やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序にかえて

 「糖尿病,IGT(Impaired Glucose Tolerance)だから心筋梗塞を発症した」とか糖尿病だから 「心筋梗塞やPTCAの予後が悪い」 といわれる.しかし,2型糖尿病は一例一例異なった病態を有する.極めて不均一な方々の集まりである.なぜ“糖尿病”では動脈硬化症が進展するのであろうか.いうまでもなく糖尿病の特質は,高血糖,それに加えてインスリン抵抗性がある.したがって,高血糖の面から,あるいはインスリン抵抗性の面から,動脈硬化症の成因を追究すべきであろう.高血糖の持続が,あるいは糖化蛋白が直接的に血管内皮細胞,マクロファージ,あるいは血管平滑筋細胞を障害し,動脈硬化症を進展させることが,分子,細胞,組織レベルで証明されつつある.事実,糖尿病罹病期間が長い,すなわち高血糖持続時間が長いほど,動脈硬化症が進展している.ところが,高血糖がない,あるいは軽微であるIGTや早期軽症糖尿病の時期に動脈硬化症が顕著に進行する例も多い.
 “2型“糖尿病患者は“宿命的”ともいえるインスリン分泌の特徴を有していると捉えている. 「糖質摂取後の血糖値上昇に対応して瞬時に分泌されるはずのインスリン追加分泌が欠如している,血糖値の上昇に遅れてインスリンが分泌される,分泌量も少ない」という“遺伝表現型“があると,必ず糖尿病が発症するわけではない.発症前には全身細胞のインスリンの感受性がむしろ亢進していて,少ないインスリン分泌で“糖のながれ”を正常化させている.やがて過食,運動不足などのためインスリン感受性が軽度であれ低下すると,インスリン分泌が少ないため,ただちに糖の処理が不十分になる.これを血糖応答の面からみると,最初の異常として食前正常血糖値,食後のみ短時間血糖値が健常人に比べ高くなる,さらに高血糖の持続時間が徐々に長くなり,やがて昼食前血糖値,夕食前血糖値が高くなる.さらにすすむと朝食前空腹時血糖値が高くなる.すなわち,空腹時血糖値が126mg/dl以上となって,糖尿病と診断された時には,すでに糖尿病罹病期間が長くなっている可能性があろう.
 一方,肥満が糖尿病の引き金と捉えられがちだが,毎食後の一時的高血糖に刺激され遅延して,むしろ過剰に分泌されたインスリンがブドウ糖を,特に運動不足例では脂肪細胞に取り込ませることにより肥満を助長させる,と捉えることもできよう.すなわち“宿命的な”インスリン分泌動態が肥満を起こし,インスリンの働きを低下させ,高中性脂肪血症,高血圧,などをも引き起こし,動脈硬化症が進行する.
 インスリン分泌動態に異常がなく速やかであっても,高度の過食,運動不足が持続すると,慢性的な高インスリン血症が脂肪肝,内臓脂肪蓄積型肥満を惹起し,肝の糖代謝異常,脂質代謝異常などから血糖値が上昇する,さらに高インスリン血症が悪化する,という悪循環が形成される,と考察したい.
 すなわち,過剰インスリン分泌とそれに伴う種々の異常が,動脈硬化症の引き金といえよう.血糖コントロールのため食事・運動療法を施すことなく,SU薬で遅延過剰インスリン分泌を刺激する,あるいは多量のインスリン注射をする,といった欧米で従来行われてきた2型糖尿病の治療法が反省されつつある.動脈硬化症発症予防のために,糖尿病の早期発見,そして食後一時的高血糖の時期からの治療がいま最も求められることではなかろうか.
 本特集は,糖尿病が動脈硬化症を発症・進展させる機序を,糖代謝の面から,脂質代謝の面から,凝固・線溶系・血液レオロジーの面から,遺伝子の関与について,解説していただいた.さらに,動脈硬化性疾患の治療の最前線や遺伝子治療の展望を詳述していただいた.この特集をお楽しみいただきたい.
