やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

「臨床工学講座」の刊行にあたって
 1987年に臨床工学技士法が制定されるとともに本格的な臨床工学技士教育が始まり,早20年が経過した.
 この間,科学技術は大きく進歩し,臨床工学技士が従事する医療現場でも,新しい医療技術や医療機器が導入され,多くの人の命を支える役に立ってきた.
 日本臨床工学技士教育施設協議会では,1997年より「教科書編集委員会」を設け,臨床工学技士育成に必要な教科書作りについて検討を重ねてきた.当時は教育施設数が少なかったこと,また1998年度から始まった規制緩和推進3カ年計画のなかで,いわゆるカリキュラム大綱化が臨床工学技士教育制度でも検討されると予想されていたことにより,教科書作成事業をしばらく休止した経緯がある.政府によって「カリキュラム等を規制している国家試験受験資格付与のための養成施設の指定制度を見直し,各大学等が社会のニーズに適切に対応した多様な医療技術者等の養成ができるようにする」との方針が打ち出されたのである.
 その後,2004年4月にカリキュラム大綱化が行われ,また2006年度第20回国家試験から国家試験出題基準が大きく改訂されたことを受け,日本臨床工学技士教育施設協議会は2007年度より改めて『教科書検討委員会』を設けて教科書作成事業を再開した.そして今般,『臨床工学講座』シリーズとして,全国53校の臨床工学技士教育施設で学ぶ約2,600名にも及ぶ学生達のために共通して使用できる標準教科書シリーズを発刊する運びとなった.
 教科書検討委員会および本講座編集委員会では,他医療系教育課程で用いられている教科書を参考にしつつ,今後の臨床工学技士育成に必要,かつ教育レベルの向上を目的とした教科書作成を目指して検討を重ねてきた.
 その骨子として以下の3点を心掛け,臨床工学技士を目指す学生がモチベーションを高く学習でき,教育者が有機的に教育できる内容を目指した.
 (1)本シリーズは,国家試験対策用テキストではなく臨床工学技士が本来的に理解しておくべき基本的事項をしっかりと分かりやすく教えることに重点をおくこと.
 (2)ゆとり教育世代の高校卒業者にも理解しやすい導入と内容の展開を心掛け,とくに基礎科目については随所に“Tips”などを挿入することにより読者の理解を深めていただくことを目指し,実務上での応用へのつながりを明確にすること.
 (3)大綱化後の新カリキュラムの内容をベースに「平成19年度国家試験出題基準」を念頭においた編集とすること.
 よって本講座は,これまでの教科書とは一線を画した理想を掲げており,医療系教育課程用教科書の歴史に新たな1ページを刻む意気込みにて,執筆者・編集者ともども取り組んだ次第である.
 医療現場において臨床工学技士に求められている必須な資質を育むための本教科書シリーズの意義を十分にお汲み取りいただき,本講座によって教育された臨床工学技士が社会に大きく羽ばたき,医療の発展の一助として活躍されることを願ってやまない.
 本講座のさらなる充実のために,多くの方々からのご意見,ご叱正を賜れば幸甚です.
 2008年春
 日本臨床工学技士教育施設協議会 教科書検討委員会
 臨床工学講座 編集委員会


