やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば

 1990から1992年までの新宮(現山陰労災病院名誉院長)らによる全国的レベルでの調査によれば,わが国における脊髄損傷の発生率は毎年約5,000人と推定される.大半は頚髄損傷であり,重度の神経機能障害を残し,働き盛りが多いだけに本人・家族はもとより,国家にとっても大きな損失である.
 脊髄損傷の治療は救命救急期から専門的チームアプローチを必要とし,さらに,超早期からの注意深いリハビリテーションは後の心身機能回復とQOLに大きな効果を及ぼす.脊損病棟では,障害の増悪を防止し,油断すれば遠慮なく襲ってくる数々の合併症を予防し,一人一人の目標に向かって残存機能を最大限に高め,handicapを乗り越え,1日も早く自立して社会に復帰すべく日夜努力が続けられている.
 これまでわが国における脊損に関する書としては,教科書的なものやテーマごとの報告書は多くあっても,麻痺の実態,機能的予後と治療結果,社会復帰までを含めた総括的なものはきわめて少なかった.
 本書は,脊髄損傷治療に長い歴史と経験をもつ労災病院群(総合せき損センター,吉備高原医療リハビリテーションセンターを含む)の,主としてリハビリテーション部門において,1991年から2000年までの3次にわたって行なわれたOutcome Studyの結果を総括するともに,米国における国立脊損統計センター(NSCISD)の成績と対比しつつ,脊髄損傷の発生状況,治療内容と成績,各種合併症の予防と管理―褥瘡,筋骨格系,呼吸器系,泌尿器系,循環器系,代謝系,Functional Outcome,退院後の職業復帰,生存期間,死因と死亡率,労災リハビリテーシリョン工学センターにおける全体の統計等,各種のテーマごとに詳細に論じた総括的で実質的なevidenceに関する書である.
 各章の著者はいずれも長年脊髄損傷医療に専門的に携わってきたベテランである.脊髄損傷の医療とは何か,どうあるべきか,合併症や問題点,治療の目標,社会復帰への道等々具体的に学ぶことは多い.
 このように,本書ではわが国の労災病院系列における脊髄損傷治療後の機能的予後の実態がevidenceとして詳しく報告され,米国における大規模かつ実質的な統計資料と比較されている.担当者の努力によりかなりわが国も追いついてきたが,インフラの領域で早期の整備充実が望まれる.今回の調査はこれで一段落というものではなく,米国脊損統計と比肩でき,evidenceとしてより充実したものとするため継続し,さらなる努力が必要である.各施設における専任の記録者や統計センターにおける専門の要員の設置のため,厚生労働省には是非今後も予算枠の拡大をお願いしたい.このevidenceは必ずや医療費と福祉予算の節減につながるものと信じている.
 ハードの面では,急性期から退院後まで一貫して脊髄損傷を治療し,ケアできる総合せき損センターのような施設が,欧米のように地域ごとに設立されることが望ましい.これは経済面でも有利であると信じる.
 本書は医療・福祉に携わる方々はもとより,行政に携わる方々のお役に立つと信じ,推薦申しあげる次第である.
 2001年10月 総合せき損センター前院長 竹光義治

序文

 労災病院は,被災労働者に対する適切・迅速な診断・治療を行うとともに,早期の職場復帰のためのリハビリテーションを行うことを目的として,昭和24年以降,順次設立されてまいりました.以来50年を経過し,その間,労災病院に課せられる医療は当初の外科的・整形外科的分野のみならず,最近ではメンタルヘルス対策や働く女性の健康問題,生活習慣病など幅広い分野に広がっております.
 私どもはこうした幅広い分野の疾病を対象とした予防から治療・職場復帰に至るまでの総合的な医療を「勤労者医療」とよんでいますが,こうしたなかでせき髄損傷者に対する医療は労災病院設立当初から現在に至るまで常に勤労者医療の最重点課題の1つとして位置づけられてまいりました.これはせき髄損傷は障害の程度が著しく重篤であることや職場復帰までに相当長期間に及ぶケースが多いことから,被災労働者のみならず,その家族に与える物心両面の影響が大きいことがその主な原因であると考えられます.
 労災病院はこうした社会の要求と期待に応える形でせき髄損傷者に対して急性期医療,リハビリテーション,職場復帰後の管理等を積極的に行ってきており,一定の成果をあげてまいりました.また,臨床実績と相まって各労災病院が横断的に連携をとり,研究活動も活発に行ってまいりました.
 この研究成果は,平成11年度に「職場復帰のためのリハビリテーションマニュアル」として出版されましたが,幸いにも好評を得ることができました.
 その後,リハビリテーション医療のさらなる向上のため,各労災病院の専門医が中心となって「全国労災病院せき髄損傷データベース作成のための研究」を進めてまいりましたが,このたびその研究成果を総合的にまとめることができましたのであわせて世に問うことになった次第です.
 せき髄損傷データベースの構築という試みは他の疾病に関してもあまり類をみず,せき髄損傷に関してはわが国ではもちろんはじめてであり,画期的なことであります.
 本書が今後の勤労者医療の推進に寄与するだけでなく,せき髄損傷の治療・リハビリテーションの水準の向上に資するものであることを切に期待するとともに,この研究に積極的に参加していただいた各労災病院のメンバーの方々のご尽力に改めて敬意を表する次第です.
 2001年10月 労働福祉事業団理事長 若林之矩
推薦のことば
序文

