はじめに
高木大資
京都大学大学院医学研究科社会的インパクト評価学講座
社会的つながりは,われわれの生活や健康にとってどのような意味を持つのであろうか.この問いは,これまでにさまざまな学問分野の研究対象となってきた.心理学では,社会的排斥に直面した際の脳活動が身体的痛みを感じた場合と類似していることが示され,社会的動物である人にとっての社会的つながりの根源的な重要性が見出されてきた 1).また,社会ネットワーク分析では,社会ネットワーク内の“空隙“こそがイノベーションをもたらしうることが示されるなど,つながりのあり方―構造―が持つ意味が探求されてきた 2).そして健康科学分野においては,社会的つながりと健康の関連についての膨大な疫学研究を通じて,社会的つながりは人の死亡リスクさえ規定しうる主要な“健康の社会的決定要因”のひとつであることが明らかにされてきた―Holt-Lunstadらによるメタ分析では,孤独は毎日タバコを15本吸うことに匹敵する健康リスクとなりうることが報告されている 3).
近年,婚姻率の低下による親族ネットワークの縮小やコロナ禍を経て,医学,公衆衛生学,疫学を含むさまざまな領域において“孤独・孤立”が学術的・政策的に重要なキーワードのひとつとなっている.そのような社会的背景のもと,社会的つながりは失われつつあるものとして語られることが多い.であれば,これはわれわれの健康が危機に曝されていることを意味するのであろうか.
状況はそう単純ではなさそうである.地域コミュニティの希薄化などの議論は,すでに1900年代半ばから社会学において盛んに議論されていたし,2000年以降の情報通信技術(ICT)やSNSの発展・普及は,人々のつながりを時間的・空間的制約を超えて拡張さえさせたはずである.つまり,社会的つながりは一方向的に減少・希薄化に向かっているわけではなさそうである.その一方で,経済格差などに伴う社会的つながりの格差や,地縁・血縁の減少は,たしかにわれわれの健康や生活への不安を喚起している.
こうした状況は単なるつながりの“減少“や“増加”では捉えきれず,さまざまな側面から社会的つながりと健康の関連を問い直す必要性を生じさせている.ICTを通じた社会的つながりは健康に何をもたらすのか.紐帯ともよべないが都市社会に確かに存在する多様な形態の社会的相互作用は,人のウェルビーイングにどのような役割を果たしているのか.虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)といった社会関係の負の側面は,社会的つながりのあり方とどのように関連しているのか.さらに,人々の社会的つながりを構築するために行われているさまざまな取り組みは,健康にどのような効果を持ちうるのか.
本特集では“社会的つながりと健康“の関連について,各分野を代表する研究者に,各専門領域における現代的な重要トピックを論じていただく.分野横断的な論考を通じ,現代社会における“社会的つながりと健康”の関連をあらためて問い直し,今後の健康づくりのための手がかりを提示したい.
文献
1)Eisenberger NI et al.Science 2003;302(5643):290-2.
2)Yang K et al.Palgrave Commun 2020;6:7.
3)Holt-Lunstad J et al.PLoS Med 2010;7(7):e1000316.
高木大資
京都大学大学院医学研究科社会的インパクト評価学講座
社会的つながりは,われわれの生活や健康にとってどのような意味を持つのであろうか.この問いは,これまでにさまざまな学問分野の研究対象となってきた.心理学では,社会的排斥に直面した際の脳活動が身体的痛みを感じた場合と類似していることが示され,社会的動物である人にとっての社会的つながりの根源的な重要性が見出されてきた 1).また,社会ネットワーク分析では,社会ネットワーク内の“空隙“こそがイノベーションをもたらしうることが示されるなど,つながりのあり方―構造―が持つ意味が探求されてきた 2).そして健康科学分野においては,社会的つながりと健康の関連についての膨大な疫学研究を通じて,社会的つながりは人の死亡リスクさえ規定しうる主要な“健康の社会的決定要因”のひとつであることが明らかにされてきた―Holt-Lunstadらによるメタ分析では,孤独は毎日タバコを15本吸うことに匹敵する健康リスクとなりうることが報告されている 3).
近年,婚姻率の低下による親族ネットワークの縮小やコロナ禍を経て,医学,公衆衛生学,疫学を含むさまざまな領域において“孤独・孤立”が学術的・政策的に重要なキーワードのひとつとなっている.そのような社会的背景のもと,社会的つながりは失われつつあるものとして語られることが多い.であれば,これはわれわれの健康が危機に曝されていることを意味するのであろうか.