第2版の序
 臨床工学講座,「医用機械工学」の改訂が行われた.前版からすでに10年近く経過したが,臨床工学分野における機械の学習意義は現在も変わることはない.今回の改訂では,前版の記載の見直しを行い,国家試験の出題基準に沿って初学者に向けてより学びやすく記載した.また,機械に直接関係しない内容を削除あるいは簡潔な記述に改め,その一方で,基礎物理学の内容ではあっても,単位,基礎力学などは機械工学の基礎に欠かせないと判断して,1章にまとめた.したがって,この教科書の冒頭の部分は物理学を十分に学習していない読者にも大切な項目となっているので,しっかりと学習してほしい.
 臨床工学は,医療の場に工学の知見を展開するという大きな意味をもっている.元来,工学とは,さまざまな科学分野を応用して人類に役立つ道具や機械を開発することにある.機械はその意味においても工学の本流に位置しているといってよいだろう.臨床工学の分野においても,医療機器は機械としての役割を担っている.近年の電子工学,情報工学の目覚ましい発展により,装置自体のインターフェースや自動化などが飛躍的に進歩しているが,装置の機能を考えると機械としての本質は何も変わることはないだろう.
 医療の分野において,機械工学で学ぶ知識は単に医療機器の機械としての原理を知ることだけが目的ではない.機械工学がすべての科学分野の成果を応用する学問体系に属するという観点で考えれば,その知識の対象は医療機器のみに限定されない.とくに,生体を対象とするこの分野では,人体と機械との類似性について考えることも重要である.生物の特異性を考慮したとしても,構造物としての人体は,きわめて精緻に作られた仕組みによって生命活動の基本部分を支えられている.このようにみれば,機械工学の成果として作られたさまざまな仕組みの多くに,すでに生命に組み込まれた機能と類似している部分があることを容易に指摘できる.筋と骨格にみられる人体構造と力学との関係,循環系と流体力学との関係,体温の調節に関係する熱現象や熱力学など,生理学などで学ぶ内容の至るところに関連性を見出すことができる.
 こうした観点から,医用機械工学を単なる工学分野の基礎として理解するのではなく,臨床や基礎医学に関係する多くの分野に役立つ内容を含んでいることに気がついてほしい.本文中でもその点に触れた記述をしている部分も少なくないが,できるならば,工学という観点から生理学や臨床医学を考えるということも重要であると考えてほしい.生物とはいえ,その根本的な働きが地球や宇宙を支配する物理法則にしたがっていることに疑いの余地はない.いかに生命現象が複雑であろうとも,物理や機械工学の理論で容易に説明できることまでを神秘的で不思議な現象のように考えることはない.
 臨床医学の一分野を担う学生にとって,機械工学は異質な領域と感じるかもしれないが,本書を学習することで,この分野も医学にとっても重要な一分野であることを理解していただければ幸いである.
 2020年3月
 著者


