やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯科臨床において,客観的な記録(情報)と呼べるものがあるのだろうか?プロービング値や動揺度は術者によってばらつきが生じやすい.血液検査は,客観性は高いものの,歯科領域ではめったに行わない.細菌検査はまだルーティンとはいえない.つきつめると,日常臨床のなかで簡単に手にすることのできる最も客観的な情報は「X線写真」ということになる.結果として,検査値を読むこと以上に「X線写真を読む」ことが大切になってくる.
 X線写真は,日常で頻繁に使用しているため,その重要度を認識しにくいかもしれない.しかし,もしX線写真がなかったら歯科医療がどうなってしまうのかを考えてみてほしい.カリエス処置も根管治療も歯周治療も手探りの状態となり,器用さが必要不可欠な職人技となる.診断も不確実となり,無理に治療したり,進行を見逃して手遅れとなる.そして,診断から治療効果判定までの多くの部分をX線写真に頼っていたことに気づくであろう.
 的確な撮影方法,正しい現像処理によって得られた質の高いX線写真を有効に活用することが,歯科臨床のスキルアップにつながっていく.正しく処理された1枚のX線写真は,驚くべきほどの情報量をもつ.ところが,X線写真は数値ではないため,情報として読みとり,有効に活用するためには,それなりの知識と観察力が必要となる.正常像を理解し,比較できなければ診断ができない.観察力によって得られる情報量に差も生ずる.観察力をつけるためには,ある程度の経験も必要かもしれない.臨床に向き合って間もないころ,経験という壁を乗り越えられず,悔しい思いをしたことも多かった.目の前の患者さんはわれわれの経験値が上がることを待っていてはくれないのだ.そのような時,経験不足を補ってくれたものは,本や歯科雑誌からの良質の情報と疑似体験(症例報告)であった.
 そこで,経験の少ない歯科医師や歯科衛生士向けの入門書として,X線写真という切り口から,臨床に即した情報や疑似体験を提供するために本書が編集されることとなった.それに先立ち,『デンタルハイジーン』誌に2001〜2003年にリレー連載し,経験豊富な執筆陣からは,さりげなく経過の長い症例と成書に載っていないような臨床的なX線写真を,若手の執筆者からは,それぞれの得意分野の解説と症例を提示していただいた.
 今回,書籍化にあたり,撮影や現像の方法,正常像などの基本情報も網羅し,これから増えるであろうデジタルX線写真やCT,3DX(CT)などについての情報も盛り込んだ.さらに,歯科医師向けの情報も新たに加え,再構成して,臨床の場面場面に応じて適切に学べるようにしたつもりであるが,臨床的であることを望んだために,少しまとまりの悪さを感じるかもしれない.「臨床的」という表現が,生体の不確実性や個人差,個体差によるものだとすれば,その臨床的な曖昧さも含めて楽しんでいただければ幸いである.
 最後に,無理難題を快く引き受けてくださった著者,ならびに医歯薬出版の雑誌編集部の方々に,この場を借りて深く御礼申しあげる.
 2005年3月吉日
 熊谷 真一
1章 X線写真を見る目を育てよう
 (1)パノラマX線写真で口腔全体を把握しよう(鈴木 尚)
  X線の果たす役割とその特徴/パノラマX線写真上に見られる解剖学的ランドマーク/パノラマX線写真の臨床的意義とその見方/パノラマX線写真に撮影される範囲
 (2)パノラマX線写真で読めること(鈴木 尚)
  顎骨内の確認と発見(永久歯胚の存在・欠損と永久歯胚の欠如)/顎骨内の状態の確認と異常の発見(顎嚢胞の発見・埋伏歯の発見)/顎骨の形態(頑丈そうな下顎頭・左右の形態が著しく異なる下顎頭)/パノラマ像上に見られる疾病の偏り(カリエスタイプ・ペリオタイプ)/無歯顎堤のパノラマX線像(健常そうな顎堤・極度に吸収の進んだ顎堤)/年齢とパノラマX線像の全体像(青年期のパノラマ像・壮年期のパノラマ像)
 (3)パノラマX線写真撮影時の注意(熊谷真一)
  撮影時に気をつけること/位置づけの注意点/パノラマX線写真の利点と欠点/パノラマX線写真の失敗例
 (4)デンタルX線写真の役割(熊谷真一)
  歯科診療の第一基本資料/正常像を理解しよう/読像の基本
