やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに 「医学研究に統計学は必要か」
 医学研究に統計学は必要だろうか.
 医療者であれば,一度はこの問いを考えたことがあるかもしれない.日常診療は統計学を意識しなくても成り立つ.しかし,研究論文を読み,臨床研究を計画し,得られた結果を患者さんのために活かす段階では,統計学の理解が欠かせない.
 たとえば,「この治療法は本当に有効なのか?」という問いに答えるためには,治療を受けた人と受けていない人を比べるだけでは不十分である.患者背景の違い,偶然のばらつき,測定の誤差,選択バイアスなどが入り込むからである.統計学は,こうした不確実性を整理し,どこまで信頼してよい結論なのかを判断するための道具である.
 統計学の役割は,計算式を覚えることではない.重要なのは,研究デザインを理解し,データの特徴を見抜き,解析結果を臨床的な文脈のなかで解釈することである.「統計学的有意差があるか」だけでなく,「どのくらいの差があるのか」「その差は患者さんにとって意味があるのか」「研究の限界は何か」を考える力が求められる.
 こうした視点の代表的な例がP値である.P値が0.05未満であっても,臨床的に重要な差とは限らない.逆に,P値が0.05以上であっても,効果がないと断言できるわけではない.信頼区間,効果量,研究デザイン,バイアスの可能性を合わせて読むことで,はじめて研究結果を適切に評価できる.
 このように,統計学は医学研究にとどまらず,エビデンスに基づいた医療(EBM)を実践するうえでも重要な役割を果たしている.「統計は苦手だから……」と敬遠するのでは,より良い医療の提供にはつながらない.本書は,医学生,薬学生,医療系大学院生,臨床研究を始める医療者が,統計学を「論文を読むための言葉」として学ぶことを目的としている.数式の導出よりも,直感的な理解と実際の使いどころを重視した.統計が苦手な読者でも,研究デザインから基本的な解析,発展的手法まで一歩ずつ読み進められるよう構成している.
 なお本書は,慶應義塾大学医学部の門川俊明教授より,「統計が苦手な人にもわかるように」との趣旨で『医学のあゆみ』への連載をご依頼いただいたことに端を発する.連載としてお届けした記事を,より学びやすい形に再構成し,一冊の教科書としてまとめ直したものが本書である.門川先生のお声かけがなければ本書は生まれなかった.ここに深く感謝申し上げる.
 佐藤泰憲・長島健悟
 はじめに
 本書の読み方
基本編1 臨床研究
 第1章 医学研究データの特徴とまとめ方
  データの種類(量的データ,質的データ)
  データのまとめ方
  代表値表現法(位置の指標,ばらつきの指標,代表値表現の学術論文での報告)
  図示表現法
 第2章 観察研究のデザイン
  観察研究のデザイン(測定のタイミング:横断研究と縦断研究,観察の方向性:前向き研究と後ろ向き研究,コホート研究とケースコントロール研究)
  観察研究のリスク評価指標(比・割合・率,リスク比・リスク差,オッズ比)
 第3章 交絡とその制御方法
  交絡とは
  交絡の調整(研究計画時の調整法,解析時の調整法)
 第4章 ランダム化
  ランダム化の方法(単純ランダム化,ブロックランダム化,層別ランダム化,適応的ランダム化,反応適応的ランダム化,クラスターランダム化)
 第5章 臨床試験のデザイン
  比較可能性を上げる方法(対照群の設定,ランダム化,盲検化)
  一般化可能性を上げる方法(適格基準の設定,解析対象集団の設定,交互作用の評価)
  精度を上げる方法(サンプルサイズ設定)
 第6章 臨床研究の成果報告
  臨床研究の報告ガイドライン
  CONSORT(CONSORTチェックリスト,CONSORTフローダイアグラム)
  STROBE(STROBEチェックリスト,STROBEにおけるフローダイアグラム,STROBEの活用と意義)
基本編2 基本的な統計手法
