やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば
 新専門医制度を巡る迷走が続いている.「各種学会専門医制の乱立を防ぎ,専門医の質の向上を担保するために中立的な第三者機関を設立する.基本領域の専門医制度とサブスペシャルティ領域の二段階制とする.基本領域に総合診療専門医を加え,19領域とする」といった骨格の提示は,誠に抜本的だった.「中立的な第三者機関」として2014年春に日本専門医機構が設立され,2017年からの出発を期するとしていた.公的なけちが付いたのは2016年初頭であるが,春以降に傷口はみるみる広がり,出発は1年間延期されることになった.総論賛成・各論反対の典型であるが,「地域医療への悪しき影響」が最も大きな制限要因となっている.この分では,来年度以降の旅立ちも,とても順調とは思えない.
 各種学会から独立した専門医機構の設立は,先行する米国に倣うものであったが,一つだけ,しかし決定的に大きな違いがある.それは,国家による財政的援助の有無である.米国ではメディケアからの国家的予算措置が年間数千億円とされるが,日本では皆無なのである.しきりに喧伝されるプロフェッショナルオートノミーには,財政的裏付けがない.
 2004年に始まった新医師臨床研修制度(以下,新制度と略)は,新専門医制度とは全く異なる.所轄官庁である厚生省・厚生労働省の10年間に及ぶ慎重な準備の下に,年間1,000億円をはるかに超える国庫支出を国会で承認し,法律改正(新制度履修の実績がなければ,医師免許だけでは継続反復する医療行為は行えない)も伴っているのである.だから,新制度下での研修医は,国家・国民の期待に答えなければならない.
 では,研修医はどのように努力すればよいのか.元々の「到達目標」のほぼすべてを達成することに尽きる.2年目を将来の専門性の方向に舵を切るのは,せっかく広がった臨床的間口を縮めることであり,とんでもない後退である.というのは,日本の医学生の卒業時点での平均的な基本的臨床能力は,基本的手技も含めて,欧米先進諸国や米英の教育的影響が強い一部の東南アジア諸国の水準と比べて格段に見劣りがしていたからである.その弊害が,10年を超えるこの新制度の定着のおかげでやっと改善されつつあるというのが真相である.卒直後の基本的能力のどっしりとした構築は,超高齢社会にどっぷりと突入しつつある日本の社会的要請にも合致する.高齢者は,複数・多数の病気を持つものであり,また各種の薬剤性疾患からも免れにくい.
 新制度下で修めるべき手技を網羅した本書が,6年ぶりに改訂された.コンパクトさを含め従来の長所はそのままだが,挿絵の多くが写真に変わり,より立体的となり,臨場感が増した.細かい修正や改善も散見される.最新性は,「G2015ガイドライン」の採用に象徴される.
 21世紀前半の日本の研修医は,本書のどの項目にも目を通してほしいものである.具体的には,巻末の自己評価評を埋め尽くしてほしい.
 2016年9月
 松村理司
 洛和会総長



