やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序
 周産期医療の進歩により,日本の新生児医療の救命率の高さは世界でも有数となった.その一方で,新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit:NICU) に入院している新生児は,早産児特有の呼吸・循環器の機能不全やそれらに起因する後遺症として脳性麻痺のみならず,運動機能,心理・精神面などの発達過程上の課題を呈する.周産期医療では,救命率の向上だけではなくintact survival(後遺症なき生存)や長期入院や早産の回避,出生後の栄養状態の管理,疾病の予防対策,発達支援,治療環境の改善などさまざまな介入が行われている.それと同時に効果的な早期介入を行うためには,適切な評価が重要となる.
 頭部超音波検査やMRIの普及により,神経学的診断はこれらの画像診断を中心に行われるようになってきたが,姿勢や運動発達の改善を目的とする理学療法では,直接的に乳児に触れて姿勢,筋トーヌス,刺激などに対する反応を観察しながら治療すると同時に評価する必要がある.
 Dubowitzの神経学的評価は,新生児の中枢神経機構を姿勢,筋緊張,反射などの検査を中心として,児の全体的な反応自体をとらえるもので,過去には成熟度の評価として用いられていたが,現在では中枢神経系の機能不全に対する早期診断法としても用いられている.現在,NICUで用いられる発達評価には,Brazeltonの新生児行動評価,Prechtlの自発運動観察法などがあるが,Dubowitzの神経学的評価は,これらの評価の一部を取り入れており,短時間で対象児の神経学的状態を掌握するための簡便で優れた評価方法であると言える.
 1981 年に出版された初版の評価体系では,評価結果について未熟性や異常性の有無を全体的にとらえるのみであったが,今回の第2 版では,有用と思えない検査項目を削除し,有用であるとの結論に至った新たな検査項目を取り入れて改訂された.また,満期産児224 人のデータを基にスコアリングシステムが作成され,評価結果の客観的掌握が可能となっているため,早産児の新生児期評価として,在胎週数が37 ?42 週まで継続的に評価が可能である.さらに,在胎週数別のスコアリングが可能であり,NICU入院中の経過を追うこともできる.
 評価の各検査項目は,対象児の良好な反応を引き出すことや,NICUではポジショニングや哺乳などの介入方法のヒントも示唆されている.また,ハンドリングに慣れることで,診断だけではなく,介入・治療手段としても有用となりうる評価法である.よって,本書は,早産児または発達過程における課題がある可能性の高い児に対して,早期介入とフォローアップ体制向上の一助になると確信する.
 2015 年4 月
 奈良 勲
 髙田栄子


第2 版の序
 1970 年代後半に初版が出版された当時,新生児の神経学的評価は大部分の新生児集中治療室(NICU)において,まだ初歩の状態であった.また,脳の非侵襲的画像撮影の技術は,初めのうちはコンピュータ断層撮影(CT)を用い,その後より実用的な超音波診断装置を用いた.われわれは「理想的には,意義のある神経学的評価は,すべての新生児の日常的な臨床的検査の一部としてあるべき」と希望を述べた.
 それから長い時間がかかり,20 年間は脳の磁気共鳴画像法(MRI)にかなりの影響を受けることとなり,MRIは新生児脳の出血性病変や虚血性病変の発生,脳の発達,分析に対する驚くべき見識を提供した.NICUにおける定期的な超音波診断が可能となったので,脳損傷の部位と臨床徴候の相関をさらに拡大する機会が提供されることとなった.
 われわれが導入した神経学的評価手順は幅広く適応することに気づき,われわれが所属するHammersmith病院のような非常に洗練された技術をもつ三次医療機関から,いくつかの発展途上国まで,多くの異なる環境で検査を行ってきた.種々の検査の詳細は,われわれの経験に基づき,改訂し,更新した.また特別な状況でも使用できるように検査システムを適応させた.産科病棟における満期産新生児の日常的な検査のための実用的なスクリーニングツールとして簡易版を作成した.また,発展途上国の地方の状況に応じて,現地の医療スタッフや医療補助スタッフが使用できるように,より実用的な簡易版も作成し,それはタイ北部のKaren難民キャンプや中央アフリカの比較可能な地域において広範囲に検査された.この研究については独立した1 つの章にまとめた.
 検査システムを定量化する試みに多くの提案を受け,われわれは評価手順において,各項目に最適スコアを開発し,累積的なスコアを作成した.これは,個々の児の経過をみる際に,継時的に繰り返すことが可能である.最適スコアは主に研究手段として使用することを意図している.
 われわれはまた,生後2 ?24 か月で乳幼児を評価するのに最適な神経学的評価手順を開発した.
 うまくいけば近い将来,すべての新生児の日常的な検査の一部として有意義な神経学的評価という初期の目標を達成できるかもしれない.


