はじめに
久松理一
杏林大学医学部消化器内科
炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)の患者数は日本を含めて世界的に増加傾向であり,消化器疾患のなかでのメジャー疾患になりつつある.近年のIBD診療はめざましい勢いで進歩しており,特に治療において分子標的薬の登場が診療体系を一変させた.新しいところではIL-23p19抗体製剤,経口低分子化合物であるJAK(Janus kinase)阻害薬やS1P(スフィンゴシン-1-リン酸)受容体調節薬が日常診療で使用可能となった.治療選択肢が増えたことは患者にとっても医療者にとっても朗報であることは間違いないが,一方で薬剤選択が複雑になってきているのも事実である.最も危惧されることは,抗TNF(tumor necrosis factor)-α抗体製剤の登場前後を知っている世代は少なくともこれまでの新薬開発の経緯を知っているが,これからIBD診療を志す若い世代とっては,いきなり10種類近くの分子標的薬が目の前に並んだところから始まることになる.その薬剤選択が治験における奏効率だけで判断できるかといえば,それはNOである.どの薬剤をもってしても突出した臨床的寛解率を出し得ておらず,いわゆる治療の天井(therapeutic ceiling)が存在する.逆に,どの薬剤を選択したとしても一定の確率で効果を発揮するはずなので,それを「自分の治療選択が正解だった」と思い込むのは大きな間違いだと思う.
分子標的薬は名前のとおり,分子レベルでの作用機序が存在する.それは免疫学,粘膜免疫学の知見に基づいたものである.この作用機序を理解することがIBDの病態を理解する近道になる.分子標的薬登場前は病態の理解と治療薬の選択が直接結びついていなかったが,現在では分子標的薬を理解することでIBDの病態を理解することが可能なのである.そこからさらに掘り下げ,粘膜免疫学,腸内細菌学,疾患関連遺伝子の理解を深めることもできる.
本書の構成は,IBD病態の基本(疫学,粘膜免疫学,疾患関連遺伝子),病態研究のトピックス,新しい分子標的薬,これからの課題となっており,それぞれ第一線で活躍している先生方にご執筆いただいている.もちろん頭から読みはじめてもかまわないが,もし臨床医で少し病態を学ぶことに壁を感じるならば,ぜひ分子標的治療のところから読みはじめてみてほしい.そこからぜひIBD病態研究や粘膜免疫学に興味を持ってもらいたい.本書によってIBDの病態に興味を持つ医師,研究者が増えてくれれば企画者として大変うれしい.
最後に,ご多忙のなか,ご執筆いただいた先生方には心から御礼を申し上げます.
久松理一
杏林大学医学部消化器内科
炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)の患者数は日本を含めて世界的に増加傾向であり,消化器疾患のなかでのメジャー疾患になりつつある.近年のIBD診療はめざましい勢いで進歩しており,特に治療において分子標的薬の登場が診療体系を一変させた.新しいところではIL-23p19抗体製剤,経口低分子化合物であるJAK(Janus kinase)阻害薬やS1P(スフィンゴシン-1-リン酸)受容体調節薬が日常診療で使用可能となった.治療選択肢が増えたことは患者にとっても医療者にとっても朗報であることは間違いないが,一方で薬剤選択が複雑になってきているのも事実である.最も危惧されることは,抗TNF(tumor necrosis factor)-α抗体製剤の登場前後を知っている世代は少なくともこれまでの新薬開発の経緯を知っているが,これからIBD診療を志す若い世代とっては,いきなり10種類近くの分子標的薬が目の前に並んだところから始まることになる.その薬剤選択が治験における奏効率だけで判断できるかといえば,それはNOである.どの薬剤をもってしても突出した臨床的寛解率を出し得ておらず,いわゆる治療の天井(therapeutic ceiling)が存在する.逆に,どの薬剤を選択したとしても一定の確率で効果を発揮するはずなので,それを「自分の治療選択が正解だった」と思い込むのは大きな間違いだと思う.
分子標的薬は名前のとおり,分子レベルでの作用機序が存在する.それは免疫学,粘膜免疫学の知見に基づいたものである.この作用機序を理解することがIBDの病態を理解する近道になる.分子標的薬登場前は病態の理解と治療薬の選択が直接結びついていなかったが,現在では分子標的薬を理解することでIBDの病態を理解することが可能なのである.そこからさらに掘り下げ,粘膜免疫学,腸内細菌学,疾患関連遺伝子の理解を深めることもできる.
