序
近年の歯科臨床はたいへんなスピードで変化している.なかでも,顎関節症の概念は猛烈な勢いで変わろうとしている.
以前は,顎関節症といえば咬合異常で生じるものと相場が決まっていて,咬合病という言葉ができたほどである.そして,顎関節症というと何かミステリアスなわかりにくい病気で,この病名がついた患者は一般開業医の扱うべき病気ではないと思われていた.そう思われていた原因は,神経痛や頭痛のような顎関節症ではない疾病を鑑別できずに,むやみにスプリントや咬合調整だけで何とかしようとしていたことにある.また,一部のカリスマ的ともいえる歯科医が作り出した咬合偏執的な想いと顎関節症の概念が混ざり合って,幽霊のようなイメージが作り出されたこともその原因の一部かもしれない.
ところが疫学や解剖学の研究が進んで,この病変の真の姿がみえてくると,ストレスや素質,生活習慣など,咬合以外の要素が現れてきた.さらに,アメリカでは時代の要請もあって,AACD(American Academy of Craniomandibular Disorders)という学会がAAOP(American Academy of Orofacial Pain)と名称を変えて口腔顔面痛の理解と管理に重点をおくようになった.ここでは顎関節症の概念が,従来のとらえ方では全く理解できないような,幅の広いものに変化している.
この変化は時代の要請にマッチした合理的なものである.筆者の顎関節症臨床においても,きちんと手順を踏んで患者を管理しようとするならば,はじめにしっかりした除外診断を含む診断を行い,次いで治療・管理ということになるのだが,そこでは,薬物療法,心理療法,理学療法そして歯科的治療・管理を併用するのが通常である.このようにすると,従来は手に余ったような患者でもかなりスムーズな治療・管理が可能になる.かつてのような,咬合に重点をおいた試行錯誤による治療・管理は完全に過去のものになった.
本別冊を構成するにあたって,なるべく新しい概念を取り込みつつ,偏りをなくし違和感を少なくするように気をつけた.そして,何より臨床に重点をおくようにし,読者が読んですぐに理解して臨床に役立てるように気を配った.臨床家にとっては高邁な理論より,すぐ目の前にいる患者をどうするかのほうが重要な問題なのだから.
また本別冊では,開業歯科医であり,かつ日本の顎関節症臨床をリードしている方々と話し合 って,なるべくやさしく,図を多く,そして正確で新しい情報を盛り込んでまとめようと考えた.本別冊は,開業歯科臨床家が開業歯科臨床家に向けて伝える顎関節症臨床のエッセンスである.
2001年5月 中沢勝宏(東京都墨田区開業) 正司喜信(東京都品川区開業) 編集委員(野直久(東京都足立区開業) 田口 望(愛知県江南市開業) 和気裕之(横浜市青葉区開業)
近年の歯科臨床はたいへんなスピードで変化している.なかでも,顎関節症の概念は猛烈な勢いで変わろうとしている.
以前は,顎関節症といえば咬合異常で生じるものと相場が決まっていて,咬合病という言葉ができたほどである.そして,顎関節症というと何かミステリアスなわかりにくい病気で,この病名がついた患者は一般開業医の扱うべき病気ではないと思われていた.そう思われていた原因は,神経痛や頭痛のような顎関節症ではない疾病を鑑別できずに,むやみにスプリントや咬合調整だけで何とかしようとしていたことにある.また,一部のカリスマ的ともいえる歯科医が作り出した咬合偏執的な想いと顎関節症の概念が混ざり合って,幽霊のようなイメージが作り出されたこともその原因の一部かもしれない.
ところが疫学や解剖学の研究が進んで,この病変の真の姿がみえてくると,ストレスや素質,生活習慣など,咬合以外の要素が現れてきた.さらに,アメリカでは時代の要請もあって,AACD(American Academy of Craniomandibular Disorders)という学会がAAOP(American Academy of Orofacial Pain)と名称を変えて口腔顔面痛の理解と管理に重点をおくようになった.ここでは顎関節症の概念が,従来のとらえ方では全く理解できないような,幅の広いものに変化している.
