やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 序
 本書の初版が出版されたのは,2006年7月であった.それから本書の改訂までに20年の歳月が流れた.この間,高次脳機能障害をめぐる臨床・研究・制度,そして社会の理解は,静かでありながらも確かな歩みを重ね,大きな変容を遂げてきた.初版の準備が進められていた当時は,厚生労働省による高次脳機能障害支援モデル事業が展開の途上にあり,診断基準の整備,訓練プログラムの開発,地域支援体制の構築が,ようやく全国的なかたちを帯び始めた時期であった.また精神分裂病から統合失調症へ,痴呆から認知症へと呼称の見直しが進み,脳機能障害に関わる概念や支援の枠組みそのものが問い直されていた時代でもあった.
 その後も本領域はたゆみなく進展を続け,認知症基本法の施行や高次脳機能障害者支援法の施行に象徴されるように,制度面においても新たな地平が切り開かれてきた.この四半世紀は,脳機能障害に関する臨床実践と学術研究が相互に影響し合いながら深化した時代であったといえよう.そうした変化の重みを思えば,本書の改訂作業が長きにわたったことは,むしろ軽々しく済ませることのできない課題に向き合ってきた時間でもあった.
 本書の第2版にあたっても,初版以来の理念である「リハビリテーションスタッフによる,リハビリテーションスタッフのための臨床書」という軸は揺らいでいない.もっとも,この20年における脳機能研究の進歩は目覚ましく,臨床の経験知のみでは十分に捉えきれない知見も少なくなくなった.そこで本改訂では,医師ならびに脳機能研究者の方々にも参画を仰ぎ,臨床と研究を往還しうる内容となっている.
 今日,「高次脳機能障害」という言葉は,社会のなかで以前に比べて広く認識されるようになった.しかし一方で,臨床現場ではなお,この障害を「複雑で難しい」と受け止める声も少なくない.この障害に関心を抱き,果敢に学ぼうとする若いリハビリテーションスタッフは確実に増えているものの,地域や施設によって提供される支援の質と内容には依然として差があり,誰もが等しく適切な支援を受けられる状況に至ったとは言いがたい.
 本書が目指したのは,高次脳機能障害の理論を学ぶと同時に,臨床の現場で何を見て・考え,どのように評価から支援へ結びつけるかを具体的に思い描ける書である.とりわけリハビリテーション評価においては,検査を漫然と積み重ねるのではなく,まず観察と会話によって生活上の困難の手がかりを捉え,その仮説を確かめ,整理するために検査を位置づけるという姿勢を一貫して重んじている.本書で示されるケースと評価の視点を,読者の皆さんが向き合う臨床の一場面に重ね合わせながら,実践を深めるための拠り所としていただければ望外の喜びである.
 なお,検査などの専門用語については,学術的な整合性のみに偏することなく,現場で息づいている表現を尊重した.表記の統一に揺れを感じられる箇所があるかもしれないが,それは各々の臨床現場においてなじみ深い言葉を優先した結果である.
 また,より完成度の高い書籍を目指す過程で,編者側の要望から度重なる原稿の修正や構成の変更をお願いすることとなった.大変なご負担をおかけしたにもかかわらず,最後まで親身にご対応いただいた執筆者の皆様のご理解とご尽力に深く御礼を申し上げる.また,初版の企画から刊行,今回の改訂に至るまで,助言と激励をいただいた医歯薬出版編集部の塚本あさ子氏に深く感謝する次第である.
 本書が高次脳機能障害のリハビリテーションに携わる方々にとって,日々の実践に寄り添い,思索を促し,よりよい支援へ向かう一助となることを,心より願っている.
 2026年8月
 編者を代表して
 鈴木孝治


初版 序
 21世紀に入ってから,高次脳機能障害という用語は社会に定着してきた感がある.メディアに登場する回数が増え,市民権を得たかと思えるようになった.しかし,リハビリテーション(以下リハ)の臨床では,興味はあるが,「複雑,難しい」といった意見が多い.この障害に興味をもち,取り組むリハスタッフは増えているが,全国どこでも同じようなサービスが提供されているとは言い難い.この原因のひとつには,医療福祉系の大学・養成校でまだ高次脳機能障害を体系的に,また症例を充分に呈示したうえでの教授がなされていないことがあげられよう.
 本書は,このような現状を鑑み,高次脳機能障害のリハを体系的に理解することを目的に,将来,医療・福祉の分野で活躍するであろう学生,およびすでに臨床で活躍されている方に向け企画された“高次脳機能障害マエストロシリーズ”の1冊である.どのようにしたらリハスタッフや学生に興味をもってもらい,実践にいかせる書ができるか.われわれ編者は,これまでの高次脳機能障害に関する教科書を改めて紐解いてみた.そこでわかったことは,神経心理学の学問体系にそった説明がなされているものが多く,症例の詳しい解説や臨床におけるリハの報告は少ないと感じられた.それならば,高次脳機能障害の詳細な解説の大部分は既刊の教科書にお任せし,「症例」を中心に編集すれば,「学ぶ」だけではなく「まねる」ことができ,初学者でも日々の臨床ですぐに役立つと考えたのである.このため執筆者は臨床での経験が豊富なリハスタッフを中心にお願いした.つまり,本書にはこれからまだ発展を続ける「リハスタッフによるリハスタッフのための臨床書」というコンセプトがある.
