やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 栄養は,生命維持において欠かせない要素です.人間は毎日食事をし,エネルギーを摂取しています.疾病に罹患した患者さんも栄養が必要であり,入院患者さんに対する疾患や病態に見合った栄養管理は,毎日行われる必須の治療です.また,腸管は,消化と吸収に加えて人体最大の免疫臓器であり,栄養療法の原則として『If the gut works,use it!(腸が働いているなら,腸を使おう!)』とよく言われます.経腸栄養は人体の免疫を賦活化するきわめて生理的な栄養法と言えるのではないでしょうか.
 さて20年ほど前までは,入院患者さんの栄養管理と言えば静脈栄養が中心でした.特に急性期医療の栄養管理では,完全静脈栄養(TPN)が主流の時期でしたが,近年では経腸栄養法が確立し,欧米におけるEnhanced Recovery After Surgery(ERAS)プロトコールの広がりから,周術期における栄養管理が注目され,侵襲後早期の経腸栄養,術前経口補水が行われるようになってきました.さらに高齢化に伴い,在宅で経腸栄養管理を行う機会も増加しています.
 このような臨床栄養の在り方は,Nutrition Support Team(NST)の普及によるところが大きく,日本静脈経腸栄養学会(JSPEN),日本病態栄養学会,日本外科代謝栄養学会などの栄養に関する学会や研究会が多く開催されています.加えてJSPENでは,NST稼働施設を認定しNSTの普及と啓蒙を行っており,当院(社会保険横浜中央病院)も2009年1月にNST稼働認定施設を取得し,日々のNST活動を行ってきました.
 本書は,当院での2008年3月からのNST活動における院内経腸栄養マニュアルの作成を通して,勉強会や回診時にスタッフのメンバーが疑問に感じたことをまとめた経腸栄養管理のQ&A集です.医師,看護師,栄養士,薬剤師,臨床検査技師が参加するNST回診では,各職種が異なった疑問を行ったり,知らなかった知識を披露しあったりと,刺激的なことが多々あります.このような日常診療とNST回診における疑問を整理し,科学的根拠を網羅して,経腸栄養管理に関するQ&A集を各職種で書き上げました.内容については,施設により異なる部分や科学的根拠が明確でない項目もあると思いますが,一般病院での経腸栄養管理としては標準的なものと考えています.
 NSTが普及するとともに,栄養管理はNST任せのような風潮も感じることがありますが,どのような患者さんにも必要な治療が栄養管理であり,患者さんに関わるすべての職種が精通しているべきものではないでしょうか.
 本書が,栄養管理に携わる多くの方々のお手元で,また実際の臨床現場において,経腸栄養管理を行うために役立つことになれば幸いです.
 2012年9月
 社会保険横浜中央病院 化学療法科部長・NST部長・外科医長
 三松 謙司

発刊によせて
 本書を編集された三松謙司氏は,卓越した手術の手腕と幅広い学識を持つ気鋭の外科医である.三松氏は,手術の成果を左右することになら,何ごとにも情熱を持って取り組んできた.その1つが本書の主題である経腸栄養管理である.
 本書には2つの特徴がある.第1の特徴は,医師だけでなく,いろいろな職種の方々が執筆に参加していることである.三松氏は,皆と一緒に回診やカンファレンスを行って,もっとも優れた経腸栄養管理の確立を目指してきた.本書は,そんなチーム医療の現場を活字にしたものだと言ってよい.
 第2の特徴は,これを執筆した方々が,経腸栄養管理だけを専門にしているわけではないことである.三松氏はもちろん,皆それぞれが多忙な日常の業務を幅広く担っている.昨今は,何ごとにつけ,それを専門にしている職種に判断を委ねてしまう風潮がある.そうすれば,自分は責任を逃れられるからである.しかし,それでは本当のチーム医療が実を結ぶことはない.少しでも自分の業務に関連するなら,できる限り関与しようとする姿勢が必要である.本書は,そのようなチーム医療の精神も教えてくれる.
 この2つの特徴のおかげで,本書は,現場でなければ気づかない経腸栄養管理のコツをわかりやすく解説したものになっている.
 職種を問わず,経腸栄養管理の教科書ないしは参考書としておおいに役立つはずである.それとともに,チーム医療の現場とその精神に触れていただけると確信している.
 2012年9月
 日本大学医学部長・大学院医学研究科長
 脳神経外科 主任教授
 片山容一

推薦のことば
 消化器外科患者の予後やQOLは,周術期管理法の改良や新規薬剤の開発などにより飛躍的に改善してきた.そのなかでも,栄養管理は生命維持には欠かせない根幹をなすものである.患者さんが自分の口から食物を摂取できることは大きな喜びであり,そのために消化器外科医は,より良い再建法を吟味して手術を施行している.そして,経口摂取への過程として,自分の腸管で消化吸収することができる経腸栄養は生理的に理にかなっており,非常に有用かつ重要な治療法である.
