やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 食べる,動く,休みくつろぐ,交わるなど,日常の習慣や行動にアプローチしようとするとき,もっとも頼りになるのが行動療法だと思う.
 ふた昔ほど前に九州大学で山上敏子先生と行動療法に出会って以来,行動療法の考え方,もののみかたは,対人保健サービスという仕事上だけではなく,私の実生活上の指針となった.心の問題から習癖,教育などの広範な問題に具体的な指針と方法をもつ威力にはじめは驚き,次に,どこででも誰にでも役立つこの方法がなぜ広まらないのかと不思議に感じたものであった.
 ここにきて,行動療法は習慣変容の鍵を握るものとして,急速に保健医療専門家から注目され期待されるようになった.生活習慣の改善が健康増進と疾病コントロールに重要であることは常識となり,世界保健機関や米国衛生研究所の報告も,肥満や高血圧における食事や運動,喫煙などの行動変容法を,lifestyle modification(ライフスタイル変容法),lifestyle therapy,lifestyle measures(ライフスタイル療法)として薬物療法と同等に扱っている.しかし,日本では,この方法への関心の高さと有用性の割には,正しい実践は遅れている.その理由のひとつに,「行動理論をどう実行するか」という具体的なモデルが乏しいことがあげられよう.さらに行動療法は常識的であるにもかかわらず,理論から入ろうとすると難解にみえることも一因と思う.
 行動療法は実学であり,その魅力は現場の実践にこそあることを思うと,それは非常に残念である.
 そこで,理論と実践をつなぐ手引き書,実践のモデルのような本が欲しいということになり,本書では医師,看護師,栄養士,ソーシャルワーカー,運動トレーナーなど多くの職種の方に実践例を紹介していただくことにした.行動療法が職種やフィールドの差を越えて役立つものであることを理解し,ふだんの仕事にどのように用いることができるかを具体的にイメージしていただきたい,との思いからである.筆者はどなたも現場における実践者である.おかげでいきいきとした実践書にすることができた.
 さらに,行動療法という用語がもつ固いイメージを拭い,誰にでも有用であるという意味をこめて,新しく「ライフスタイル療法」という用語を提唱することとした.これはとくに「日常の主要な生活習慣の変容をめざした行動療法」という意味で用いている.この新しい言葉によって,より多くの読者に関心をもっていただきたいと願う.
 また,わかりやすくするために,理論は実践に必要な最小限にとどめ,実例を介して示すように努めた.「健康日本21」の目標値や,学会の新ガイドラインなど最新の情報も盛り込んである.前著『栄養指導のための行動療法入門』とあわせて読んでいただければ幸いである.
 2001年4月
 足達淑子


改訂にあたり

 「ライフスタイル療法」という新しい名前を提案した本書が,生活習慣変容の実践書として多くの読者に受け入れられていることは,編者として嬉しい限りである.
 今回の主な改訂は「高脂血症」であり,日本動脈硬化学会の新しいガイドラインにそって内容を修正し,また米国のNCEPについても新報告を紹介した.
 また,糖尿病でも最新の情報を参照し,糖尿病の食品交換表の変更を日本版栄養ピラミッドや食事のチェックリストに反映させた.
 2003年9月
 足達淑子
ライフスタイル療法―生活習慣改善のための行動療法―

目次
 
1章 ライフスタイル療法を始める前に
 
 1-1セルフケアを促す治療・指導のために
  ●ライフスタイルが健康のキーワード
  ●行動変容アプローチの基本姿勢
  ●自分のライフスタイルを変えてみることが,もっとも近道
  ●クライアントの中で生じる連鎖
 
 1-2ライフスタイルを変える行動療法
  ●行動療法は科学的な心理療法である
  ●行動療法はどこででも誰にでも役にたつ
  ●現実的・具体的な問題解決法なので実行しやすくわかりやすい
  ●治療の構造が明確なのでマニュアル化しやすい
  ●実践することで理解が進むまずできるところから取りかかる
  ●理論の学習は基礎的なものを
 
 1-3クライアントとの間に良い関係を築く
  ●治療者はクライアントにとって重要な刺激(社会的強化子)である
  ●初対面の第一印象が勝負になる
  ●自分の体調や気分を良い状態に整える
  ●思い込みを捨てて,クライアントのありのままを受け止める(理解)
  ●常に正直に,誠実に行動をする―ささいなことが大切,クライアントも試している―
  ●治療(指導)者―患者の関係を保つ(適度な距離をもち続ける)
 
