やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 今日の生殖医療は大きな転換期に立っている.すなわち,1978年にイギリスで成功した体外受精は,今日の産婦人科診療のなかの不妊治療に大きな変化をもたらし,ARTは文字どおり,産婦人科医療の救世主として,現代の臨床体制のなかで約35年にわたり不妊治療法に大きな足跡を残した.そして,わが国の産婦人科医療に大きなインパクトを与えてきた.
 しかし,体外受精という方法もいささかのかげりがみえはじめ,今や一般不妊治療へのシフトが大きな話題となってきている.その原因はいくつか挙げられるが,亡き恩師,安藤画一先生が「不妊症の時代は終わり不妊性の解明こそ次代の研究テーマである」ことを述べているが,それはクリニック万能の時代から大学医学部への研究体制のシフトを予言するものとして重大な発言であった.
 編者は,母校の宿題報告を担当した坂倉啓夫教授の大学院生として,不妊性こそ次代の不妊治療の解明にとって重要な意味をもっていると確信してきた.
 本書が,「新版 今日の不妊診療」として登場する今ほど,安藤先生の名言を自覚する時代はないと思われる.
 一般不妊治療法への解明のために努力する時代の到来とともに本書が世に出ることを大きな喜びとするものである.
 2013年11月
 編者 鈴木秋悦

第1版の序
 今日,不妊診療は産婦人科臨床の中核となっています.その契機は,もちろん1978年のイギリスにおける体外受精児の誕生にあることに異論はありませんが,そもそも不妊症研究は大学産婦人科教室の最重要テーマのひとつとして,昔から多くの先輩方によって内分泌学的研究を中心にその病態が追求されてきました.
 しかし,その病態の解明は必ずしも十分とはいえず,生理学的方法論の限界が指摘されてきました.すなわち,in vivoにおける生命発生の機序を解明することは容易ではなく,そこに体外受精の研究というin vitroでの可視的研究法が一躍不妊症の研究を生物学的方向に押し上げる結果となり,それがまた,多くのARTクリニックの拡大へとつながって,産婦人科臨床の現状を大きく変革する結果となりました.
 現在,わが国のART実施機関として日本産科婦人科学会に登録している数は600を超え,ARTベビーの誕生は全出生児数の1%強となり,2002年には1万2,000人がARTによって生まれています.1982年の東北大学における第1号誕生に始まり,今日,わが国のARTベビーは総数5万人を優に超し,ART万能の時代を迎えて,今や不治の不妊症はないとまでいわれています.
 しかし,ICSIを中心とした今日のARTの隆盛にもかかわらず,生殖の本質は依然としてブラックボックスの中にあり,生命誕生の生物学はそのほとんどが未解決のまま残されています.ここに,国際的にもART万能時代への反省から生殖学研究への回帰が叫ばれてきている理由があります.
 また,不妊診療のあり方についても,ART以前の原点に戻り,日常臨床の中での対応を再考していく必要性が強調されてきています.
 この転換期にあって,編者は,新しい時代における不妊診療の方向を指し示す,文字どおり「不妊診療のバイブル」として末永く愛されるモノグラフをつくることに情熱を燃やしました.もちろん,その構成はART万能時代への反省をこめて不妊診療の伝統的な診断・治療法をできるかぎり網羅し,新しい時代の息吹を入れるために執筆者は若手の第一人者としました.古い革袋に新しい酒を入れて,今日の時代に登場した本書が今後さらに進化して諸先生の日常診療に役立つことを編者として願っております.
 なお,本書の出版に際し多大な援助をいただいた,医歯薬出版の塗木誠治,青木晶子の両氏に感謝いたします.