 (5)デンタルX線写真・10枚法(熊谷真一)
  的確な全顎X線像が得られるように枚法撮影時のポイント
 (6)規格性が大切なわけ(宮地建夫)
  規格性をもって撮影するための工夫/骨ができた?―撮影方向で違った像に!/濃淡/方向(1)・近遠心方向/方向(2)・仰角
 (7)治癒像の確認と変化(鈴木 尚)
  歯槽骨の変化を見る/歯根嚢胞の治療例/クレンチングのある患者さんの歯周治療の経過例
 (8)デンタルX線写真の失敗(熊谷真一)
  人間のすることに失敗はつきものだが…/失敗を最小限にするために/失敗例/コントラストチェッカーによるチェック
2章 カリエス・エンド・ペリオのさまざまなX線像
 (1)カリエスの診査・診断(岸本英之)
  カリエスのX線診断/サービカル・バーンアウト現象とマッハ効果/隣接面の初期カリエス/進行したカリエス/口蓋側の修復物下に発生した二次カリエス
 (2)カリエスにまつわるさまざまなX線像(岸本英之)
  咬合面直下に発生したカリエス/深在性のカリエス/刷掃の及びにくい好発部位に発生したカリエス/補綴物直下の二次カリエス/智歯の影響によるカリエス(1)/智歯の影響によるカリエス(2)
 (3)歯髄処置の前にカリエス処置でとどめたい(松岡 晃)
  千丈の堤も蟻の一穴より/同じ方向で撮影して経過観察・歯髄保存を最優先/水平智歯は要注意!/バイトウィングの活用
 (4)エンドの診査・診断(熊谷真一)
  患者さんへの説明が大切/エンドにおけるX線写真撮影の目的(診断と確認・経過観察)/エンド症例とX線像
 (5)エンドにまつわるさまざまな像(森本達也)
  根尖病変の透過像/根と根管の状態/根管長・根管充填の確認として
 (6)根尖病変の治癒像(森本達也)
  病変の進行と経過観察の必要性/根管充填後の治癒像/歯根端切除に至った 2●の経過
 (7)パーフォレーション部の治癒像(松岡 晃)
  再治療は難しい/パーフォレーション像の経過と対応
 (8)ペリオの診査・診断(森本達也)
  診査・診断でのX線像の評価(1)・歯槽骨/診査・診断でのX線像の評価(2)・歯牙/歯周疾患のX線像
 (9)見える? 見えない? (森本達也)
  X線に騙されないように/急性時の透過像/見えてくるまで/隣在歯の影響と注目点
 (10)骨の形態とX線像(大坪青史)
  X線像と実体との違いを知ろう/立体的な実体と平面的なX線像/頬(唇)側・舌(口蓋)側は見えにくい/骨の厚みによってはさらに苦手/他の方法と合わせて診断する
 (11)骨梁の観察(宮地建夫)
  顎骨内部や緻密骨の変化を想像してみよう/年齢と骨梁/下顎骨内部とX線像/抜歯後の変化と骨梁
 (12)骨縁下欠損の治癒像(鈴木 尚)
  FOpとメインテナンスが奏効した症例
 (13)歯周外科を行った症例(藤関雅嗣)
  若年者で重度の歯周病罹患者への対応
 (14)非観血処置の治癒像 (小西昭彦)
  非観血処置での注目ポイント/垂直性骨吸収の症例/水平性骨吸収の症例
 (15)根分岐部病変へのアプローチ(大坪青史)
  なぜ分岐部病変は難しい?/III度の病変を保存的に処置した症例/経過観察後,分割に至った症例
 (16)術後に見られた根尖と歯周の骨治癒像(宮地建夫)
  長いスパンで変化を見る・視野を広くして観察することが大切/ブリッジ下の骨の変化/歯の挺出と根尖病変の消失
3章 臨床でのさまざまなX線像
 (1)前歯の萌出異常と乳歯の晩期残存(松岡 晃)
  交換期にはいろいろなトラブルが起きる/過剰歯が2本/定期検診で異常を発見/乳歯の晩期残存/口蓋裂と過剰歯
 (2)交換期に気をつけること(三上直一郎)
  交換期にもX線写真が活躍する/歯が生えてこない/小臼歯の中央結節/過剰歯・先天欠如・癒合歯・根未完成歯の歯冠破折
 (3)交換期のトラブル対応とその後の経過(三上直一郎)
  位置異常/過剰歯/乳歯晩期残存・永久歯先天欠如/小臼歯中央結節・アペキシフィケーション/打撲歯・アペキシフィケーション/臼歯のクラウディング
 (4)外傷歯の予後(松岡 晃)
  外傷歯のケースが増えている/前歯の打撲/根未完成歯はまず根尖の閉鎖をねらう/再植後に癒着・歯根吸収/再植後6年・癒着や吸収のない症例