 1-4習慣変容アプローチの4つのステップ
  ●問題行動を具体的に記述する
  ●行動と状況や環境(刺激)との関係を分析する(行動のアセスメント)
  ●行動技法を選んでクライアントに実行させる(技法の選択と適用)
  ●結果を確認しながら続ける
 
 1-5行動を変えるための方法
  ●行動はその結果に大きく影響される原則にもとづく(オペラント強化)
  ●行動しやすいように環境を整える(刺激統制法)
  ●手本を示して練習をさせる(モデリング)
  ●新しい行動を少しずつ形づくる(行動形成)
 
 1-6よく用いられる行動技法
  ●目標設定
  ●セルフモニタリング
  ●反応妨害法/習慣拮抗法
  ●社会技術訓練
  ●認知再構成法
  ●再発防止訓練
  ●社会的サポート
  ●ストレス対処法
 
2章 セルフケアを促すカウンセリング
 
 2-1 初回面接で行うこと
  ●面接までに準備すること
  ●クライアントのニーズをつかむ質問の手順
  ●実行を促すテクニック(目標の決め方と動機づけ)
  ●記録の残し方
  ●初回面接のチェックポイント
 
 2-2 2回目以降の面接で行うこと
  ●クライアントの素朴な感想を優先する
  ●課題(宿題)を実行したかどうかをチェック
  ●わずかな進歩を具体的に取り上げる
  ●しなかったときは「できなかった」とみなす
  ●回を重ねてはじめてわかることもある
 実践例 減量のための面接
  Case 外食,飲酒の機会が多く,総コレステロール値が高い女性
 
3章 ライフスタイルへのアプローチ
 
 3-1 食行動の改善
  ●食べることは「生きること」
  ●食事の制限はストレスになる
  ●食事への関心は高く改善意欲もある
  ●食の評価は食べ方と食べる内容で行う
  ●必要分をきちんと食べることが基本
  ●上手な食品選択が指導に不可欠
  ●食べ方を改善しやすくする具体的な方法
  ●食事の変化は焦らず段階的に
 
 3-2 休養とストレス対処
  ●休養とストレス対処は「こころの健康」のエッセンス
  ●休養は睡眠と生活リズム,そして上手なリラックスで
  ●こころと身体の関係は密接
  ●ストレスは20歳代女性,30歳代男性が感じやすい
  ●行動療法はストレス対処法でもある
  ●ストレス対処は,教育と訓練(練習)で上達させられる
  ●職場・家庭環境と生活習慣がストレスに大きく影響する
 
 3-3 飲酒のコントロール
  ●飲酒の適量は日本酒一合
  ●未成年者の飲酒予防には親への啓発が重要
  ●妊娠中の飲酒はとくに警告が必要
  ●飲酒による心理的な利点を多くあげる人は依存になりやすい?
  ●簡単なスクリーニングと短期の介入で教育効果があがる
  ●節酒をしたい人にはセルフコントロールの方法を
  ●飲酒のコントロールもタバコや食事と同じ
 
 3-4 禁煙支援
  ●行動療法にもとづいた禁煙法が主流
  ●禁煙すると健康が戻る
  ●喫煙習慣の本質はニコチン依存症
  ●喫煙の行動論
  ●喫煙行動の評価方法
  ●禁煙のためのおもな行動技法
  ●ニコチン代替療法は離脱症状対策
  ●再開しやすい状況を予測して続けさせるための工夫を
 
 3-5 身体活動の促進
  ●運動を続けさせるには行動療法が効果的
  ●運動は体にも心にも良い影響がある
  ●身体活動量の評価法には一長一短がある
  ●身体活動を促進するための具体的な方法
  ●ひとりひとりにマッチした指導を
  ●長期の維持をめざしたサポートと課題
 実践例1 企業における選択メニュー方式の
  生活習慣改善プログラム―セルフコントロール(評価/目標設定/モニタリング)による通信指導
  Case 1 休肝日を増やして5万円貯金した例(飲酒コース)
  Case 2 リラックスタイムを増やして肩こりがとれた例(休養コース)
 実践例2 禁煙専門外来における禁煙後の体重コントロール
  Case 1 禁煙後,運動量を増やして,体重コントロールに成功した例
  Case 2 「楽しみながら改善」をモットーに体重コントロールに成功した例
 実践例3 会員制クラブにおける中高齢者のシェイプアッププログラム
  Case 1 脳梗塞のリハビリを目的とした例
  Case 2 医師から減量を勧められてはじめて運動に挑戦
  Case 3 膝痛のため医師から脚力強化の運動を勧められた高齢の女性の例
 