この変化は時代の要請にマッチした合理的なものである.筆者の顎関節症臨床においても,きちんと手順を踏んで患者を管理しようとするならば,はじめにしっかりした除外診断を含む診断を行い,次いで治療・管理ということになるのだが,そこでは,薬物療法,心理療法,理学療法そして歯科的治療・管理を併用するのが通常である.このようにすると,従来は手に余ったような患者でもかなりスムーズな治療・管理が可能になる.かつてのような,咬合に重点をおいた試行錯誤による治療・管理は完全に過去のものになった.
本別冊を構成するにあたって,なるべく新しい概念を取り込みつつ,偏りをなくし違和感を少なくするように気をつけた.そして,何より臨床に重点をおくようにし,読者が読んですぐに理解して臨床に役立てるように気を配った.臨床家にとっては高邁な理論より,すぐ目の前にいる患者をどうするかのほうが重要な問題なのだから.
また本別冊では,開業歯科医であり,かつ日本の顎関節症臨床をリードしている方々と話し合 って,なるべくやさしく,図を多く,そして正確で新しい情報を盛り込んでまとめようと考えた.本別冊は,開業歯科臨床家が開業歯科臨床家に向けて伝える顎関節症臨床のエッセンスである.
2001年5月 中沢勝宏(東京都墨田区開業) 正司喜信(東京都品川区開業) 編集委員(野直久(東京都足立区開業) 田口 望(愛知県江南市開業) 和気裕之(横浜市青葉区開業)
序 中沢勝宏・正司喜信・髙野直久・田口 望・和気裕之
第1章 イントロダクション
顎関節症(TMD)の概観 正司喜信
はじめに/これまでの流れ/疫学/原因/診断・治療に関する新しい概念/今後の展望
痛みの概念と分類
痛みとは 中沢勝宏
はじめに/痛みの分類/おわりに
口腔顔面痛の分類 田口 望
はじめに/口腔顔面痛の分類
第2章 臨床編
顎関節症の診断
問診 髙野直久
顎関節症の診断/問診
視診・触診 高野直久
視診/触診
画像診断 髙野直久
各種撮影法/X線撮影と診断
顎関節症の除外診断 石川高行・和気裕之・大峰浩隆・儀武啓幸・木野孔司
はじめに/顎関節疾患のなかでの除外診断/患者の愁訴による除外診断/精神疾患との関係について/顎関節症の下位分類/おわりに
顎関節症の治療・管理 中沢勝宏
はじめに/患者が来院したら/三本柱/日常管理の重要性/おわりに
歯科的療法
薬物療法 ―主に顎関節症の疼痛に対して― 和気裕之・大峰浩隆・渋谷智明・鈴木邦夫
はじめに/薬物の選択/おわりに
スプリント療法 田口 望
はじめに/スタビライゼーション型スプリント/下顎前方整位型スプリント/改良型ピボットスプリント/おわりに
マニピュレーション,パンピング,洗浄療法 髙野直久
顎関節内の治療/マニピュレーション/パンピングマニピュレーション/上関節腔洗浄療法
咬合調整 中沢勝宏
はじめに/あるべき咬合/噛みしめが外傷となりうる咬合/咬合改善法/おわりに
顎関節症(TMD)への理学療法的アプローチ 正司喜信
はじめに/理学療法の役割と実際/まとめ
精神療法(心理療法)―歯科医が顎関節症患者に行う場合― 和気裕之・小林明子・宮地英雄・宮岡 等
はじめに/初診時から始まる精神療法/面接で聞く内容/心理テスト/初診および治療経過から/治療法としての精神療法/おわりに
精神的な問題をもつ患者への対応―顎関節症と精神疾患の関係と対応― 宮地英雄・和気裕之・宮岡 等
はじめに/顎関節症の精神医学的側面/顎関節症と精神疾患/一般的な対応/心身医学的・精神医学的な問題を伴う顎関節症患者の臨床分類と対応/おわりに
専門科(他科)への紹介方法 田口 望
はじめに/ケース別・紹介先選択の基準/おわりに
咬合にこだわる患者 中沢勝宏
はじめに/咬合にこだわる患者の分類/咬合にこだわる患者への対処法/おわりに
