やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 一粒の種を植え,育てる.植物のある穏やかな環境に身をまかせる.
 植物とともに過ごす1日が,ひとの生活のリズムを取りもどし,
 暮らしに必要な心身の働きを呼びもどす.
 草花や野菜を植え 育てその実りを楽しむことに
 ことさらに深い意味をもたせようとは思わない
 しかし,冬の林 葉の落ちた木の枝の
 堅い殻に覆われた芽の新しい命の兆しに
 思わず寒さをわすれたことはないだろうか
 春を迎え芽吹いたばかりの双葉に
 愛おしさとけなげさを感じ
 思わず「がんばれよ」とつぶやいた人はいないだろうか
 何百年という年月,風雪を耐え抜いた巨木に出会い
 生きることの威厳,畏敬の念
 大きな安心感を感じたことはないだろうか
 晩秋の午後,庭の花壇に枯れて横たわる草花に
 華やかな時を過ぎ老いる我が身を重ねたことはないだろうか
 ヒトがその永い進化の過程で
 植物の恵みを受けて命を保ち
 肉食動物や危険から
 身を隠し守ってくれた植物とのかかわりが
 今も 私たちに安らぎと安心をもたらす
 食物連鎖のなか 植物の実りに命の糧を得て生きる私たち動物
 植物の食の相と性の相と半期遅れて共生している
 その半期違いの植物のライフサイクルに
 私たちは自分の一生を重ねてみるのだろう

 園芸療法は,植物そのものや植物が育つ環境から私たちが受ける刺激や,植物に関連するさまざまな活動を,精神機能や感覚運動機能の維持・回復,生活の質の向上にもちいるリハビリテーション技法の一つにあたる.植物や植物を育てる共有の体験をとおして,かかわる者とかかわられる者の相互の感性が響きあい共感することで,療法としての場が生まれる.
 植物や植物が育つ環境,植物に関連する諸活動は,病いや障害がある人たちの療法として,病いや障害の有無にかかわらず健康や生活の質の向上を目的とした福祉的な園芸の活用として,さらには個人の楽しみとしての園芸活動や住空間や都市の景観としてなど,さまざまな活用ができる.本書は,そうした幅広い園芸の活用の核にあたる,療法としての園芸(theraputic gardening)に焦点をあてたものである.
 本書は2部構成になっている.第1部は園芸療法の基礎編にあたり,まず療法の手段としての園芸という視点から,「園芸療法とは」何かを考えることに始まり,園芸が病いや障害の治療,援助に用いられるようになった「園芸療法の歩み」をふり返り,園芸療法の背景にある「ひとと植物」のかかわりを見直すことを試みた.続いて園芸の「療法としての構造と要素」を分析することで,園芸の何がひとの心身の機能に働きかけ,生活の質に影響するのかを考え,ひとの心身の機能や生活の障害に対する「療法としての園芸の効用」について整理した.そしてどのような人に対してその効用を療法としてもちいるのか「園芸療法の適応と対象」を示し,さらに療法として実施する場合に必要な「評価と計画」,実際に「園芸療法を行う環境 」を具体的に紹介した.「園芸療法のコツ」では,だれがどこで行い,どのようにかかわればよいか,園芸を越えた園芸療法など,実際に園芸療法を行う場合の,実践上の留意点とコツをまとめた.これらは,暮らしを構成するあらゆる作業をかかわりの手段とする作業療法士の立場から,園芸をとらえたものである.
 第2部は園芸療法の実践編にあたり,人と自然社の協力・監修により,いくつかの施設で試みられている園芸を用いたさまざまな臨床事例を取り上げ,どのような目的で何が試みられているのかを紹介した.
 また,初学者やこれから園芸療法を開設する人たちの参考に,評価表や,いくつかの記録の書式を付表として添付した.これらは,参考例なので,それぞれの現場に適したものを作成されるとよい.
 本書を,精神的な障害,身体的な障害,発達的な障害,老年期の障害,そしてふとしたできごとで道を踏み外した非行や触法など,心身の障害や日常生活,社会生活に問題があり自分の生活を取りもどそうとしている人たち,医療という枠を越えて,植物や植物を育てるかかわりを通して援助し共に寄りそう仲間たちへ.
 山根 寛
 はじめに 山根寛
 ぐんぐん強い芽を噴け――企画者よりあいさつにかえて 菅由美子