 (5)歯牙破折の診断(高橋仁一)
  X線写真は強い味方/破折の道程と鑑別診断/歯根破折の典型像(1)/歯根破折の典型像(2)
 (6)歯牙破折にまつわるX線像(高橋仁一)
  横破折/斜め破折/解剖学的形態/根尖性歯周組織炎との鑑別診断/歯周炎との鑑別診断/見えない破折
 (7)挺出による治癒(熊谷真一)
  挺出歯におけるX線写真の役割/生物学的幅径(Biologic Width)/外科的挺出を行った症例
 (8)自家歯牙移植の経過(国島康夫)
  ドナーとレシピエント/良好な歯根膜の付着を得たと思われる奨励/生活歯の異食で歯根の生着を見た症例/癒着が疑われる症例/歯周病患者で咬合条件の改善を試みたが経過不良の症例/義歯を嫌がる高齢者に再植を試みた症例
 (9)矯正治療とX線像(菊池武芳)
  矯正治癒でもX線は重要/セファログラム/顎関節四分割写真
 (10)矯正治療の副作用(菊池武芳)
  全顎矯正による前歯部根尖の吸収/参考:矯正治療でのパノラマ像・デジタルX線像/アップライト(1)・下顎大臼歯(近心の変化)/アップライト(2)・上顎大臼歯(遠心の変化)/エキストルージョン・骨の添加による変化
 (11)智歯の萌出位置と最後臼歯(椎貝達夫)
  智歯の状態/水平智歯の抜糸後7●に冷水痛/位置異常のない8●8の挺出/●8の水平半埋状・近心傾斜の位置の変化/矯正後の8●8の変化
 (12)顎堤の吸収像とその変化(武田孝之)
  力のかかり方を変えたために顎骨の形態も変化した症例
 (13)インプラントのX線像(椎貝達夫)
  インプラントの述語経過の良否の判断/咬合崩壊症例におけるインプラントの適用/骨の変化・良好例と不良例/上下顎の骨形成・骨質の違い
 (14)外科領域のX線像(小鹿典雄)
  特殊なX線写真も必要になる/診療室で撮れるX線像
 (15)外科領域にまつわるX線像(三上直一郎・国島康夫・藤関雅嗣)
  歯原性骨形成腺腫/エナメル上皮腫/術後性頬部嚢胞/複雑性歯牙腫か?/交換歯がない乳歯/嚢胞摘出とオトガイ部骨髄移植/境界明瞭な大きな骨透過像
 (16)特殊なX線像(三上直一郎・松岡 晃・熊谷真一)
  歯髄の狭小化/視髄石・象牙質瘤/歯髄の内部吸収/歯根の外部吸収/セメント質腫/セメント質剥離
4章 X線撮影の基本と未来像
 (1)デンタルX線写真の撮影法(熊谷真一)
  X線写真撮影の前に/歯科衛生士の役割/フィルムの位置づけ/撮影の基本
 (2)現像と保存
  自動現像と手現像/活用は整理と保存から/保存の実際
 (3)放射線防護(熊谷真一)
  X線は怖い?/自然放射線とX線撮影/患者さんの防護・術者やスタッフの防護
 (4)上顎前歯部の正常像(野村雄一)
  骨の実像と比較しながら見る/観察してみよう
 (5)上顎犬歯部の正常像(宮地健次)
  長い歯根を映し込む/観察してみよう
 (6)上顎臼歯部の正常像(高橋仁一)
  解剖学的に複雑/観察してみよう
 (7)下顎前歯部の正常像(宮地健次)
  シンプルなデンタル像だが…/観察してみよう
 (8)下顎犬歯部の正常像(青木 健)
  的確な像を得るのは案外難しい/角度を変えて撮影すると見え方が違ってくる/意外に多い根面溝/骨隆起/リセッション
 (9)下顎臼歯部の正常像(岸本英之)
  オトガイ孔・下顎管・外斜線/観察してみよう
 (10)歯根の形態に注目しよう(五條和郎)
  水平断で見てみると…/観察してみよう
 (11)デジタルX線写真(大坪青史)
  デジタルXセンチがどのようなものなのか/CCDのしくみ/デジタルX線の装置/デジタルX線の長所/デジタルX線の機能と長所/デジタル化の利点/デジタルX線の短所
 (12)デンタルCTを学ぼう・ヘリカルCT(椎貝達夫)
  インプラント手術には必須/インプラントの臨床例から/デンタルCT画像/シーネで情報量を増やす
 (13)3DX(CT)で見えること(武田孝之)
  少ない被曝線量で三次元的診断ができる~|の水平埋状により7~|の歯根吸収が疑われた症例/根側嚢胞がわかりにくかった症例/インプラントの傾斜埋入症例DXで見えること・今後の展開/歯性上顎洞炎を起こしていた症例

さくいん
参考文献
執筆者一覧