 平成16年 秋
 編者 鈴木秋悦
 序
 第1版の序
 おもな略語一覧
I 今日の不妊傾向
 1 今日の不妊治療の流れ─概論
  研究の歴史的変遷 不妊治療の現状
 2 疾患と不妊-女性
  不妊症と女性疾患
 3 疾患と不妊-男性
  造精機能障害 精子輸送路閉塞 精子機能障害
  勃起および射精障害
 4 月経異常と不妊
  月経異常,排卵障害を伴う不妊症患者の診察 月経異常の診断と治療
 5 不妊症と感染症
  淋菌感染症 クラミジア感染症 マイコプラズマ/ウレアプラズマ感染症
 6 不育症診療の実際
  習慣流産のリスク因子,検査,治療
 7 不妊症の臨床統計
  不妊症の定義 不妊症の頻度 不妊症の原因 生殖補助医療
  多胎の頻度 生殖補助医療と先天異常 卵子提供による出産
 8 もっと一般不妊治療を見直そう
  わが国のART治療周期数と施設数の分布
  日本,ヨーロッパ,アメリカの施設数および治療総周期数の比較
  当クリニックにおける一般不妊治療とARTの成績 公費負担
  若い人への不妊予防の働きかけと優しい不妊治療 人口減少への危惧
  ARTによる生産率と正しい情報
 9 アメリカにおける卵子提供の現況
  アメリカにおける卵子提供の傾向
  アメリカの法律・ガイドラインにおける特徴
  卵子提供における法律 ドナーへの謝礼
II 一般的不妊診療の実際
 1 ルチンテストの再考
  不妊原因 子宮卵管造影検査(HSG) 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
  anti-Mullerian hormone(AMH) フーナーテストの意義
 2 基礎体温と頸管粘液
  精子・卵子の寿命 基礎体温の測定 頸管粘液の作用
  頸管粘液不全の原因 効果的なタイミング療法 今後の展望
 3 精液所見の評価
  WHO精子ラボマニュアル5 版の改訂 精液採取方法 肉眼による検査
  顕微鏡による検査
 4 精液洗浄法のメリットとデメリット
  精液洗浄法の基本的留意事項 主な精液洗浄法
  治療法別にみた精液洗浄法
 5 ヒト精子の機能検査
  精子調製,精子保護の考え方と無菌,無ウイルス保証 精子凍結保存
  精子機能検査 精子の調製,機能評価─将来の展望
 6 効果的AIH
  患者年齢 AIHの適応 AIHを行うタイミング 精子調整法
  AIHの手技 過排卵刺激の有無 AIHからARTへのステップアップ
  AIHの副作用
 7 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
  病因,病態 診断基準 治療
 8 低反応卵巣への対応
  低反応卵巣の定義と病態 低反応卵巣への対応・治療
 9 クロミフェン療法の新知見
  Clomiphene-FSH周期採卵 フェマーラ-クロミフェン周期採卵
 10 IVMの実際と応用
  IVMの適応と応用 IVMにおける未熟卵 IVM卵の成熟培養
  当院におけるIVMの実際 当院における治療成績 考察
 11 子宮内膜症合併不妊への対応
  一般的背景 子宮内膜症と不妊の疫学 子宮内膜症による不妊症の機序
  子宮内膜症合併不妊の取り扱い 将来の妊孕性を考えた子宮内膜症の取り扱い
 12 不妊症と漢方療法
  漢方療法の有効性が高い八綱,気・血・水証
  体外受精は究極の不妊治療ではない
  エキス製剤のメーカーによる構成生薬の種差と量差
 13 ARTと凍結技術
  精子凍結(射出精子,精巣精子,精子細胞) 卵子凍結
  胚凍結(前核期胚,分割期胚,胚盤胞)
  胚盤胞の凍結・融解胚移植の実際
 14 受精障害の診断
  受精障害診断のポイント 受精障害への対応
 15 機能性不妊
  検査・治療の流れ 腹腔鏡検査・治療
 16 不妊症と腹腔鏡の応用
  不妊症における当院の腹腔鏡実施の適応
  当院が行っている卵管癒着剥離術
  当院が行っている子宮内膜症病巣除去術 当院が行っている卵管開口術
  当院が行っている腹腔鏡下多嚢胞性卵巣焼灼術(多孔術;LOD)
  当院の成績 今後の方向性
 17 不妊症と子宮鏡
  子宮鏡 拡張媒体 子宮腔内病変の子宮鏡所見
  子宮腔内病変の子宮鏡下処置または手術
 18 子宮卵管造影(HSG)による卵管機能の評価
  卵管機能評価へのHSG応用に際して─情報量の多いHSG像を得るために
  卵管機能を疑う異常所見からの治療指針
III 体外受精とエイジングへの対応
 1 IVFのための排卵誘発法の工夫
  加齢と卵巣機能 GnRHアゴニスト(ロング法,ショート法)
  GnRHアンタゴニスト 同調性卵胞発育のための前周期OC投与
