序
1805年に世界初の咬合器としてGariotの平線蝶番咬合器が登場して以来,先人たちの苦労をしのばせるような,多種多様な咬合器が登場した.
1840年,ヒトの下顎運動が考慮された初めての機能的咬合器がEvansにより考案された.次いで20年後の1859年に,下顎運動と解剖学的計測値を取り入れた,解剖学的咬合器としてBonwillの咬合器が登場するのである.さらに1899年,Snowによりフェイスボウが開発され,1908年Gysiは切歯指導の機構を前方に備えた咬合器を発表した.その後も世界中でつぎつぎと気の遠くなるような数の咬合器が作られることとなった.それらの多くは,下顎運動研究者らがみずからの下顎運動理論に基づく独自の咬合器を作ることから生まれた.
このような経緯をたどりながら,咬合理論のブームとともに,咬合器のブームはいく度となく訪れた.一時は保健導入と相まって,学問とはほど遠い咬合器のにわか景気を作りだした.しかしその後,顎関節症という概念が登場し,歯科治療が全身病との関連を模索しはじめた.そのうち,顎関節症が従来の咬合論では治療できないこと,また過剰に行われた咬合論に基づく咬合治療が新たなる全身病を引き起こしたとの疑問が投げかけられた.また,咬合器を追求するあまり,咬合器が 生体と一致するもの と誤解が与えられたうえ,それに反して生体と一致しない現状に,咬合器の必要性も疑問視されるようになってしまった.
今回われわれは,咬合器のブームの再燃を意味し本書を企画したわけではない.また,かつての咬合論ブームのときのように,どの咬合様式がよいとか悪いとかいったことを今論じることは,あまり意味のないことであると考えている.しかし,咬合器は補綴物を間接法で製作するためには必要欠くべからざるものであり,口腔内診断,治療計画の立案には果たす役目がきわめて大きいものであることは確かである.ブームが去ったいまだからこそ,適切な補綴物製作に必要不可欠な“咬合器”について冷静に考察したい.
本書では,咬合器の何たるかをPart1,3,4で広く整理するとともに,Part2および5では臨床例を取り上げ,臨床の場での具体的な咬合の表現手段としての“咬合器“を主体とし,読者により身近に“咬合”を認識していただきたいと思い構成を組んである.たとえばPart2では,まず咬合の臨床的な意味を経過症例によりはっきりと示し,Part5において症例対応別に咬合器の特徴と使用上の要点をビジュアルに示す編集となっている.また,本書で取り扱う解説用の症例は,基本的には顎関節の“健常者”とした.
最後に,咬合器は常に変化している生体の 一瞬 を表現するものであり,生体の変化に全てが対応できるものではないといえよう.しかし,歯科医療のために多くの咬合器が開発されたにもかかわらず,1805年に開発された蝶番咬合器のような咬合器がいまなお存在し,臨床に使用されている現状に,疑問をもっていただきたいと切に願うものである.
平成7年11月 Laboratory of Oral Principle(LOOP) 加藤敏明 原宿デンタルオフィス 山崎長
1805年に世界初の咬合器としてGariotの平線蝶番咬合器が登場して以来,先人たちの苦労をしのばせるような,多種多様な咬合器が登場した.
1840年,ヒトの下顎運動が考慮された初めての機能的咬合器がEvansにより考案された.次いで20年後の1859年に,下顎運動と解剖学的計測値を取り入れた,解剖学的咬合器としてBonwillの咬合器が登場するのである.さらに1899年,Snowによりフェイスボウが開発され,1908年Gysiは切歯指導の機構を前方に備えた咬合器を発表した.その後も世界中でつぎつぎと気の遠くなるような数の咬合器が作られることとなった.それらの多くは,下顎運動研究者らがみずからの下顎運動理論に基づく独自の咬合器を作ることから生まれた.
このような経緯をたどりながら,咬合理論のブームとともに,咬合器のブームはいく度となく訪れた.一時は保健導入と相まって,学問とはほど遠い咬合器のにわか景気を作りだした.しかしその後,顎関節症という概念が登場し,歯科治療が全身病との関連を模索しはじめた.そのうち,顎関節症が従来の咬合論では治療できないこと,また過剰に行われた咬合論に基づく咬合治療が新たなる全身病を引き起こしたとの疑問が投げかけられた.また,咬合器を追求するあまり,咬合器が 生体と一致するもの と誤解が与えられたうえ,それに反して生体と一致しない現状に,咬合器の必要性も疑問視されるようになってしまった.
今回われわれは,咬合器のブームの再燃を意味し本書を企画したわけではない.また,かつての咬合論ブームのときのように,どの咬合様式がよいとか悪いとかいったことを今論じることは,あまり意味のないことであると考えている.しかし,咬合器は補綴物を間接法で製作するためには必要欠くべからざるものであり,口腔内診断,治療計画の立案には果たす役目がきわめて大きいものであることは確かである.ブームが去ったいまだからこそ,適切な補綴物製作に必要不可欠な“咬合器”について冷静に考察したい.
本書では,咬合器の何たるかをPart1,3,4で広く整理するとともに,Part2および5では臨床例を取り上げ,臨床の場での具体的な咬合の表現手段としての“咬合器“を主体とし,読者により身近に“咬合”を認識していただきたいと思い構成を組んである.たとえばPart2では,まず咬合の臨床的な意味を経過症例によりはっきりと示し,Part5において症例対応別に咬合器の特徴と使用上の要点をビジュアルに示す編集となっている.また,本書で取り扱う解説用の症例は,基本的には顎関節の“健常者”とした.
最後に,咬合器は常に変化している生体の 一瞬 を表現するものであり,生体の変化に全てが対応できるものではないといえよう.しかし,歯科医療のために多くの咬合器が開発されたにもかかわらず,1805年に開発された蝶番咬合器のような咬合器がいまなお存在し,臨床に使用されている現状に,疑問をもっていただきたいと切に願うものである.
平成7年11月 Laboratory of Oral Principle(LOOP) 加藤敏明 原宿デンタルオフィス 山崎長