本書の構成は,IBD病態の基本(疫学,粘膜免疫学,疾患関連遺伝子),病態研究のトピックス,新しい分子標的薬,これからの課題となっており,それぞれ第一線で活躍している先生方にご執筆いただいている.もちろん頭から読みはじめてもかまわないが,もし臨床医で少し病態を学ぶことに壁を感じるならば,ぜひ分子標的治療のところから読みはじめてみてほしい.そこからぜひIBD病態研究や粘膜免疫学に興味を持ってもらいたい.本書によってIBDの病態に興味を持つ医師,研究者が増えてくれれば企画者として大変うれしい.
最後に,ご多忙のなか,ご執筆いただいた先生方には心から御礼を申し上げます.
特集 炎症性腸疾患 研究と臨床の最新知見
はじめに(久松理一)
炎症性腸疾患の疫学(松岡克善)
炎症性腸疾患の病態─免疫学的観点から(仲瀬裕志)
疾患関連遺伝子からみた炎症性腸疾患の病態(角田洋一)
炎症性腸疾患の病態における腸内細菌叢の関与(三好 潤)
腸管を中心とした多臓器連関(三上洋平)
口腸連関から探る炎症性腸疾患の病態理解(山崎恭子・鎌田信彦)
潰瘍性大腸炎における抗インテグリンαvβ6自己抗体─診断・疾患活動性評価から治療標的まで(桒田 威・他)
炎症性腸疾患に対する新規薬剤─IL-23p19抗体のメカニズムから臨床成績まで(田中美帆・猿田雅之)
炎症性腸疾患に対する新規薬剤─JAK阻害薬のメカニズムから臨床成績まで(佐野泰樹・長沼 誠)
炎症性腸疾患に対する新規薬剤─S1P受容体調節薬のメカニズムから臨床成績まで(松林真央・小林 拓)
分子標的治療薬時代の課題─治療効果予測,治療の天井,併用療法の現状と今後の展望(池ノ内真衣子・新﨑信一郎)
TOPICS
社会医学/産科学・婦人科学 性暴力・DVは公衆衛生上の重大な課題─すべての臨床医に求められる初動対応(種部恭子)
免疫学 結核菌アジュバントを認識する新しいT細胞サブセット(坂井由葵)
連載
医師の働き方改革─取り組みの現状と課題(14)
学外での学会,講演会,研修会等への参加の取り扱い(羽渕友則)
医療における生成AIとDX(6)
放射線画像診断における生成AIの臨床応用(中村優太)
医療にいかす行動経済学(3)
行動経済学とヘルスケア─経済学と経営学の視点から(後藤 励)
FORUM
人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(10) 働き方の変化とウェルビーイング:自律と協調のはざまで(島津明人)
次号の特集予告
はじめに(久松理一)
炎症性腸疾患の疫学(松岡克善)
炎症性腸疾患の病態─免疫学的観点から(仲瀬裕志)
疾患関連遺伝子からみた炎症性腸疾患の病態(角田洋一)
炎症性腸疾患の病態における腸内細菌叢の関与(三好 潤)
腸管を中心とした多臓器連関(三上洋平)
口腸連関から探る炎症性腸疾患の病態理解(山崎恭子・鎌田信彦)
潰瘍性大腸炎における抗インテグリンαvβ6自己抗体─診断・疾患活動性評価から治療標的まで(桒田 威・他)
炎症性腸疾患に対する新規薬剤─IL-23p19抗体のメカニズムから臨床成績まで(田中美帆・猿田雅之)
炎症性腸疾患に対する新規薬剤─JAK阻害薬のメカニズムから臨床成績まで(佐野泰樹・長沼 誠)
炎症性腸疾患に対する新規薬剤─S1P受容体調節薬のメカニズムから臨床成績まで(松林真央・小林 拓)
分子標的治療薬時代の課題─治療効果予測,治療の天井,併用療法の現状と今後の展望(池ノ内真衣子・新﨑信一郎)
TOPICS
社会医学/産科学・婦人科学 性暴力・DVは公衆衛生上の重大な課題─すべての臨床医に求められる初動対応(種部恭子)
免疫学 結核菌アジュバントを認識する新しいT細胞サブセット(坂井由葵)
連載
医師の働き方改革─取り組みの現状と課題(14)
学外での学会,講演会,研修会等への参加の取り扱い(羽渕友則)
医療における生成AIとDX(6)
放射線画像診断における生成AIの臨床応用(中村優太)
医療にいかす行動経済学(3)
行動経済学とヘルスケア─経済学と経営学の視点から(後藤 励)
FORUM
人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(10) 働き方の変化とウェルビーイング:自律と協調のはざまで(島津明人)
次号の特集予告