  自然周期・マイルド法 その他の薬剤併用法 FSH脱感作解除
  in vitro activation(IVA)
 2 培養液の問題
  培養液の開発経緯 アミノ酸,ビタミン
  成長因子,サイトカイン,ホルモン 培養液のコンタミネーション
  抗酸化物質
 3 胚培養法
  ICSIにおける未受精卵の救済
  通常媒精法(cIVF)における未受精卵の救済(rICSI)
 4 透明帯除去後胚移植のメリットとデメリット
  メリット デメリット
 5 胚移植法の工夫
  経腹超音波ガイド下と経腟超音波ガイド下による胚移植実施状況 症例選択
  凍結融解胚移植法
  医師と介助者による経腟超音波ガイド下での胚移植の実際─当院の胚移植時の工夫
  臨床成績 胚移植時の工夫が臨床成績に及ぼす影響
 6 二段階胚移植法の応用─子宮内膜刺激胚移植法(SEET)へ
  二段階胚移植法 子宮内膜刺激胚移植法(SEET)
 7 ARTにおけるホルモン補充のあり方
  薬剤の選択 薬剤の使用法 all or noneの法則
  添付文書の法的位置づけとインフォームドコンセント
 8 ARTへのステップアップのタイミング
  ARTの適応 一般不妊治療 ARTへのステップアップ
  妻が高年齢である場合 卵巣予備能が低下している場合
 9 体外受精へのステップアップ
  初診時の症例の意識
  初診から妊娠成立の治療へのステップアップ─不妊原因別の解析
  不妊カップルへの対応
 10 卵巣老化の評価とホルモン
  卵子数の変化 卵子の発育 卵巣老化の臨床像
  調節卵巣刺激に対する反応不良例(poor ovarian response:POR)
  抗ミュラー管ホルモン(AMH) 胞状卵胞数(AFC)
  このほかの卵巣老化の評価方法 卵巣老化評価の応用
 11 女性の高齢化と不妊
  ARTと年齢 加齢による卵巣機能と卵巣予備能の変化
  卵胞刺激の開始 卵胞刺激法の選択 胚凍結と移植
  高齢不妊患者における合併症 そのほかの採卵数や卵の質を向上させる試み
IV 男性不妊症への対応
 1 男性不妊治療の課題
  男性不妊診療を取り巻く現状と課題 原因と頻度 診断
 2 乏精子症に対する薬物療法
  薬物療法の意味合い 非内分泌療法 内分泌療法
  インフォームドコンセント
 3 抗精子抗体と治療
  抗精子抗体による男性不妊症の発症機序
  男性側の抗精子抗体(精子結合抗体)の検査法
  直接イムノビーズテスト(D-IBT)の方法
  精子結合抗体が精子不動化作用を有するかを確認する方法
  直接精子不動化試験(D-SIT)の方法
  抗精子抗体による男性不妊症の治療法
 4 ART時代における男性不妊症の治療
  ART時代における男性不妊症の治療 不妊・遺伝カウンセリングの重要性
V ARTの必須技術
 1 当院におけるICSI方法
  ヒアルロニダーゼ処理 ドロップ作成 ピペットのセッティング
  精子吸引と不動化 ICSI操作
 2 当院におけるICSI方法
  試薬(培養液を含む)の準備 使用機器の準備および整備
  精子調整法 卵子の裸化処理 精子の不動化処理
  卵子の固定 卵子細胞膜の穿破 卵細胞質内への精子注入
 3 当院におけるICSI方法
  顕微授精の準備 ピペットのセッティング 精子の不動化
  卵子のホールド 精子注入
 4 当院におけるICSI方法
  ディッシュ作製 ピペットのセッティング ICSIの実施
  最重要ポイント
VI 不妊症の今後の課題
 1 不妊予防の重要性
  体重因子 喫煙習慣 性感染症(STD)
  加齢不妊(社会性不妊) セックスレス 不妊予防のアプローチ
 2 卵子提供法の現状と問題点
  卵子提供の現状 海外の現況 生殖医療の基本的考え方
  倫理問題 生殖医療と父母の関わり 親子関係の認定(民法の解釈)
  出自を知る権利と告知 卵子提供の適応 卵子提供と医学的問題
  egg sharing 胚の提供 国民の意識の変化 代理出産
  代理出産の主な事件 生殖補助医療の課題
 3 レーザー療法のメリット
  当院におけるLLLTの実際 LLLTのART治療成績に対する効果の検討
  考察
 4 核移植,細胞質移植の将来
  細胞質移植 核移植
  ミトコンドリア病の遺伝予防目的の細胞質置換
 5 オンコファティリティ(がん・生殖医療)の将来
  オンコファティリティとは オンコファティリティの実践
  オンコファティリティの将来像
 6 精子形成研究の将来
  精子形成 精子形成研究の歴史 in vitro精子形成 将来
 7 老化卵子救済のための卵細胞質置換
  目的 方法 結果

 索引