メインテナンス 髙野直久
顎関節症とメインテナンス/メインテナンスと患者教育/メインテナンスの実際/おわりに
第3章 症例編
パンピングマニピュレーションを行った症例 髙野直久
はじめに/症例/おわりに
精神的な問題を伴う顎関節症患者へのアプローチ―精神科医とのリエゾン診療の経験から― 和気裕之・石川高行・宮岡 等
はじめに/症例/症例検討/おわりに
顎関節症(TMD)とPOS-SOAP方式による症例記録― 正司喜信
はじめに/診療記録の書き方/保険診療と自由診療/症例
典型的なクローズド・ロック例 田口 望
症例/総括
他疾患との境界領域と考えられる症例への対応 中沢勝宏
はじめに/症例/おわりに
執筆者一覧
編集後記
第1章 イントロダクション
顎関節症(TMD)の概観 正司喜信
はじめに/これまでの流れ/疫学/原因/診断・治療に関する新しい概念/今後の展望
痛みの概念と分類
痛みとは 中沢勝宏
はじめに/痛みの分類/おわりに
口腔顔面痛の分類 田口 望
はじめに/口腔顔面痛の分類
第2章 臨床編
顎関節症の診断
問診 髙野直久
顎関節症の診断/問診
視診・触診 高野直久
視診/触診
画像診断 髙野直久
各種撮影法/X線撮影と診断
顎関節症の除外診断 石川高行・和気裕之・大峰浩隆・儀武啓幸・木野孔司
はじめに/顎関節疾患のなかでの除外診断/患者の愁訴による除外診断/精神疾患との関係について/顎関節症の下位分類/おわりに
顎関節症の治療・管理 中沢勝宏
はじめに/患者が来院したら/三本柱/日常管理の重要性/おわりに
歯科的療法
薬物療法 ―主に顎関節症の疼痛に対して― 和気裕之・大峰浩隆・渋谷智明・鈴木邦夫
はじめに/薬物の選択/おわりに
スプリント療法 田口 望
はじめに/スタビライゼーション型スプリント/下顎前方整位型スプリント/改良型ピボットスプリント/おわりに
マニピュレーション,パンピング,洗浄療法 髙野直久
顎関節内の治療/マニピュレーション/パンピングマニピュレーション/上関節腔洗浄療法
咬合調整 中沢勝宏
はじめに/あるべき咬合/噛みしめが外傷となりうる咬合/咬合改善法/おわりに
顎関節症(TMD)への理学療法的アプローチ 正司喜信
はじめに/理学療法の役割と実際/まとめ
精神療法(心理療法)―歯科医が顎関節症患者に行う場合― 和気裕之・小林明子・宮地英雄・宮岡 等
はじめに/初診時から始まる精神療法/面接で聞く内容/心理テスト/初診および治療経過から/治療法としての精神療法/おわりに
精神的な問題をもつ患者への対応―顎関節症と精神疾患の関係と対応― 宮地英雄・和気裕之・宮岡 等
はじめに/顎関節症の精神医学的側面/顎関節症と精神疾患/一般的な対応/心身医学的・精神医学的な問題を伴う顎関節症患者の臨床分類と対応/おわりに
専門科(他科)への紹介方法 田口 望
はじめに/ケース別・紹介先選択の基準/おわりに
咬合にこだわる患者 中沢勝宏
はじめに/咬合にこだわる患者の分類/咬合にこだわる患者への対処法/おわりに
メインテナンス 髙野直久
顎関節症とメインテナンス/メインテナンスと患者教育/メインテナンスの実際/おわりに
第3章 症例編
パンピングマニピュレーションを行った症例 髙野直久
はじめに/症例/おわりに
精神的な問題を伴う顎関節症患者へのアプローチ―精神科医とのリエゾン診療の経験から― 和気裕之・石川高行・宮岡 等
はじめに/症例/症例検討/おわりに
顎関節症(TMD)とPOS-SOAP方式による症例記録― 正司喜信
はじめに/診療記録の書き方/保険診療と自由診療/症例
典型的なクローズド・ロック例 田口 望
症例/総括
他疾患との境界領域と考えられる症例への対応 中沢勝宏
はじめに/症例/おわりに
執筆者一覧
編集後記
