やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 柚﨑通介
 慶應義塾大学ヒト生物学-微生物叢-量子計算研究センター(Bio2Q)
 われわれは本当に万物の霊長なのでしょうか.ヒトの脳には約一千億個の神経細胞がありますが,クジラなどはそれをはるかに上回ります.では,何がヒトを特異たらしめるのでしょうか.その答えのひとつは,ヒトの単一の神経細胞が持つ膨大なシナプス数とその可塑性にあります.シナプスは神経細胞同士をつなぐ結び目であり,人工知能におけるニューラルネットワークと同様に,シナプス数が多いほど演算能力が飛躍的に向上します.またシナプスは,経験や学習に応じて機能や数が変化する可塑性を持ちます.すなわち,シナプスこそがヒトの知性の源泉であると考えられます.この意味において今回の特集では“All You Need is Synapse(シナプスこそすべて)”と表題をつけました.
 近年,統合失調症,認知症,自閉スペクトラム症などの精神・神経疾患や発達障害で,シナプスの形成・維持・刈り込みに関与する遺伝子の変異や発現異常が病態の核心に位置づけられることが相次いで示されています.さらに,認知症,パーキンソン病,難聴,緑内障といった神経変性疾患や,脊髄損傷などの外傷性疾患においても,シナプス機能や構造の破綻が神経細胞死に先行して出現することから,これらを包括する“シナプス病(synaptopathy)“という概念が提唱されています.シナプス病に挑むには,生体内でのシナプス異常を早期・客観的に捉える診断技術(分子イメージングや液性・電気生理バイオマーカーなど)の確立が必要です.また,個々のシナプス分子の役割を神経回路や行動レベルに連結して理解する統合的研究が不可欠となります.本特集では,疾患横断の視点から最新知見と治療戦略の方向性を,各分野の専門家に概説いただきました.副題“シナプスを標的とした創薬に向けて”が示すように,シナプスを起点とする精密医療と創薬の実装を加速し,基礎と臨床の橋渡しを一段と前進させる契機となれば幸いです.
特集 “All You Need is Synapse”シナプスを標的とした創薬に向けて
 はじめに(柚﨑通介)
 ヒト生体脳におけるAMPA受容体の可視化─[11C]K-2を用いた精神疾患の神経基盤の解明(波多野真依・高橋琢哉)
 統合失調症における“シナプス刈り込み仮説”を再考する(林(高木) 朗子)
 自閉スペクトラム症とシナプス異常(内匠 透)
 シナプスを機能的に増強する─記憶障害治療への新たな可能性(廣内大成・林 康紀)
 人工シナプスオーガナイザーによる小脳失調・認知症・脊髄損傷への治療(鈴木邦道)
 シナプス障害を基盤とした緑内障発症機構と治療戦略(篠崎陽一・他)
 シナプス誤接続による慢性疼痛およびその治療戦略(小泉修一・鍋倉淳一)

TOPICS
 再生医学 ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植による免疫調節機構を介した肝線維化抑制(田所友美)
 生化学・分子生物学一細胞エンハンサー解析でT細胞多様性と免疫疾患に迫る(小口綾貴子)

連載
ケースから学ぶ臨床倫理推論(23)
 先天性疾患を有した新生児の手術(加部一彦)

イチから学び直す医療統計(15)
 欠測データの解析手法(十島玄汰・他)

医療分野におけるブロックチェーンとNFTの活用(5)
 非匿名化情報による医療用AIソフトウェア開発基盤の研究開発について(森岡康一)

医師の働き方改革─取り組みの現状と課題(4)
 変形労働時間制と裁量労働制の仕組みと違い(東田修二)

FORUM
 司法精神医学への招待─精神医学と法律の接点(18)(最終回) 認定鑑定医制度と人材育成(八木 深)

 次号の特集予告