 2002年5月
 河盛隆造 kawamori,Ruzo
 順天堂大学医学部内科学
 序にかえて……河盛隆造

I.動脈硬化症発症機序の基礎的研究
 1.糖尿病が動脈硬化症を発症・進展させる代謝的機序……西尾善彦
    高血糖と動脈硬化
    インスリン抵抗性による動脈硬化促進機構
    MEMO1 ヘキソサミン経路
    MEMO2 NADH/NADPHoxidaseとNoxファミリー
 2.糖尿病における血液異常と動脈硬化症……丸山征郎
    糖尿病における内皮細胞機能の異常
    糖尿病は動脈硬化促進状態である
 3.糖尿病における肥満,脂質代謝異常と動脈硬化症……藍 真澄・田中 明
    糖尿病に伴う脂質代謝異常
    肥満と脂肪細胞と糖・脂質代謝異常
    プラークの形成と安定性に関わる要素
    肥満の解消と高脂血症治療のすすめ
    MEMO1危険因子重積症候群
    MEMO2レムナントリポ蛋白とRLP(remnant like particles)
 4.動脈硬化症の発症・進展における遺伝子の研究……田中 逸
    ACE遺伝子多型
    MTHFR遺伝子多型
    ミトコンドリア長寿遺伝子は抗動脈硬化遺伝子か
    その他の遺伝子多型
    MEMO1 遺伝子多型
    MEMO2 頚動脈内膜・中膜複合体肥厚度(IMT)
II.糖尿病と動脈硬化症の疫学研究……富永真琴
    糖尿病およびIGTと心血管疾患
    ブドウ糖負荷後ないし食後血糖と心血管疾患
    MEMO1 心血管疾患
    MEMO2 NHANES
    MEMO3 境界型
    MEMO4 DECODE
III.糖尿病と脳血管障害の臨床最前線
 1.糖尿病患者における脳血管障害の臨床的特徴……日生下亜紀・都島基夫
    糖尿病患者における脳梗塞の頻度
    糖尿病患者における脳梗塞の部位と種類
    糖尿病患者における脳出血
    MEMO1 CVD-IIIの分類
 2.脳血管障害の急性期治療と予後……河合 真・宇高不可思
    糖尿病と脳血管障害の頻度との関連
    糖尿病と脳梗塞病型との関連
    糖尿病の脳血管障害重症度への影響
    急性期の診断,治療の流れ
    糖尿病患者の脳血管障害の治療における留意事項
    再発予防
    心血管系合併症の予防
IV.糖尿病と冠動脈硬化症の臨床最前線
 1.糖尿病患者における冠動脈硬化症の臨床的特徴……伴野一・大山良雄・宇都木敏浩
    疫学
    臨床的特徴
    冠動脈硬化病変の特徴
    インターベンション効果
    MEMO1 HOMA-IR
    MEMO2 貫通性心筋梗塞
    MEMO3 冠動脈硬化病変の評価法
 2.虚血性心疾患の診断と早期スクリーニングの現況……大坂美和子・◎須雅孝・平盛勝彦
    頚動脈エコー図
    冠動脈CT
    経胸壁ドプラ心エコー図
    最新の画像診断法を導入した虚血性心疾患のスクリーニング法
    虚血性心疾患の早期スクリーニングと確定診断へのステップ
    MEMO1 糖尿病の心筋梗塞症発症率
    MEMO2 糖尿病は独立した予後規定因子
 3.AMI急性期における血糖を中心とした代謝管理の重要性……大塚頼隆・宮崎俊一・原納 優
    急性心筋梗塞症となった糖尿病患者の特徴
    心筋梗塞症急性期の血糖管理と予後
    MEMO1 DIGAMI研究とECLA研究のインスリン療法プロトコール
    MEMO2 プレコンディショニング
 4.侵襲的インターベンションの有効性と予後……中川 晋
    急性心筋梗塞に対する血栓溶解療法の成績
    経皮的冠動脈インターベンション(PCI:Percutaneous coronary intervention)
    冠動脈バイパス術(CABG:Coronary artery bypass grafting)
    経皮的冠動脈インターベンション(PCI)と冠動脈バイパス術(CABG)
    MEMO1 TIMI
    MEMO2 大規模試験BARI(Bypass Angioplasty Revascularization investigation)
    MEMO3 primary angioplasty
V.動脈硬化症に対する遺伝子治療の展開……青木元邦・荻原俊男・森下竜一
    PTCA,PTA後再狭窄に対する遺伝子治療
    遺伝子を用いた血管新生療法
    細胞移植による血管再生