎児栄養環境の調節機構(山野真由・木村郁夫)
輸血学 新しい輸血ガイドラインの作成(藤原慎一郎・松本雅則)
連載
医療にいかす行動経済学(14)
循環器病管理における行動経済学的介入(鈴木隆宏)
知っておくと役に立つ!臨床医のための臨床検査医学講座(2)
今どきの心エコー図検査(黒沢幸嗣)
FORUM
分子生物学の臨床応用 “分子“から“疾患・患者”へ はじめに(扇田久和)
分子生物学の臨床応用 “分子“から“疾患・患者”へ(1) 血管内皮を標的とした治療戦略の進展─分子機構の理解から臨床応用へ(樋田京子)
書評『医療から行動経済学を再考する アタマとこころと仕掛け』(大竹文雄)
次号の特集予告
はじめに(苅尾七臣)
「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」─改訂のポイント(大屋祐輔)
実装高血圧学─「血圧朝活」キャンペーンと「高血圧ゼロのまち」モデルタウン事業(富田泰史)
デジタルハイパーテンションで個別最適化治療へ向かう(苅尾七臣)
心不全ステージB(前心不全)における高血圧治療の目的と意義(岸 拓弥)
肥満と心血管・腎・代謝(CKM)症候群(広浜大五郎・柴田 茂)
治療抵抗性高血圧(篠原啓介)
新しい降圧薬─ARNI,非ステロイドMRA,SGLT2阻害薬,アルドステロン合成酵素阻害薬,zilebesiran,エンドセリン受容体拮抗薬,インクレチン作動薬など(茂木正樹)
腎デナベーション(桂田健一)
TOPICS
糖尿病・内分泌代謝学 母体プロゲステロンによる脂肪組織を介した胎児栄養環境の調節機構(山野真由・木村郁夫)
輸血学 新しい輸血ガイドラインの作成(藤原慎一郎・松本雅則)
連載
医療にいかす行動経済学(14)
循環器病管理における行動経済学的介入(鈴木隆宏)
知っておくと役に立つ!臨床医のための臨床検査医学講座(2)
今どきの心エコー図検査(黒沢幸嗣)
FORUM
分子生物学の臨床応用 “分子“から“疾患・患者”へ はじめに(扇田久和)
分子生物学の臨床応用 “分子“から“疾患・患者”へ(1) 血管内皮を標的とした治療戦略の進展─分子機構の理解から臨床応用へ(樋田京子)
書評『医療から行動経済学を再考する アタマとこころと仕掛け』(大竹文雄)
次号の特集予告















