やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 65歳以上の高齢者の全人口における人口比が21%以上を「超高齢社会」とよぶ.ただしこれは必ずしも広く国際的に認知された概念ではなく,おもにわが国で重用されている.まず高齢者の定義自体,確固として定まったものはない.定義するためには,高齢者を定義し,分類する目的を改めて考える必要がある.
 ある疑問を立てて,質問を作らなければ,それに対する答えは出てこない.逆にいえば,ある疑問,質問をする行為自体のなかに,その時点ですでに,それに対する解答がある.
 「なぜ社会のなかで『高齢者』というカテゴリーを設定する必要があるのか」という疑問が立てられた時点で,少なくともその答えのなにがしかは,すでに出ている可能性が高い.
 仮に高齢者の定義を(1)時間的(年齢),(2)生物学的(臓器の機能性),(3)社会経済的(役割),に大別してみる.
 一般的な高齢者の定義は,時間的定義が前面に出ているように思うのは,日本を含めた先進国の幻想でしかないのかもしれない.たとえば電気も水道もなく,狩猟生活を主体とするアフリカのある民族にとっては,生まれた日時の記録はなく,人口統計もない.そうしてみれば,われわれ日本人が65歳以上を高齢者とよぶ現代の日本の社会背景としての,確かな戸籍制度や文明に囲まれた生活が浮かび上がってくる.
 もちろん時間的な定義と生物学的な特性として,とくに重要臓器である心・肺,血管,腎臓,骨格筋などの機能低下を指標とし,どの臓器や機能を指標として選択するかによって,多くの高齢者の分類方法が考案されているが,複雑すぎる.それまでの生活や食べ物などの影響で個人差が大きいという高齢者の特徴を考慮しても,それでもなお,この生物学的定義もやはり,時間的定義によってカバーできる可能性が高い.
 では社会経済的な定義はどうか.この定義は,高齢者の社会的活動のなかでも,日本でいえば50%が就労中(「高齢社会白書」平成23年度版)とされる高齢者が,全労働人口の8.8%(同)とされる経済的活動に着目した定義である.この社会経済的な定義が高齢者の第一義的なものになると,その数字の低さと,元気でまだ働く意欲と体力の充実した高齢者とのギャップを認識し,将来的に少しでもこのギャップを埋めるために,社会構造的な変革が生まれる可能性が潜んでいよう.
 したがって,高齢者の区分をWHOのように時間的定義として60歳にしたり,日本のように65歳にするのは,高齢者が生活する社会構造,経済構造,文明レベル,文化ごとに異なっているからだといえよう.すなわちこの社会経済的定義も,時間的定義と完全に分離することはできない.
 さらに同様のことは,こうした空間的な比較だけにとどまらない.同じ日本に限定しても,時間軸を現在と20年後の2つで比べてみると,両者の社会構造は異なっている可能性が高い.したがって20年後のわが国の高齢者の定義は異なったものになっている可能性が高い.すなわち65歳以上の労働人口率が20年後の日本では11%を超え,その影響力は無視すべきではなく,それどころかさらに大きくする努力がなされるべきであろう.
 これまで高齢者の定義を3つに分類してきたが,それら3つは決して互いに独立していない.その代表格としての時間的定義は,他の2つの定義を包括できる.高齢者の定義の意義と課題を俯瞰した.
 では65歳から5歳ごとの区分と10歳ごとでの区分と,いったいどちらが有効なのか.科学的な検証が必要な課題ではあるものの,直感的には同じ時代感覚を共有する年齢区分として5歳では小さく,10歳が概ね妥当と感じている.
 したがって,今後高齢者の定義区分が65歳とされることが本当に妥当なのかを再検討する必要があるかもしれない.しかし,もしそれが妥当とされたならば,あとの年齢区分の幅は10歳ごとが適当なのかもしれない.すなわち65〜74歳,75〜84歳,85歳以上の3階層である.
 さて2010年の時点では65歳以上が22.7%であり,75歳以上の全高齢者人口比は10.7%,同85歳以上が2.9%である(図1,2).この10歳ごとの年齢区分で,その人口比が大きく変動していることは,この10歳ごとの3階層の区分の妥当性を証明する根拠となるかもしれない.