謝辞
 初版の発刊以来18 年もの間,評価体系の進展と更新に積極的に携わってくれた研究員と同僚に深く感謝したい.特に,Linda de Vries,Frances Cowen,Mary Rutherford,Deborah Murdoch-Eaton,Helen Bouza,Juan Carlos Faundezに感謝するとともに,同様に新生児のスコアリングシステムの開発に関与してくれた,Rivka RegevとLeena Haatajaにも感謝したい.
 Sylvia Watson,Anne MaloyとHammersmith病院,Queen Charlotte's病院NICUの看護スタッフには援助と支援をいただき深く感謝したい.
 海外のさまざまなマラリア研究機関の同僚に深く感謝したい.とくに,発展途上国における評価方法や実施方法を援助してくれた,Maesot(訳注:タイ・ミャンマー国境地域)にあるShok-lo Malaria Reasearch Unitの管理者であるFran?ois NostenとRose McGradyとスタッフに,またSirriraj産科病院のTharatip KolatatとSopapan Panavudhikrai,バンコクにあるMahidol大学のWellcom UnitのJulie Simpson,マラウィのFrancine Verhoeff,ケニアのCaroline Schulmanに深く感謝したい.
 われわれはまた,発展途上国のための方法論の発展を可能にし,さまざまな地域への訪問を財政的に支援いただいたWellcom Trust(訳注:イギリスに本拠地をもつ医学研究支援等を目的とする公益信託団体)にも深く感謝したい.
 子どもが研究に参加することに同意してくれたすべての母親にも感謝したい.
 また,Tom VamosとMichael Dubowitzにも感謝の意を表したい.(評価)体系のコンピュータ処理には彼らの技術と支援が必要だった.時間外のコンピュータに関わる問題には彼の寛容さと忍耐が必要だった.
 MacKeith PressのMichael PountneyとSuzanne Millerには,本書の最終的なレイアウトにおけるわれわれの執念と情熱に対する,彼らの寛容さと忍耐に深く感謝したい.
 Lill y Dubowitz,MD,FRCP,FRCPH
 Victor Dubowitz,PhD,FRCP,FRCPH
 Eugenio Mercuri,MD,PhD
 1999 年10 月 ロンドン


第1 版の序
 過去10 年に亘る新生児集中医療の進歩は,極低出生体重児における深刻な呼吸器疾患の管理に革命をもたらし,生存率をかなり改善した.新生児の神経疾患の管理の進歩は足並みをそろえられず,脳室内出血(IVH)は現在早産児の主要な死因の1 つである.神経系の機能的状態においては,呼吸器系のように容易に利用可能な生化学的もしくは他の手段がまだない現状である.このように,血液ガスや電解質などの恒常性維持に熱心な新生児科の研修医が,最適な呼吸機能に到達する主な理由の1 つは神経系の完全性を保証しているという事実を一般的に見失うということは驚くべきことではない.神経系の状態の記録は通常少なく,乳児が過敏で反応性がよいか,意識レベルが低下しているかどうかの情報を見つけることでさえしばしば困難かもしれない.
 CT画像の出現は,出生後間もない早産児の上衣下・脳室内出血の診断を正確に行うことを初めて可能にし,明確な臨床的問題のない多くの低出生体重児にIVHが起こっていることを示した(Papileら 1978).しかし,早産児に対して高い割合で実施されるCT画像は侵襲的方法で,また新生児集中治療室から放射線ユニットまで移動させなければならないので,ハイリスク児にとって非実用的であり,潜在的な危険がある.継続的な超音波検査により,新生児集中治療室の新生児に対して,侵襲もなく,脈絡叢,脳室内出血,脳室拡大の実際の発展,進行,溶解を可視化することができた(Papeら 1979,Leveneら 1981).しかし,どの画像診断(CT画像と超音波検査)でも,せいぜい構造的,解剖学的変化を反映するのみで,神経系の機能的状態について情報の提供はできないことを覚えておかなくてはならない.それゆえに機能を構造的変化に反映できるような臨床的手段が必要である.合理的な臨床管理は,単に画像診断により明らかになる異常ではなく,患者の臨床的状態に基づく必要がある.そうでなければ,治療が病気以上に有害となるかもしれない.
 新生児の神経系は急速な発達の動的な状態にあり,乳児に行うどの評価も,病的異常のみならず,神経系の成熟の状態についても考慮すべきである.
 加えて,予後判定に際しては,おそらくより著しくより未熟である神経系の発達が分離と代償をするとてつもない可能性をもっていることを考慮する必要がある.過去にも言われていたが,環境の影響を受けずに早産児の神経系が子宮外で同様に発達するという推測は単純な考え方である.
 理想を言えば,有意義な神経学的評価をすべての新生児の日常の臨床検査の一部として位置づけるべきである.そのためには新生児期において,神経学的評価は,原因を確認でき,適時に介入することにより病理学的進行の経過と結果に影響を与え,将来的にはそれらを防ぐことに診断的関連性をもつことが大切である.


謝辞
 この神経学的評価体系の発展・標準化は,共同研究者より長年にわたり受けた多くの支援がなければ実現することはなかった.とくに,以下に挙げる研究者に感謝したい.
 Dr Adadot Hayes
 Dr Rosamond Jones
 Dr Marc Verghote
 Dr Malcolm Levene
 Dr Ana Morante
 Dr Penelope Palmer
 Dr Clair-Lise Fawer
 監訳者・訳者一覧
 原著者一覧
 監訳者の序
 第2版の序
 第1版の序
1章 歴史的概説
2章 現在の神経学的体系の進歩とその応用
3章 神経学的評価
4章 正常な早産児と満期産児の神経学的プロフィール
5章 満期産児:最適スコアの発展
6章 脳損傷を伴う早産児,満期産児の神経学的評価
7章 神経学的評価フォーマットの適応
文献

付録 評価フォーマット
 (1)Hammersmith新生児神経学的検査
 (2)Hammersmith新生児神経学的検査(簡易版)
 (3)HAMMERSMITH乳児神経学的検査

 索引