4章 病態別のアプローチ
 
 4-1 体重コントロール
  ●体重コントロールは健康増進と生活習慣病の予防の原型
  ●男性では肥満,女性ではやせが問題
  ●医学的評価は,BMIと健康障害,ウエストサイズで行う
  ●減量も維持も難しい,予防に力を
  ●減量への準備性を考え動機を高める
  ●食事と運動に行動療法を組み合わせる
  ●減量はゆっくりと,体重の10%を6カ月かけて(月に2 kg程度を)
  ●やせる必要のない人では過った減量の害を強調する
  ●最初の行動療法は過食の治療であった
  ●現在の行動療法はより総合的に,包括的に
  ●肥満の行動技法は生活習慣病に共通
  ●セルフマニュアルや簡便な通信指導でも効果がある
 
 4-2 高脂血症
  ●新しいガイドラインはライフスタイル改善を強調
  ●米国では教育プログラムが効果をあげた
  ●日本人にもNCEPは簡単に応用できる
  ●高脂血症の指導(治療)の要点と特徴
  ●NCEPの治療指針
  ●高脂血症の食事療法の実際
  ●個人の評価と面接による目標設定ができれば理想的
  ●行動変容は過激にならずに段階的に
 
 4-3 糖尿病
  ●糖尿病対策が急務となった
  ●糖尿病アプローチは生活習慣病の集大成,個別対応が重要
  ●いつでも予防が可能,普通の生活ができると希望をもたせる
  ●まず定期的な医療機関受診を促す
  ●目標は血糖値コントロールと合併症予防(知識は最小限簡潔に)
  ●食事だけでなく生活全体の自己管理を一歩ずつ
  ●境界型は習慣改善を行いながらのフォロー体制を
  ●糖尿病の行動療法は肥満が原型
 
 4-4 食行動異常
  ●増え続ける食行動異常
  ●症状も重症度も個人差が大きい―治療は条件にあわせて慎重に選ぶ
  神経性過食症(BN)
  ●病気の特徴と治療
  ●体重の変動が大きいときは注意する
  ●BNの認知行動療法(CBT)
  ●段階的治療とセルフヘルプアプローチ
  神経性無食欲症(AN)
  ●病気の特徴と治療
  ●ANの認知行動療法
  ●治療の目的は体重の回復と食行動の改善,身体イメージの是正
  ●患者との信頼関係が治療の成功の鍵
  ●入院では治療の導入を念入りに,途中は臨機応変に柔軟に
  ●入院治療では看護師のケアが重要
  ●食べることと体重増加にはオペラント治療が有効
  ●体型・体重への態度の修正には認知の再構成を
 
 4-5 うつ病
  ●うつ病は,知識の普及啓発がもっとも効果的な精神疾患
  ●軽いうつ病を見逃さないように
  ●よくある誤解と偏見を理解しておく
  ●認知行動療法は,再発予防に効果がある
  ●行動と感情と認知は相互関係にある
  ●病気以外にも応用できるしセルフマニュアルもある
 実践例1 「行動療法による減量指導」実践セミナー参加者の体験事例
  Case 初めて高血圧といわれて減量を希望したケース
 実践例2 病院のソーシャルワークに行動療法を用いた事例
  Case 1 片麻痺と失語症で看護スタッフを困らせていた男性
  Case 2 子どもを叩いてしまうと悩んでいたうつ状態の女性
 実践例3 入院病棟における神経性無食欲症の看護の実際
  Case ひどいやせでクリニックから紹介され入院した若い女性
 実践例4 糖尿病の面接
  Case 教育入院の経験があり過度に心配していた例

用語解説
索引
●執筆分担
 1章,2章,3章1 〜3,4章1〜5,実践例4……足達淑子
 3章4,実践例2……中村正和
 3章5……山口幸生
 3章実践例1……国柄后子・足達淑子
 3章実践例3……安田 剛・宮川博司
 4章実践例1……赤松利恵・足達淑子
 4章実践例2……大垣京子
 4章実践例3……米田光恵