やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 北風政史
 阪和病院・阪和記念病院総長
 医学・医療の進歩は,演繹と帰納という2つの思考法の相互作用により支えられてきた.それらは,基礎医学や観察研究で得られた知見から仮説を立て,介入研究や治験でその妥当性を検証する演繹的手法と,臨床現場やコホート研究で得られた大量の診療データを統計的に解析し,そこから新たな理論を導く帰納的手法である.これは,ケプラーが星の運行を観察してケプラーの法則を見出し,ニュートンがそれを数学的に解析して万有引力の法則を導いた過程に似ている.古来,医療は経験や勘に基づく伝承的営みであったが,近代医学の百年を振り返ると,生物学的発見や医療機器の発明など,演繹的研究による飛躍がその中心を占めてきた.実際,ノーベル生理学・医学賞の受賞研究の多くは,分子・細胞レベルの生命現象を解明し,新しい原理や治療法を生み出したものであり,演繹的探究の成果が現代医療の礎となっていることは明らかである.
 しかし近年,網羅的遺伝子解析や電子カルテの普及により,医療ビッグデータの収集が格段に容易となった.さらにインターネットの発展とAI技術の進歩が加わり,大規模言語モデル(LLM)に代表されるようなデータ駆動型の帰納的研究が大きく脚光を浴びている.つまり,ビッグデータを基盤とする新しい数学と医学の融合が,今まさに医学研究の新たな柱として形成されつつある.
 本特集では,医療ビッグデータ研究の現状と展望を,データ収集,解析手法,社会実装の3つの視点から論じる.各分野の第一線で活躍する研究者により,データ科学と医学の協奏がもたらす未来像を提示していただく.医療ビッグデータの構築,計算技術の飛躍的進歩,AIによる新しいアルゴリズムの誕生は,まさに医学の新しい時代の幕開けである.本特集が,新たな仮説の創出と予期せぬ発見を促し,その成果が社会に還元される契機となることを願っている.
特集 医療ビッグデータ・リアルワールドデータ研究のあり方・進め方
 はじめに(北風政史)
 医薬品の安全性・有効性評価の観点からみたリアルワールドデータの定義・種類・利活用の実際(深澤俊貴・川上浩司)
 臨床医学の観点からみた医療ビッグデータの定義・種類・利活用の実際(多田篤司・安斉俊久)
 難病の全ゲノム解析研究における基盤構築(徳永勝士)
 がん領域におけるRWD活用の現状とゲノムデータベース基盤の展望(水野孝昭・他)
 医療ビッグデータの解析法(1) LAMP法による医療仮説マイニング(鷲尾 隆)
 医療ビッグデータの解析法(2) 医療RWDにおける機械学習の決定木と深層学習の役割(林 勲・入江穂乃香)
 医療ビッグデータによる新規疾病発症予測─予測アルゴリズム構築からAI健診の実装および企業・自治体との連携まで(宮下洋平・北風政史)

TOPICS
 輸血学 ABO式血液型不適合造血幹細胞移植後の血液型検査(水村真也)
 癌・腫瘍学 頬粘膜における体細胞モザイクの解明と安全で正確な食道がん予測モデルの構築(横山顕礼・垣内伸之)

連載
医療にいかす行動経済学(13)
 糖尿病患者の不確実性下における意思決定(江本直也)

知っておくと役に立つ!臨床医のための臨床検査医学講座
 はじめに(村上正巳)

知っておくと役に立つ!臨床医のための臨床検査医学講座(1)
 循環器生理機能検査(心電図を含む)(古川泰司)

FORUM
 人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(20) 人と人のつながり(高木大資)

 次号の特集予告