 本書の編者であり著者である三松謙司先生は,卓越した外科医であるだけでなく,化学療法やNSTにも精通しておられる.先生が豊富な知識と経験のもとに行っている術前・術中・術後の状況に則した治療こそ,まさに消化器外科の本質を捉えた診療といえるであろう.外科医は生命の根源に思いを馳せることもある.三松氏もきっとそうであったに違いない.
 本書「経腸栄養 100の疑問」は,そのような消化器外科医が編集した著書ゆえに,これまでにない説得力を有している.実際の診療に則した内容であるために,これから経腸栄養管理を勉強しようと思っている入門者があらかじめ読んでおくと,現場で戸惑うことが少ないと思う.さらに,他人には聞きづらいけれど知りたい経腸栄養のポイントがわかりやすく示されており,日常的に経腸栄養管理を行っている医師もなるほどと思わされる内容である.
 経腸栄養管理では,消化器外科医はもちろんのこと,栄養科やリハビリテーション科など多くの職種がかかわるチーム医療が欠かせない.本書を編集する過程は,チーム医療としての総合力をいかに引き出すかをも示しているように思われ,編者はマネジメントの難しさも体験されたのではとそのご苦労に敬意を表する.三松氏の努力の結晶である本書は,当然のことながら医師ばかりでなく栄養管理に携わるあらゆる職種の方々にも配慮したわかりやすい内容となっているのが特徴である.
 本書は時代に則した,しかも消化器外科医ならではの観点から書かれた栄養管理の名著である.本書は優れた経腸栄養管理の手引書であるのみならず,多職種によるチーム医療を推進するためのヒントもふんだんに盛り込まれている.医師とあらゆる医療職がそれぞれの能力を発揮し,よりよい経腸栄養管理を行う参考にしていただければと祈念している.
 2012年9月
 日本大学医学部消化器外科 教授
 高山忠利

推薦のことば
効果的なNST活動に向けた実践書として推薦します
 本書は,社会保険横浜中央病院における4年余にわたるNST活動の経験から得られた成果を,チームの構成員がQ&Aの形で取りまとめたものです.院内に定着した日常的なNST活動の中から,経腸栄養の基本的考え方,各種栄養法の実施手順と適応範囲,栄養剤の種類と使用方法,合併症とその対処法,各種疾患や病態への効果と留意点など,臨床現場でNSTに取り組む上で問題となる100項目について解説し,有効な経腸栄養の実施に向けた指針を示しています.
 チーム医療は,今後の医療における基本的な潮流の1つとなっています.なかでもNST活動は最も成果の上がる領域の1つとして,多くの病院が取り組んでいます.本書が,これらNST活動に取り組まれようとしている病院のみならず,広く栄養管理に携わる方々にとって,大いに役立つものと確信いたします.
 また,高齢の患者・療養者が急増することが見込まれるこれからの時代にあって,医療関係者のすべてが栄養管理の意義と必要性を知ることが求められており,その格好の手引書として,本書を強く推薦したいと思います.
 2012年9月
 社会保険横浜中央病院 病院長
 大道 久
 はじめに
 発刊によせて
 推薦のことば
 推薦のことば
 監修者・編集者・執筆者一覧
1 経腸栄養はなぜ有用なのですか?
2 経腸栄養はどこから投与しますか?
3 経腸栄養の適応は?
4 経腸栄養の禁忌は?
5 経腸栄養の歴史について教えてください.いつから経腸栄養は始まったのですか?
6 経鼻胃管による経腸栄養の適応は?
7 経鼻胃管チューブ挿入時の注意点は?
8 経鼻経管栄養で使用するチューブの選択は?
9 経鼻胃管チューブの固定法はどうすればよいですか?
10 経鼻胃管栄養時の合併症で注意することは何ですか?
11 nasogastric tube syndromeとは何ですか?
12 経腸栄養チューブ閉塞の対処法はどうすればよいですか?
13 外科的胃瘻の適応と造設方法は?
14 PEGによる経腸栄養の適応と禁忌は?
15 PEGの種類にはどのようなものがありますか?
16 PEGの造設にはどのような方法がありますか?
17 PEGカテーテルの交換は,いつ・どのようにして行いますか?
18 胃切除後の患者にPEG造設は可能ですか?
19 脱胃瘻(胃瘻からの解放)のタイミングは?
20 PEG造設時の看護ケアについて教えてもらえませんか?
21 PEG周囲のスキンケアはどのようにしますか?
22 PEG瘻孔部感染に対する予防とケアはどうすればよいですか?
23 PEG周囲の不良肉芽に対するケアはどうすればよいですか?
24 外科的空腸瘻の適応と造設方法は?
25 空腸瘻の入れ替えはできますか?
26 PEG-Jとはどのような栄養投与方法ですか?
27 PTEGとはどのような栄養投与方法ですか?
28 投与エネルギーと三大栄養素の投与量はどのようにして決定するのですか?
29 経腸栄養の投与時に必要な物品には何がありますか?