 一方,高齢者の16%が要介護の被保険者であり(2007年,2746.4万人中437.8万人,平成23年度高齢社会白書),この割合の今後の推移が注目される.この「要介護高齢者数の減少」こそが,高齢者にとっても社会全体にとっても善と思われる.
 この命題が正しいと仮定すると,そのためにはどうすればよいか.その答えのひとつが本書のMNA-SFに隠れていることを確信する.
 すなわちMNA-SFは,高齢者の近未来の有害事象発生の確率をかなり正しく予測できる.しかもその予測ツールがわずかに6項目で構成されているから,驚きである.その科学的正しさはかなり厳密に検証されており,その精度は,おそらく今後も大きく変動することはないと思われる.
 このMNA-SFを正しく理解し,適切に使うことが,超高齢社会のわが国に生きる私たちができるいくつかの選択肢のなかのひとつであろう.
 MNA-SFの包括的解説書である本書は,総論,各論(6項目の詳細な解説),使用マニュアル,の3部構成となっている.
 その使い方は,読者の方々の使用目的や使用環境ごとに自由であろうが,必要度の高い章から読んでいっても矛盾なく,それぞれに利用価値は高いと思われる.
 本書が世界で唯一の超高齢社会であるわが国で出版されることの意義は大きいに違いない.
 「子ども叱るな我が来た道だもの,年寄り嗤うな我が行く道だもの…」
 どうかどうか,明日の自分とあなたの大切な人のため,さらにいまを懸命に生きる大切な高齢者のために,そして未来を紡ぐ子どもたちが高齢者になる60年後のために,このMNA-SFガイドブックを楽しく使って,日本の社会,世界の社会を明るくされるに違いないことを,編者一同,固く信じて疑わない.

 2011年7月吉日
 雨海照祥
 まえがき
1 高齢者と栄養
 超高齢社会とは(雨海照祥)
 わが国の高齢者福祉の動向(大竹輝臣)
 加齢にともなう身体的,機能的,栄養学的変化とその原因(宮澤 靖)
 栄養―負のスパイラルと正のスパイラル(雨海照祥)
 高齢者における栄養アセスメントの意義(葛谷雅文)
  コラム サルコペニア(葛谷雅文)
2 高齢者の栄養スクリーニングツール
 SGA,MUST,MNA®の特徴(櫻井洋一)
3 MNA®とアウトカム―在宅高齢者の入院後のアウトカムに影響する因子群(雨海照祥)
4 MNA®の経済効果
 急性期病院の場合(宮澤 靖)
 高齢者の誤嚥性肺炎とMNA®(吉田貞夫)
5 MNA®の開発経緯(雨海照祥)
6 MNA®-SFの特徴(雨海照祥)
7 MNA®-SF 6項目の内容と意義
 A.食事量の減少(宮澤 靖)
  MNA®TIPS チューブ栄養のときのスコアは?(雨海照祥)
 B.体重の減少(宮澤 靖)
 C.運動能力(寝たきり,車椅子,自由に外出の可否)(吉田貞夫)
 D.精神的ストレス・急性疾患(雨海照祥)
 E.認知症・うつ(吉田貞夫)
  MNA®TIPS 認知症の重症度はどう判断すればよいのか(葛谷雅文)
  MNA®TIPS うつ状態かどうかの判断に迷ったら(吉田貞夫)
  コラム 認知症の進行度と評価の重要性―FAST(Functional Assessment Staging)(濱中恵子)
 F.BMI・CC(雨海照祥)
  コラム CCメジャーのデザイン(下村義弘)
  コラム CCの感受性(尾園千佳)
8 MNA®スコア別栄養ケア(吉田貞夫)
9 施設別MNA®の活用
 病院
  急性期病院(宮澤 靖)
  慢性期病院(美濃良夫)
 高齢者施設(介護施設)(葛谷雅文)
 在宅(葛谷雅文)
10 職種別MNA®の活用
 1.医師の立場から(藤井 真)
 2.看護師の立場から(田中朋子)
 3.栄養士の立場から―コミュニティにおけるMNA®の活用(真井睦子)

 MNA®-SF 記載マニュアル
 Appendix-1 MNA® Original Version
 Appendix-2 MNA® Updated Version
 MNA®-SF スターターキット説明書