第1部 基礎編 山根寛
第1章 園芸療法とは
 しずかな命とのかかわり/ひとの生活と園芸/健康と生活/園芸と療法/療法としての園芸の範囲/園芸療法の位置づけ
第2章 園芸療法の歩み
 その昔/園芸療法の源流/アメリカにおける園芸療法/ヨーロッパにおける園芸療法/日本における園芸療法/新たな動き
第3章 ひとと植物
 植物(しずかな命)と動物(うごく命)/植物とイメージ/農耕--文明の始まり/園芸--文化と共に/作物--植物の恵み/植物の利用/日本人と植物
第4章 療法としての構造と要素
 構造と要素/対象--植物(しずかな命)の育ちと実り/活動--育てる,過ごす,感じる,採る,使う/環境--自然・場・人
第5章 療法としての園芸の効用
 環境面における効用/精神機能面における効用/感覚運動機能面における効用/心理社会機能面における効用/他の療法と何が違うのか
第6章 園芸療法の適応と対象
 療法としての対象/障害のとらえかた/精神障害--こころの病いと園芸/身体障害--からだの病いと園芸/発達障害--育ちの障害と園芸/老年障害--老いと園芸/更正対象--踏み外した道と園芸
第7章 評価とプログラム
 園芸療法の手順/なぜ評価するのか/いつ何を評価するのか/評価の手段とコツ/プログラム/記録
第8章 始めるにあたって
 園芸療法の位置づけと自己点検/植物について点検/いろいろな園芸活動/場所と設備/用具と資材について/スタッフについて/安全面への配慮/他部門・他施設との連携
第9章 園芸療法のコツ
 どこで誰が行うのか/セラピストのかかわりかた/管理はどうするか/園芸ボランティアの活用/ローカル性とグローバル性/とらわれない園芸
付表
 1.園芸療法初期評価記録用紙
 2.園芸活動経験・興味調査
 3.園芸作業遂行特性評価表およびチェック表
 4.園芸療法効果判定表およびチェック表
 5.園芸療法自己評価表およびチェック表
 6.園芸療法プログラム計画表
 7.園芸療法日誌
 8.園芸療法部門自己評価表

第2部 事例編 人と自然社 監修
 事例について 山根 寛
 1 諏訪中央病院
  絆をつなぐ―住民に支えられた癒しの庭 鎌田 実
  リハビリテーションと庭の活用 伊藤孝子
  みんなが楽しめる手づくりの庭 グリーンボランティアの活動 田辺 庚
 2 和佐の里
  老人保健施設における園芸療法の効果 北出俊一
  園芸療法プログラムの実践 田崎史江
 3 恵光園
  知的障害者福祉と農園芸 根ヶ山俊介
  園芸療法・福祉の“場”としての庭づくりについて 寺田裕美子
 4 さまざまな活動
  高齢者福祉施設「ラポールしもつま」 登坂ユカ
  断酒活動「仲間の会作業所」 中西由美子・後藤美佳子
  身体障害者福祉施設「京都太陽の家」 小林 晃
  知的障害児施設「高知県立南海学園」 矢吹富子
  知的障害者施設「こころみ学園」 川田 昇
  ボランティア育成の試み「花の文化園」 小野本徳人
  農産園芸福祉ボランティアの養成「大阪府立食とみどりの総合技術センター」 原 忠彦
  有限会社人と自然社 菅由美子

 表紙デザイン/伊勢弥生 表紙イラスト/木下郁枝