状況はそう単純ではなさそうである.地域コミュニティの希薄化などの議論は,すでに1900年代半ばから社会学において盛んに議論されていたし,2000年以降の情報通信技術(ICT)やSNSの発展・普及は,人々のつながりを時間的・空間的制約を超えて拡張さえさせたはずである.つまり,社会的つながりは一方向的に減少・希薄化に向かっているわけではなさそうである.その一方で,経済格差などに伴う社会的つながりの格差や,地縁・血縁の減少は,たしかにわれわれの健康や生活への不安を喚起している.
こうした状況は単なるつながりの“減少“や“増加”では捉えきれず,さまざまな側面から社会的つながりと健康の関連を問い直す必要性を生じさせている.ICTを通じた社会的つながりは健康に何をもたらすのか.紐帯ともよべないが都市社会に確かに存在する多様な形態の社会的相互作用は,人のウェルビーイングにどのような役割を果たしているのか.虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)といった社会関係の負の側面は,社会的つながりのあり方とどのように関連しているのか.さらに,人々の社会的つながりを構築するために行われているさまざまな取り組みは,健康にどのような効果を持ちうるのか.
本特集では“社会的つながりと健康“の関連について,各分野を代表する研究者に,各専門領域における現代的な重要トピックを論じていただく.分野横断的な論考を通じ,現代社会における“社会的つながりと健康”の関連をあらためて問い直し,今後の健康づくりのための手がかりを提示したい.
文献
1)Eisenberger NI et al.Science 2003;302(5643):290-2.
2)Yang K et al.Palgrave Commun 2020;6:7.
3)Holt-Lunstad J et al.PLoS Med 2010;7(7):e1000316.
特集 社会的つながりと健康
はじめに(高木大資)
社会的つながりと健康をめぐる情報通信技術(ICT)の役割(中込敦士)
社会環境が生み出す暴力と予防(古賀千絵・近藤克則)
再考:社会的処方─到達点と実装に向けた課題(西岡大輔)
高齢者の通いの場と健康(井手一茂)
都市公共空間における相互作用とウェルビーイング(石黒 格)
社会的つながりがドメスティックバイオレンス(DV)を防ぐとき,防げないとき(相馬敏彦)
社会ネットワーク構造と健康(高木大資)
つながりの喪失がもたらすもの─高齢者の社会的孤立の影響と対策(斉藤雅茂)
TOPICS
生化学・分子生物学 Reprimo(RPRM):YAPシグナルを介して外因性アポトーシスを誘導するがん抑制因子(大木理恵子・他)
癌・腫瘍学 トリプルネガティブ乳がん治療─PARP阻害薬を中心に(吉田奈央・他)
連載
医療における生成AIとDX(12)
医療情報の民主化に向けて─医学論文をもっと身近に─医学論文AI総合サイト『MVidEra』(村田悠典)
医療にいかす行動経済学(9)
HPVワクチンと行動経済学─接種率の回復に向けて(八木麻未・上田 豊)
FORUM
人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(16) 宇宙の研究開発と医学(阪本成一)
次号の特集予告
はじめに(高木大資)
社会的つながりと健康をめぐる情報通信技術(ICT)の役割(中込敦士)
社会環境が生み出す暴力と予防(古賀千絵・近藤克則)
再考:社会的処方─到達点と実装に向けた課題(西岡大輔)
高齢者の通いの場と健康(井手一茂)
都市公共空間における相互作用とウェルビーイング(石黒 格)
社会的つながりがドメスティックバイオレンス(DV)を防ぐとき,防げないとき(相馬敏彦)
社会ネットワーク構造と健康(高木大資)
つながりの喪失がもたらすもの─高齢者の社会的孤立の影響と対策(斉藤雅茂)
TOPICS
生化学・分子生物学 Reprimo(RPRM):YAPシグナルを介して外因性アポトーシスを誘導するがん抑制因子(大木理恵子・他)
癌・腫瘍学 トリプルネガティブ乳がん治療─PARP阻害薬を中心に(吉田奈央・他)
連載
医療における生成AIとDX(12)
医療情報の民主化に向けて─医学論文をもっと身近に─医学論文AI総合サイト『MVidEra』(村田悠典)
医療にいかす行動経済学(9)
HPVワクチンと行動経済学─接種率の回復に向けて(八木麻未・上田 豊)
FORUM
人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(16) 宇宙の研究開発と医学(阪本成一)
次号の特集予告