 この本を手にしている方々は,初期研修中でしょうか,卒前の臨床実習中でしょうか,研修医を指導中でしょうか,それとも久しぶりに手技をしなければならず緊張中でしょうか,はたまた医師の手技の介助をするメディカル・スタッフの方々かもしれません.本書に載せられている手技は,厚労省が定める初期臨床研修の行動目標に掲げられた「経験すべき手技」に完全に基づいており,いわゆるベッドサイド手技です.すべての医療従事者が知るべき項目を網羅しました.本書に載せた手技は,たちまち患者さんの苦痛をとるものや,正しい診断・治療にむすびつくものが多くあり,医師として患者さんの役に立ったと,こころから実感することができるでしょう.ただ,手技のノウハウをいかに伝えるか,現場では指導医が相当に苦労しているかと思います.ぜひ多くの方に,多くの場面で,気軽に使っていただきたく思います.
 本書の特徴は,次の3つに集約されます.
 一 類書にないポケットサイズであること.大判本では不可能であるベッドサイドへの持ち込みが可能です.
 二 Point・コツ・Pitfall・Column・Memoをのせ,初学者の理解を助け,陥りやすい誤りを自覚できるようにしています.
 三 できるだけ写真をおりこみ,臨場感があるように工夫.初版ではイラストとしたところを第2版ではできるだけ写真に変更しました.
 本書の左頁には手技のながれを載せ,右ページには,(1)手技をする上で意識することが重要な点を「Point」,(2)うまく施行するために知っていて欲しいものを「コツ」,(3)合併症に陥りやすい点や,これまでに手技をしてきた者がハッとした経験がある項目を「Pitfall」として盛り込み,左ページと対応できるようにしました.さらに,(4)手技とは直接関係なくても,関連として知っていただきたいことを,「Column」「Memo」としてまとめました.
 手技をできるだけ早く・多く経験したい,という研修医・医学生をよくみかけます.手技上達のコツは,simulate manyです.本書を十分に読み込み,本書を片手にシミュレーター相手に取り組んでください.そして本番の手技に臨んだ後,うまくいったときも,うまくいかなかったときも,本書を再読してみてください.コツやPitfallの奥深さに驚くと思います.それは,われわれ執筆者が臨床の現場で成功と失敗を繰り返した上でえられた一言を,えらびぬき,磨き上げて,ここに記載しているからです.常に真摯に患者さんと向き合い,手技の上達に精力を傾けてきたものだけがわかる一言を,どうぞ十分にあじわってください.そしてその一言を読者のみなさんがさらに自分の言葉に変え,新たな学習者に伝達いただければ,執筆者一同望外のよろこびであります.
 2016年 残暑極まる京都にて
 編集代表 井上賀元
 心得
1 気道確保
 ・用手的気道確保
 ・エアウェイ
  Memo エアウェイのサイズの決め方
2 人工呼吸
 ・バッグバルブマスク換気
  Memo 有効な人工呼吸がてきているかの確認事項
3 気管挿管
  Memo 挿管チューブ,スタイレットの準備
     Sellick法とBURP法
     挿管後の急変の原因(DOPE)
4 胸骨圧迫
5 除細動
 ・カルディオバージョン−(非同期)除細動
 ・同期下カルディオバージョン
  Memo 小児用除細動パドル
     単相性除細動器と二相性除細動器
6 圧迫止血法
  Memo 用手圧迫法(出血局所の直接圧迫)
     支配動脈圧迫(間接圧迫)
     タニケット
     ガーゼをさばく
     鼻出血(間接圧迫&直接圧迫)
7 包帯法
  Memo 包帯の巻き方
8 注射法
 ・皮内注射
 ・皮下注射
 ・筋肉内注射
  Memo 注射部位の選択(皮内注射)
     注射部位の選択(皮下注射)
     注射部位の選択(筋肉内注射)
9 点滴法
  Memo 点滴速度の調整
  速度低下の原因検索
  主な注射薬の配合禁忌
10 末梢静脈確保
  Memo 前腕・手背の静脈走行
     禁忌の状況
     貫通した場合は
     穿刺に失敗したときは
11 中心静脈カテーテル挿入
 ・穿刺部位別のアプローチ方法
 ・肘部皮静脈穿刺
 ・エコーガイド下リアルタイム穿刺
  Memo カテーテルキットの選択
12 採血法
 ・静脈採血
 ・動脈採血
  Memo 偶発症とその対応
     動脈穿刺の穿刺部位の選択基準
     シリンジ内の気泡の影響
     modified Allen test(アレンテスト)
13 腰椎穿刺
  Memo 穿刺部位の選択と体位
     髄液が赤い場合
     キサントクロミー
14 骨髄穿刺
  Memo 穿刺部位の選択
     骨髄穿刺針
15 胸腔穿刺
 ・ドレナージの場合
  Memo Light基準(滲出性胸水と漏出性胸水の鑑別)
16 腹腔穿刺
  Memo 穿刺部位の選択
17 導尿法・尿道カテーテル留置
18 ドレーン・チューブの管理
  Memo 吸引器の種類
19 胃管の挿入と管理
20 局所麻酔法
 ・局所浸潤麻酔
 ・伝達麻酔(神経ブロック)
21 創部消毒・ガーゼ交換
 ・消毒全般
 ・ガーゼ交換
22 簡単な切開排膿
  Memo 危険な皮膚軟部組織感染症
23 皮膚縫合
 ・結節縫合
 ・垂直マットレス縫合
 ・器械結び
24 軽度外傷の処置
 ・擦過傷・切傷・挫創
 ・打撲・捻挫・(転移のない骨折)
  Memo コンサルトすべき損傷
     感染予防
     創傷被覆材の使用例
     専門医にコンサルトすべき骨折
     RICE
     足関節骨折評価のX線撮影の適応
     膝関節骨折の評価(Ottawa Knee Rule)
     頸椎の評価(Canada C-spine Rule)
25 脱臼の徒手整復
 ・肘内障
 ・肩関節
 ・顎関節
26 軽度熱傷の治療処置
27 感染制御
 ・スタンダードプリコーション(標準予防策)
 ・手洗い
 ・血液曝露事故防止
 ・破傷風対策
 ・予防接種
  Memo バイオハザードマークの表示
     手指衛生5つのタイミング
     破傷風の診断治療チャート
付 ACLSアルゴリズム
 ・心肺停止アルゴリズム
 ・頻脈アルゴリズム
 ・徐脈アルゴリズム
  Memo 薬剤投与路の優先順位
     原因検索の4つの「か」
     原因検索鑑別診断“6H5T”

 糸結び(結紮)
 自己評価表
 索引

 COLUMN
  ・気道確保は最重要
  ・回復体位
  ・バッグバルブマスクとジャクソンリース
  ・挿管困難の予測
  ・Mallampati分類とCormack分類
  ・迅速気管挿管(RSI)
  ・ビデオ喉頭鏡
  ・乳児の蘇生
  ・処置時の鎮静および鎮痛(PSA)
  ・筋肉内注射で「揉む」ことについて
  ・causalgia(カウサルギー)
  ・局所麻酔について
  ・真空管採血の注意点
  ・エア針
  ・胸水のドレナージの適応
  ・CART療法(腹水濾過濃縮再静注法)
  ・カテーテルの抜去が困難となった時の対応
  ・スキンステープラーについて
  ・挫傷と挫創について
  ・切断四肢(指趾)の保存
  ・湿布について
  ・コンパートメント症候群