やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 加藤英明
 東京大学先端科学技術研究センター
 カエルの網膜より視物質ロドプシンが発見されてから約150年,高度好塩菌から初の微生物型ロドプシンが発見されてから55年.動物がいかにして光を受け取り,世界を見ているのかという素朴で根源的な問いに端を発したロドプシン研究は,いまや視覚研究にとどまることなく,生理学,生物物理学,生態学,微生物学,神経科学など,数多の分野を横断する巨大な学問領域へと発展している.
 とりわけ,ロドプシンを用いて細胞活動や生命現象を光で自在に操るバイオテクノロジー“光遺伝学(オプトジェネティクス)”の登場は,神経科学の風景を一変させた.光遺伝学という言葉が生まれた2006年から20年が経過した現在,光遺伝学に用いられるロドプシンの性能は飛躍的に向上し,その応用は神経科学の枠組みを越えて広がり続けている.さらにはヒト疾患に対する遺伝子治療の可能性をも切り拓きつつあり,基礎から臨床へと至る連続した地平が,いま確かに見え始めている.
 こうした時代の潮流をふまえ,本特集では光遺伝学技術を磨き上げる,あるいは最前線で駆使し続ける研究者たちを迎え,光遺伝学の基礎と臨床の現在地を描き出すことを試みた.第1稿,第2稿では井上ら,但馬らが,微生物型ロドプシンのなかでも光遺伝学ツールとして最も広く用いられてきたイオン輸送型ロドプシンに光を当て,その特性の分子基盤を紐解くとともに,構造情報や機械学習を活用した機能改変の最前線を紹介する.第3稿では角田らが,比較的近年に発見された酵素型ロドプシンを取り上げ,第4稿では小柳らが,動物型ロドプシンを基盤とする光遺伝学ツール開発の展開を論じる.いずれも基礎研究と開発研究の交差点に立つ試みである.
 一方,第5稿から第8稿では,応用研究の広がりを見渡す.第5稿では須藤が,イオン輸送型ロドプシンによる細胞内pH制御を通じたアポトーシス誘導という新たな応用を示し,第6稿,第7稿では田尾ら,佐々木が,それぞれマウスおよびマカクザルを用いた光遺伝学研究のひとつの到達点を描く.そして第8稿では中田が,臨床応用のなかでも最も進展が著しい視覚再生研究に焦点を当て,その現状と未来への展望を提示する.
 本特集を通して,読者は光遺伝学研究の最前線に広がる風景を体感することができるであろう.同時に,第一線の研究者にとっても,本特集が知の現在地を見つめ直し,その輪郭をより鮮明にする契機となるならば,編者としてこれに勝る喜びはない.
特集 光遺伝学の基礎と臨床の最前線
 はじめに(加藤英明)
 機械学習を用いたイオン輸送型ロドプシンの機能予測と分子開発(井上圭一・竹内一郎)
 チャネル型ロドプシンの構造機能相関および構造に基づく分子改変の現状(但馬聖也・加藤英明)
 細胞の“情報伝達”を光で操る─酵素ロドプシンに基づくセカンドメッセンジャー制御技術(角田 聡・神取秀樹)
 動物ロドプシンをベースとした光遺伝学ツールの最前線(小柳光正・寺北明久)
 光によるがん治療を目指した光依存的な細胞死誘導技術の開発(須藤雄気)
 光遺伝学より明らかになってきた海馬における社会性記憶の神経メカニズム(田尾賢太郎・他)
 精神神経疾患の病態解明に向けた意思決定操作の光遺伝学的研究(佐々木 亮)
 失われた視覚を再生する光遺伝学─科学と臨床の最前線(中田直之)

TOPICS
 膠原病・リウマチ学 精神神経ループスにおけるミクログリア活性化と新規治療標的の可能性(狩野皓平・渥美達也)
 消化器内科学 代謝機能を保持した成人肝細胞由来オルガノイド培養法の開発(五十嵐 亮・佐藤俊朗)

連載
医療における生成AIとDX(14)
 個人主導の医療DX化に伴う薬機法上の注意点(フランケン)

医療にいかす行動経済学(11)
 データと行動科学でヘルスシステムを改善する─健診・保健事業における行動科学と実装研究のモデル(福間真悟)

FORUM
 人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(18) 情報的に健康な社会を(鳥海不二夫)

 次号の特集予告