やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 山下俊英
 大阪大学大学院医学系研究科分子神経科学
 レジリエンス(resilience)とは,一般に“回復力“や“復元力”と訳され,もともとは物理学で用いられてきた概念であるが,心理学やビジネスなど多様な分野でも広く使われている.近年,医学領域においてもその重要性が注目され,本質を探る研究が急速に進展している.
 たとえば,老化に伴う回復力・修復力の低下は,ほぼすべての臓器で共通して認められる現象である.これは老化関連疾患の発症や悪化を促す主要な要因でありながら,その詳細なメカニズムはいまだ不明な点が多く残されている.神経組織に目を向けると,成人であっても内在的な修復能力を備えている一方,加齢とともにその力は衰え,疾患に対する脆弱性が増していく.こうした現象は,加齢によって生体システム全体の回復力・修復力―すなわちレジリエンス―が低下することに起因すると考えられる.
 このレジリエンスの低下は神経系に限らず,免疫,心臓,腎臓など多様な臓器に及ぶ.老化や各種疾患は,生体システムの構造や機能を時空間的に変容させ,臓器間の精緻な連関を揺るがす.その結果,恒常性が破綻し,複数の臓器が連鎖的に影響を受ける“多病状態”へと至るとも考えられる.
 本特集では,この分野を切り拓いてきた第一線の研究者に,生体システムのレジリエンス研究の最前線を紹介していただく.本分野の研究は,生体を包括的に観察し,その複雑なメカニズムを解明することを目的としており,最新イメージングなど多角的かつ革新的な技術を駆使して進められている.さらに,生まれながらに備わる回復メカニズムを制御し,新たな治療法や疾患予防へとつなげることで,新規の治療戦略の開発や,さまざまな疾患の予防・治療への応用が期待される,非常にダイナミックで将来性豊かな分野である.レジリエンス研究は,健康長寿社会を支える鍵を握る,未来志向の学問である.
 はじめに(山下俊英)
ゲートウェイ反射による慢性炎症性疾患の病態制御
 (村上 薫・他)
脳梗塞と修復性ミクログリア
 (猪狩孝輝・七田 崇)
神経回路の修復における末梢臓器由来因子の役割
 (米津好乃・他)
脊髄損傷における神経-臓器-免疫連関の病態
 (上野将紀)
多病における免疫系・神経系による臓器間連携機序
 (真鍋一郎)
交感神経がつかさどるリンパ球動態の分子基盤と生理的・病理的意義
 (鈴木一博)
臓器間神経ネットワークによる糖代謝調節機構
 (木幡将人・片桐秀樹)
臓器インタラクトミクスの可視化
 (田井中一貴)
神経-免疫連関による循環・呼吸系恒常性の維持とその破綻―心肺-骨髄軸の再構築
 (藤生克仁)
ミクログリアがもたらす脳のレジリエンスと破綻
 (橋本明香里・他)
神経変性疾患における生体システム連関―アルツハイマー病を中心に
 (富田泰輔)
神経系疾患における末梢由来免疫細胞
 (伊藤美菜子)
臓器関連の包括的理解に基づく認知症関連疾患の克服に向けて
 (髙橋良輔・山門穂高)
アルツハイマー病と脂質代謝の連関
 (川出野絵・山中宏二)
神経障害性疼痛に対する生体レジリエンス機構
 (津田 誠)
パーキンソン病における脳-臓器連関―脳-腸連関を中心に
 (竹重遥香・服部信孝)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  マウス生体内のリポタンパク質
  腸内細菌叢移植療法(FMT)