第1章 研究の経緯
   ・はじめに
   ・脊損の治療の変遷
   ・労災病院における脊損治療に関する研究
   ・労災病院における脊損治療に関する最近の全国的研究
   ・今後の課題
   ・おわりに
第2章 評価の基準化―ASIA/IMSOPを中心に
   ・はじめに
   ・評価法の歴史
   ・脊髄損傷の神経学的および機能的分類のための国際基準
   ・米国脊損データベースの評価基準とその変遷
   ・ASIA2000年度改訂版とFIMの取り扱い
   ・全国労災病院脊髄損傷データベース
   ・評価の信頼性
第3章 発生の現状
   ・はじめに
   ・標本比較の前に
   ・脊損者の統計
   ・年代別にみた事故原因比率
   ・月別発生数の比較
   ・曜日別発生率
   ・機能レベル
   ・主な発生原因における特性
   ・年齢別の麻痺レベル比較比率
   ・その他の統計
   ・前・後半の比較(統計的推移)
   ・今後の問題(予防対策について)
   ・おわりに
第4章 EBMに基づく脊損治療―急性期の管理
   ・はじめに
   ・急性期治療,手術的治療
   ・総合せき損センターにおける初期治療と合併症予防
   ・脊髄損傷の麻痺予後について
   ・最後に
第5章 合併症の予防と管理
 1.褥瘡
   ・はじめに
   ・方法
   ・受傷から労災病院入院までの期間と褥瘡の関係
   ・褥瘡の有無と労災病院入院期間との関係
   ・褥瘡の発生頻度
   ・褥瘡の部位
   ・完全損傷と不全損傷における比較
   ・対麻痺と四肢麻痺間での比較
   ・性差
   ・年齢と褥瘡の関係
   ・既存疾患と褥瘡発生との関係
   ・褥瘡とその他の合併症との関係
   ・まとめ
 2.筋骨格系
  痙縮
   ・はじめに
   ・対象と方法
   ・結果
   ・考察
   ・まとめ
  異所性骨化
   ・はじめに
   ・対象と方法
   ・結果
   ・考察
   ・まとめ
  麻痺域の痛み
   ・はじめに
   ・対象と方法
   ・結果
   ・考察
   ・まとめ
 3.呼吸器系
   ・はじめに
   ・National SCIDから
   ・全国労災病院脊損データベースから
   ・性別
   ・受傷時年齢
   ・経過期間
   ・既往症
   ・骨傷と手術
   ・合併損傷
   ・機能評価
   ・能力評価
   ・人工呼吸器
   ・まとめ
 4.泌尿器系
   ・はじめに
   ・脊髄損傷の排泄障害(神経因性膀胱直腸障害)に関する常識
   ・頚髄損傷レベルと麻痺性状の違いによる排尿障害
   ・排尿法と尿路合併症
   ・ADL能力と排尿法の選択,および転帰の状況
   ・おわりに
 5.循環器系
   ・はじめに
   ・米国脊損データベースについて
   ・労災データベースについて
   ・おわりに
 6.代謝系
 7.深部静脈血栓症
   ・はじめに
   ・深部静脈血栓症頻度の増加傾向の日米比較
   ・受傷から入院までの期間と深部静脈血栓症
   ・年齢,性別と深部静脈血栓症との関連
   ・既存疾病との関連
   ・Frankel gradeと深部静脈血栓症との関連
   ・麻痺レベルと深部静脈血栓症
   ・受傷原因と深部静脈血栓症
   ・褥瘡と深部静脈血栓症の関連
   ・合併損傷と深部静脈血栓症との関連
   ・輸血,手術と深部静脈血栓症
   ・自律神経過反射,痙縮と深部静脈血栓症との関連
   ・深部静脈血栓症と肺塞栓
   ・尿路感染症・尿路結石と深部静脈血栓症
   ・呼吸器感染症と深部静脈血栓症
   ・排尿方法と深部静脈血栓症
   ・尿路管理と深部静脈血栓症
   ・深部静脈血栓症を目的変数とした重回帰分析
   ・排尿方法,尿路感染,尿路結石と深部静脈血栓症
   ・肝障害と深部静脈血栓症
   ・肝疾患,肝障害,輸血と深部静脈血栓症との関連
   ・まとめ
第6章 脊髄損傷のFunctional Outcome
   ・はじめに
   ・方法と対象
   ・考察
第7章 職業復帰
   ・はじめに
   ・脊損のリハ医療における職業復帰の意味
   ・脊損者の職業復帰を考えるうえで
   ・National SCIDからの報告について
   ・労災病院・総合せき損センター・吉備高原医療リハセンターにおける脊損者の職業復帰
第8章 脊髄損傷受傷後の生存期間
   ・はじめに
   ・米国での受傷後生存期間
   ・わが国の受傷後生存期間
第9章 脊髄損傷者の死因と標準化死亡比
   ・はじめに
   ・方法
   ・結果と考察
第10章 脊損統計センターの機能と課題
   ・はじめに
   ・MSCICS(Model Spinal Cord Injury Care System)204
   ・NSCISCの業務
   ・わが国における特殊ォと統計センターの機能と問題点
   ・最後に

資料
索引