第1版の序
 工学の源流は道具を作る技術にあり,道具の進化形,機械を対象とする機械工学は,その本流に位置している.臨床工学分野においても,医療機器は機械そのものであるから,機械工学の役割は重い.しかし,電気工学や電子工学と比べて機械工学の占める位置が医療技術の中枢に置かれているとは,言い難い.「機械的」という言葉が「人間的」の対語として用いられていることに象徴されるように,医の対象である人間と工の対象である機械は,もともと相性が悪い.その上,機械工学の基盤が力学に置かれているのに対して,医学の基盤が生物学に置かれているということも,両者の距離の拡大に拍車をかけている.たとえば,天体や人工衛星などの「物体」の運動を予測することが得意な力学法則は,「生物体」の動きを予測するのが苦手である.小惑星探査の「はやぶさ」の軌道を予測することはできても,鳥のハヤブサの飛行ルートの予測はできない.台所のゴキブリの動きを予測してスリッパを振り上げても,なかなかヒットしない.
 こうした「生物体」と「物体」の隔たりを生む原因は,情報密度の相違にある.「生物体」の情報集約は想像を越えるものであり,数ミクロンの大きさの細胞の中の小さな遺伝子に,人生全体を左右するほどの情報が詰め込まれている.それに対して,力学の対象として扱う「物体」の中には,形状,体積,質量といった数個の情報しか存在しない.情報を削減してモデル化する作業は,力学の好む統一法則の構築には必然である.よって,生物組織を力学モデルとして構築する場合は,「生」に関わる情報を削減せねばならない. 医療機器は,もともと単純な「物体」であるから,力学の対象とするのは容易である.しかし,体外循環回路などで血液や血管組織を対象とした場合に,力学原理を適用して機械工学で扱うには,生命現象に関する情報を大幅に削減しなければならない.その際,無駄なく必要な情報を取捨選択するために,内容の本質的な理解が必要になる.その追求こそが,医用機械工学独自の存在価値を生む.その過程で,単なる境界領域としてではなく,独自の価値感を形成していく必要がある.
 一方,機械工学は,それ自体広大な分野であり,莫大な情報を有している.その中には,エンジンなどの内燃機関に関する技術や工作機械の技術などのように,臨床医療の現場とはかけ離れる内容が含まれている.医療技術と関わらない情報への拡散を避け,臨床医療の技術課題に直結する内容を吟味することも,医用機械工学の独自性の確立には重要である.
 こうした観点から,本書では,各項の内容それぞれにおいて可能な限り臨床医療との関連に言及することとした.それにより,機械工学の基礎を立体的に見るという作業を進めることで,医用機械工学の全体像を浮き彫りして,その理解を促すことを目指した.また,基礎力学を含めることで,内容の完結を図った.本書が,臨床医療を志す諸君が,機械工学という異質な世界に足を踏み入れる際の一助となれば幸いである.
 2011年3月
 著者
 「臨床工学講座」の刊行にあたって
 第2版の序
 第1版の序
第1章 力学の基礎
 1 医用機械工学と力学
 2 単位の成り立ち
  1 単位とは
  2 単位の四則計算
  3 国際単位系(SI)
  4 組み立て単位
  5 ディメンジョン
 3 力とは何か
  1 力の定義
  2 基本的な力
  3 ニュートンの運動の法則
 4 力の数式的取り扱い
 5 摩擦力
 6 質点と剛体に働く力の釣り合い
  1 質点と剛体
  2 力のモーメント
  3 平行な力の合成
  4 剛体の釣り合いに必要な条件
  5 重心と安定性
 7 力と運動
  1 運動方程式
  2 等速度運動(等速直線運動)
  3 等加速度運動
  3 放物運動
  4 円運動
 8 エネルギーと仕事
  1 エネルギーとは
  2 力と仕事
  3 力学的エネルギー
 章末exercise
第2章 固体材料の変形と強度
 1 弾性と塑性
 2 応力
 3 縦ひずみと横ひずみ
 4 せん断ひずみ
 5 縦弾性係数
 6 安全率
 7 体積弾性率
 8 梁の強さ
  1 曲げモーメント図
  2 梁の変形に対する強さ
  3 梁の破壊に対する強さ
 9 大変形による破局的破壊
  1 座屈
  2 内圧を受ける容器
 10 トライボロジー
  1 真実接触
  2 摩擦
  3 摩耗
  4 潤滑
 章末exercise
第3章 流体とその流れ
 1 圧力
 2 パスカルの原理
 3 絶対圧とゲージ圧
 4 連続の式
 5 圧力差による流れ
  1 トリチェリーの式
  2 グレアムの定理
  3 ベルヌーイの定理
 6 粘性流体の流れ
  1 ニュートン粘性
  2 ハーゲン・ポアゼイユの法則
  3 層流と乱流
  4 粘度測定
 7 液滴の形成条件
 8 ポンプ
 章末exercise
第4章 波動
 1 波の特徴
  1 空間的な周期性と時間的な周期性
  2 縦波と横波
  3 いろいろな波動現象
 2 波を表す式
  1 波に現れる基本的な量
  2 正弦波で表す波の式
 3 波のもつエネルギー
 4 波の重ね合わせ
 5 波の速度
  1 媒質の弾性率
  2 弾性率と波の速度
 6 波の反射,透過と屈折
  1 反射波と透過波の大きさと位相
  2 反射波と透過波の進行方向
  3 回折
 7 音波と超音波
  1 音の基本的な性質と属性
  2 音波の伝搬
  3 ドプラ効果
  4 音波の干渉とうなり
 章末exercise
第5章 熱と熱力学
 1 熱とは
 2 温度
  1 熱と温度の関係
  2 熱と温度の単位
 3 熱に関する基本的な物理量
  1 比熱と熱容量
  2 熱の伝導
  3 対流と熱放射
 4 身体の熱移動と体温調節
 5 温度と相の変化
  1 温度と相の変化
  2 融解と凝固
  3 気化と液化
 6 熱膨張
  1 熱膨張とは
  2 固体の熱膨張
  3 気体の熱膨張と圧力変化
 7 熱と仕事
 8 熱力学の法則
  1 熱力学の第一法則
  2 熱力学の第二法則
 9 熱機関とエントロピー
  1 カルノーサイクル
  2 エントロピーとは
 章末exercise

 付録 臨床工学技士国家試験出題基準(医用機械工学)

 章末exerciseの解答
 索引