 第7章 推定:信頼区間とは
  推定の方法(点推定,区間推定)
  事例:降圧薬ランダム化比較試験における推定の適用(平均の差の点推定と区間推定,割合の点推定と区間推定,割合の差の点推定と区間推定)
  ベイズ法による信用区間
 第8章 検定:P値とは
  検定の手順(仮説の設定,検定統計量の計算,P値の計算,棄却の判定,検定における2種類の過誤)
  計算例(平均値の比較,奏効率の比較)
  検定と推定
  検定の活用と正しい解釈に向けて
 第9章 分散分析
  分散分析の基本原理
  分散分析の具体例と結果の解釈
  多元配置分散分析
  分散分析と他のモデルの関係
 第10章 多重比較
  多重比較法(Familywise Error Rate:研究全体の第一種の過誤の確率,False Discovery Rate:誤検出の確率)
  臨床研究における多重性の問題(複数の水準間の比較,多数の変数に対する検定,複数の時点での検定,サブグループ解析,中間解析)
 第11章 相関と回帰
  相関と因果
  回帰分析
  重回帰分析
 第12章 ロジスティック回帰分析
  二値アウトカムの群間比較の解析(分割表を用いた未調整の解析,層別解析による交絡調整の解析,ロジスティック回帰分析による交絡調整の解析)
  変数選択に関する話題(変数選択における注意点,交絡調整のための変数選択,予後因子や予測モデルのための変数選択)
 第13章 診断精度指標の評価
  性能評価指標
  複数の検査の組み合わせ
  ROC曲線とAUC
  AUCを用いる手法に関する発展的な議論
 第14章 生存時間解析
  生存時間データとその特徴(打ち切り,生存関数とハザード関数)
  生存時間解析で用いられる主な統計手法(生存曲線の推定方法:Kaplan-Meier法,生存関数の群間比較の検定:logrank検定,ハザード関数に対する回帰モデル:Cox回帰モデル)
  発展的な話題:比例ハザード性が成立しない場合(制限付き平均生存時間(RMST),重み付きlogrank検定とMaxCombo検定)
発展編 発展的な統計手法
 第15章 経時測定データの解析手法
  経時測定データ(経時データにおける比較の考え方,時点間相関,欠測)
  経時測定データに対する統計手法(反復測定混合効果モデル(MMRM),一般化推定方程式(GEE))
  適用事例(MMRMの適用,GEEの事例)
 第16章 欠測データの解析手法
  欠測データ(欠測による問題点,欠測の種類)
  共変量に欠測を伴うデータに対する解析方法
  欠測を伴う経時測定データに対する解析方法(LOCF,反復測定混合効果モデル(MMRM),一般化推定方程式(GEE))
  欠測メカニズムに関する注意点
 第17章 メタアナリシス
  系統的レビューとメタアナリシス(系統的レビューとメタアナリシスの実施の流れ)
  メタアナリシスの統計手法(固定効果モデルと変量効果モデル,異質性の評価と対応,出版バイアスの評価と対応)
 第18章 多変量メタアナリシス
  多変量メタアナリシス
  診断法のメタアナリシス
  ネットワークメタアナリシス
  ベイズ流の多変量メタアナリシス
 第19章 因果推論
  因果効果の定義(個人の因果効果,平均処置効果)
  因果効果が推定可能となる条件(割り当てメカニズムの定義,処置の割り当てメカニズム,ランダム化比較試験と3条件)
  傾向スコアによる交絡の調整(傾向スコア,傾向スコアによる逆確率重み付け推定量,傾向スコアによる層別解析,傾向スコアによるマッチング推定量,傾向スコア解析における注意点)
  実際の研究での傾向スコア解析の利用例
 第20章 医学研究におけるベイズ統計学
  ベイズ統計学の手法とその特徴(尤度,事前分布,事後分布,予測分布,ベイズ流の回帰モデル)
  臨床研究で用いられるベイズ統計学の手法(アダプティブデザインにおけるベイズ統計学の手法,複雑なモデルに基づく解析)

 索引