30 経腸栄養の投与前に確認することは何ですか?
31 経腸栄養の投与手順はどうしますか?
32 経腸栄養剤の投与量と投与速度はどのように決定すればよいですか?
33 経腸栄養投与時にポンプは必要ですか?
34 経腸栄養施行時の追加水は,いつ・どのように投与したらよいですか?
35 経腸栄養剤を水で希釈してもよいですか?
36 経腸栄養施行時に口腔ケアは必要ですか?
37 経腸栄養剤の種類にはどのようなものがありますか?
38 成分栄養剤はどのようなときに使いますか?
39 消化態栄養剤はどのようなときに使いますか?
40 半消化態栄養剤はどのようなときに使いますか?
41 immunonutritionとは何ですか?
42 免疫増強・調節経腸栄養剤にはどのようなものがありますか?
43 GFO(R)とは何ですか? どのようなときに使いますか?
44 プロバイオティクス・プレバイオティクスとは何ですか?
45 シンバイオティクスとは何ですか?
46 食物繊維はなぜ必要なのですか? すべての栄養剤に含まれていますか?
47 経腸栄養剤にはどうして薬品扱いと食品扱いがあるのですか?
48 半固形化栄養材とは何ですか?
49 市販されている半固形化栄養剤にはどのような種類がありますか?
50 半固形化栄養材短時間注入法とそのメリットは何ですか?
51 半固形化栄養材の投与方法と手順はどのようなものですか?
52 半固形化栄養材投与時の水分補給はどのようにすればよいですか?
53 半固形化栄養材の投与ルートに制限はありますか?130
54 経腸栄養投与時によく起こる合併症は何ですか?
55 経腸栄養を開始するときに注意しなければならない合併症は何ですか?
56 経腸栄養施行中に下痢が起こる原因は何ですか?
57 経腸栄養剤に関連のある下痢の対処方法は?
58 経腸栄養剤に関連のない下痢の対処方法は?
59 経腸栄養施行中に便秘が起こる原因は何ですか?
60 便秘時の対処方法は?145
61 経腸栄養で腹部膨満になるのはなぜですか?
62 腹部膨満時の対処方法は?
63 経鼻経管栄養で誤嚥しやすいのはなぜですか?
64 経口摂取困難患者の栄養投与方法は経鼻胃管とPEG,どちらを選択するのがよいですか?
65 嚥下障害患者への補助経管栄養投与にはどのような方法がありますか?
66 経鼻経管チューブ留置中の経口摂取は禁忌ですか?157
67 気管切開患者の嚥下訓練や経口摂取で注意することは何ですか?
68 経腸栄養投与中の低Na血症はどうして起こるのですか?
69 経腸栄養投与中にビタミン欠乏になりますか?
70 経腸栄養投与中に微量元素欠乏になりますか?
71 経鼻経管栄養中の薬剤投与はどのように行うのですか?
72 簡易懸濁法とはどのような方法ですか?
73 抗菌薬投与時に耐性乳酸菌製剤を使うのはなぜですか?
74 耐性乳酸菌製剤を使用したほうがよい抗菌薬は何ですか?
75 経口抗癌剤を簡易懸濁法により経管チューブから投与してもよいですか?
76 腎疾患(透析・非透析)のときに使用できる経腸栄養剤は何ですか?
77 糖尿病に対して血糖を考慮した経腸栄養剤は何ですか?
78 肝疾患のときに使用できる栄養剤は何ですか?
79 呼吸不全のときに使用できる栄養剤は何ですか?
80 脳血管障害患者に対する経腸栄養で注意することは何ですか?
81 胃食道逆流現象における経腸栄養で注意することは何ですか?
82 クローン病に経腸栄養は有用ですか?
83 潰瘍性大腸炎に経腸栄養は有用ですか?
84 狭窄を有する大腸癌に経腸栄養は有用ですか?
85 急性膵炎では経腸栄養を行ってもよいのですか?
86 術前患者の栄養管理にはどのような栄養剤を使用したらよいですか?
87 ERAS(イーラス)における経腸栄養の役割は何ですか?
88 経口補水療法(oral rehydration therapy:ORT)とは何ですか?
89 早期経腸栄養は有用ですか?
90 食道切除術の栄養管理に経腸栄養は有用ですか?
91 胃全摘術後に経腸栄養は必要ですか?
92 膵頭部十二指腸切除術後の栄養管理に経腸栄養は有用ですか?
93 縫合不全発生時にも経腸栄養は施行可能ですか?
94 短腸症候群で経腸栄養は施行可能ですか?
95 褥瘡に有用な栄養剤はありますか?
96 oral nutritional supplements(ONS)とは何ですか?
97 癌化学療法時の口内炎に対して有用な経腸栄養剤はありますか?
98 癌悪液質に有用な経腸栄養剤はありますか?
99 癌終末期の患者に対して経腸栄養は有用ですか?
100 在宅経腸栄養に移行する際の注意点は何ですか?

 おわりに
 索引