やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 今井淳太
 東北大学病院 糖尿病代謝・内分泌内科
 多細胞生物としてのヒトが,たえず変化する環境下で個体の恒常性(ホメオスタシス)を維持し続けるためには,単に各臓器が独立して機能するだけでは不十分である.全身の諸臓器が刻一刻と変化する生体情報を共有し,最適な状況を創出するよう緊密に連携するシステム―“臓器連関”こそが,生命維持の根幹をなす生物学的原理にほかならない.
 近年の生命科学の進展は,この臓器間ネットワークが,従来の古典的な内分泌系のみならず,自律神経系,免疫系,さらには腸内細菌叢や細胞外小胞といった多層的な情報伝達チャネルによって構成されていることを浮き彫りにしてきた.本特集「臓器連関が解き明かす疾患の深層」では,この広範なネットワークを俯瞰し,各専門領域の境界を越えた知の統合を試みている.
 臓器連関を理解する意義は,単なる基礎生物学的な興味にとどまらない.今日,われわれが直面している糖尿病や肥満などの代謝疾患,心不全,慢性腎臓病,神経疾患,消化器疾患,アレルギー疾患,そして炎症性疾患や癌といった病気は,単一臓器の機能不全としてではなく,この協調機構の破綻として再定義されつつある.さらに,加齢に伴う個体能力の低下,いわゆる老化のプロセスにおいても,臓器間の対話の減衰や変質が重要な鍵を握っていることが明らかになってきた.
 したがって,臓器連関の機序を解明することは,多くの疾患の病態基盤を根底から理解するための知識基盤を構築することに直結する.このネットワークの全貌を捉えることができれば,その連関メカニズムへの介入を通じて疾患の発症を未然に防ぐ予防医療や,既存の薬理作用とはまったく異なるアプローチによる新規治療技術の開発が可能となるであろう.
 本特集では各分野の臓器連関研究の最前線でご活躍中の諸先生方に,最新の知見をご執筆いただいた.本特集が専門分化の進む現代医学において,ふたたび“個体”という統合体へ視点を戻す羅針盤となり,分野を横断した新たな臨床的・学術的インスピレーションをもたらすとともに,生命の調和をつかさどる連関の深層の理解につながることを切に願うものである.
 はじめに(今井淳太)
臓器連関と生理機能調節
 体温と代謝を調節する中枢神経メカニズムとその加齢変容(中村和弘)
 腸ホルモンと迷走感覚神経を介した腸-脳連関による摂食・糖代謝調節(岩﨑有作)
 迷走神経による低浸透圧感知と飲水行動調節のメカニズム(大槻智史・市木貴子)
臓器連関と代謝疾患
 臓器間神経ネットワークによる膵β細胞の機能と量の制御(川名洋平・他)
 腎臓を中心としたエネルギー代謝と臓器連関(菅原 翔・他)
 肥満病態における脂肪組織-肝臓の臓器連関と代謝制御(和田 努・笹岡利安)
 運動時における肝糖新生を中心とした臓器連関の制御機構(堀内嵩弘・他)
 中枢神経系による全身の脂質代謝制御とエネルギー基質選択(近藤邦生)
 低血糖を回復させる中枢神経メカニズム(荒木裕大・戸田知得)
 脂肪組織-肝臓連関による代謝制御(阪口雅司)
 概日リズムが奏でる代謝ネットワーク(佐藤章悟)
 交感神経系を介した褐色脂肪組織の制御(米代武司・他)
 運動と胎盤による臓器連関機構(楠山譲二)
臓器連関と心疾患
 臓器連関が支える心臓の恒常性─心臓マクロファージと骨髄ニッチによる自然免疫記憶(藤生克仁)
 自律神経と心不全─病態生理から治療標的としての可能性(岸 拓弥)
 免疫系・神経系による臓器連関機序(真鍋一郎)
 概日時計がつなぐ腎-肝-免疫細胞-心連関とCKD関連心障害(吉田優哉・松永直哉)
臓器連関と腎疾患
 自律神経系と急性腎障害─神経-免疫連関による新たな治療戦略(中村恭菜・井上 剛)
 CKDサルコペニアから読み解く腎臓-骨格筋連関(稲葉俊介・萬代新太郎)
 CKDと腸腎連関─腸内細菌叢からみた新たな腎保護戦略(渡邉 駿・他)
臓器連関と神経疾患
 自律神経を介した神経変性疾患発症機構─αシヌクレイン伝播仮説を中心に(髙橋良輔)
 脊髄損傷と臓器連関(上野将紀)
 血液バイオマーカー時代に再考するアルツハイマー病における臓器連関(富田泰輔)
 パーキンソン病における腸脳連関(岡田畔奈・服部信孝)
 免疫系による脳内炎症制御(伊藤美菜子)
 求心性迷走神経が脳の認知機能に及ぼす影響(久我奈穂子)
 中枢-末梢連関を介した神経回路の修復制御機構(米津好乃・他)
臓器連関と消化器疾患
 腸管-肝臓-脳連関を基盤とした疾患理解とその臨床応用(小日向優希・他)
 MASHと全身恒常性の再設計─肝線維化改善・肝再生誘導は全身を変えるか(寺井崇二・他)
 膵腸軸を基盤とした宿主-微生物間相互作用と炎症性腸疾患(趙 園正・他)
 口腸連関から迫る炎症性腸疾患の新たな理解(鬼追芳行・他)
臓器連関と免疫疾患
 交感神経によるリンパ球動態制御を基盤とした神経-免疫連関(鈴木一博)
 ゲートウェイ反射と慢性炎症性疾患─IL-6アンプを基盤とした神経-免疫連関の分子機構と病態(村上 薫・他)
 臓器連関と造血・免疫システム制御(淺田 騰・片山義雄)
 神経・内分泌・免疫連関による代謝恒常性制御─腎・血管DNA損傷を起点とした内分泌・免疫ネットワーク破綻と代謝変容(中道 蘭・林 香)
 アトピーマーチにおけるIL-13シグナルと2型古典的樹状細胞(cDC2)の役割(久保允人)
臓器連関と炎症性疾患
 臓器連関と慢性炎症(高橋 圭・他)
 神経系,内分泌系による抗炎症機能制御(安部 力)
 トランススケールな視点から理解する神経-免疫-代謝連関(中西由光・他)
臓器連関と腫瘍
 臓器連関と代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)関連肝がん(大谷直子)
臓器連関と老化
 視床下部を起点とする臓器連関による老化制御(時實恭平)
 外側視床下部のNAD+代謝によって支えられる骨格筋機能とサルコペニアの関係性(伊藤尚基・江口貴大)

 次号の特集予告