 さて,学生や初学者では,高次脳機能障害の評価と聞くと,すぐに「神経心理学的検査」を思い浮かべる方が多いと推察する.これらは,神経心理学を基盤に高次脳機能障害という診断をくだす場合には,画像所見とともに重要である.しかし,リハの臨床ではこれらの所見がすべてではなく,症例の実際の生活における「観察」を通して,何がどのようにできないか,困難であるのかを捉えていくことが,介入方略を考えるうえで重要となる.本書では,観察で「あたり」をつけたことを確認するという意味で検査を用いるべきという姿勢をとっている.したがって,これまでにない臨場感を醸し出しているともいえよう.
 本書で紹介された「症例」については,ぜひご自身の担当症例と比較し,「私だったら○○の側面から評価しよう」とか,「私だったらその評価結果から△△という状態と考えこのように介入しよう」と,常に自分の臨床と結びつけて読みすすめていただきたい.そうすることで,明日の臨床のヒントが導かれ,日々の仕事に貢献できると考える.
 最後に,本書が読者諸氏からのご意見・ご指導を仰ぎながら,高次脳機能障害で悩み苦しんでおられる方々へ貢献できることを願っています.また日々のお忙しい業務のなか,快くご協力いただきました執筆者の方がた,ならびに患者さん方に感謝いたします.また,何もかも初めての経験であった編者に,企画から刊行に至るまで助言と励ましの言葉をいただきました医歯薬出版編集部に深く感謝いたします.
 2006年6月
 編者を代表して
 鈴木孝治
総論
1 高次脳機能障害をみるということ
 (平山和美)
 はじめに
 一つの能力だけに問題があることは少ない
 一つの能力だけを評価する課題はない
 脳画像の利用
 全体的な診察
 可能なら動画記録を行うとよい
 おわりに
2 高次脳機能障害を評価するとはどういうことか
 (生田純一)
 高次脳機能障害を捉えること
 評価の組み立て方─検査に頼りすぎず,観察から解釈までの手順をふむ
 包括的評価─生活機能障害の構造化
 神経心理学的検査の用い方
 介入に向けた評価の統合と解釈
 まとめ
各論
3 二つのことを同時にできない 注意障害
 (藤森秀子,堀越 歩)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 注意障害に対する評価(障害評価の概説)
4 気が散って集中できない 注意障害
 (長谷川千洋,小久保香江)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 全般性注意障害に対する評価(障害評価の概説)
5 新しいことが覚えられない・思い出せない 記憶障害
 (鈴木麻希)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 記憶障害に対する評価(障害評価の概説)
6 片側をぶつけやすい 半側空間無視
 (太田久晶)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 半側空間無視に対する評価(障害評価の概説)
7 歯ブラシを見ても何かがわからない 視覚失認
 (松川 勇)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 視覚失認に対する評価(障害評価の概説)
8 道に迷いやすい 地誌的障害
 (甲斐祥吾)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 地誌的障害に対する評価(障害評価の概説)
9 ハサミを使えない 失行
 (花田恵介)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 失行に対する評価(障害評価の概説)
10 服が着られない 着衣障害
 (山本 潤)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 着衣障害に対する評価(障害評価の概説)
11 いきあたりばったりの行動をする 遂行機能障害
 (酒井 浩)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 遂行機能障害に対する評価(障害評価の概説)
12 物を取ろうとしてもうまくつかめない Balint症候群
 (菅原光晴)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 Balint症候群に対する評価(障害評価の概説)
13 すぐに怒り,我慢ができない 社会的行動障害
 (川上克樹)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 社会的行動障害に対する評価(障害評価の概説)
14 すらすらと話すが,相手の話が理解できない 流暢性失語
 (中川良尚)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 流暢性失語に対する評価(障害評価の概説)
15 ことばがすぐに出てこない 非流暢性失語
 (吉村貴子)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 非流暢性失語に対する評価(障害評価の概説)
16 会話が理解できず怒り出してしまう 聴覚性失認
 (有川瑛人)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 聴覚性失認に対する評価(障害評価の概説)
17 文字が読めない 失読
 (大森智裕)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 失読に対する評価(障害評価の概説)
18 コミュニケーションがとりにくい 右半球損傷後のコミュニケーション障害
 (永山千恵子)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 右半球損傷後のコミュニケーション障害に対する評価(障害評価の概説)
19 長期支援例 若年高次脳機能障害者の社会復帰支援
 (山田麻和)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 長期支援例への評価
20 長期支援例 右半球損傷者の長期支援
 (上杉 治)
 ケース紹介
 ケースの評価―私はこう評価した
 長期支援例への評価
 検査略語一覧
 索引