やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 「誰の論文がどうとかはいいから,もっと自分の診療室の紹介をしてくれよ」.私の講演等を聴いた方が100 人いるとすると,いまでも1人か2人くらいからこのような感想があります.おそらくこういう方は,すばらしい臨床例が次々とプレゼンテーションされるようなスタイルの講演に慣れていて,また,それが学術だと考えているのでしょう.それはそれでためになると思います.しかし,そのようなスタイルの講演でプレゼンテーションされるのは,数あるなかできわめてうまくいったケースのみということがほとんどです.これらは,言うなれば「例外的なケース」なのです.実際に,講演を聴いたものの,自分の診療室でまったく再現できないというジレンマに陥ることが多いことでしょう.「例外」のみが提示されるわけですから当然です.
 したがって,まず学ぶべきなのは「典型的」な話なのではないでしょうか.私がよく強調するエビデンスベース(文献ベース)というのは,まさにそこを学ぶためのものと考えていただいて差し支えありません.
 たとえば,一時期,プロービングをすると組織が傷害されるからやってはいけない,という説が商業誌の誌面を賑わせたことがありました.その根拠は残念ながら主観的なもので,エビデンスベースではありませんでした.実際には実験的な研究によりポケット底部を傷つけたとしても数日で治癒することが観察されていますし,多くの臨床研究でもプロービングによる非可逆的な為害作用は報告されていません.しかし,ごくまれには,プロービングをした後にたまたま急性症状が生じ,患者さんからプロービングを拒否されることもあるかもしれません.そのときに考えなければいけないことは,これが例外的なことなのか,次に同じことをした患者さんでも起こる確率が高いのかどうか,ということです.その判断のよりどころになるのが,エビデンスなのです.
 本書に書かれている内容は,ほとんどがその「エビデンスベース」です.最低限,研究によって調べられた後,専門家による査読を通過して専門誌に掲載された内容のみを扱っています.その内容で,日常臨床の多くの疑問を解決することができることを実感していただければ,それこそが「本書のねらい」です.
 2019年5月
 日本歯科大学生命歯学部歯周病学講座
 関野 愉
 はじめに
NewTopic1 歯周炎分類新国際基準〜急速破壊性(侵襲性)歯周炎はなぜ消えた?
 1.急速破壊性(侵襲性)歯周炎とは?
 2.エビデンスからの結論
 3.新分類のコンセプト
 4.歯周炎分類の新国際基準
NewTopic2 歯周炎の新たな病因論「PSD」
 1.歯周病は感染症か?
 2.Porphyromonas gingivalisは歯周炎患者からもっとも多く検出される菌ではない?
 3.Porphyromonas gingivalisがもつ重大な役割とは?
 4.PSD(複数細菌による共同作用とディスバイオシス)とは?
 5.この仮説によって何が変わるのか?
1章 歯周病の病態
 1.健康な歯周組織の構造
 2.なぜ歯周ポケットができるの?
2章 プラーク(細菌)
 1.プラークは成熟すると何が変わる?
 2.プラークが付着しやすい人と,しにくい人は何が違う?
 3.なぜできやすい歯石・取りにくい歯石があるの?
3章 歯周病のリスク
 1.歯周病はいつ発症する?
 2.そもそもリスクファクターって何?
 3.リスクファクターはどのくらいの影響がある?
 4.歯周炎との関連が疑われる全身疾患の考え方は?
 5.ペリオドンタルメディシンのエビデンス
 6.ペリオドンタルメディシンを臨床にどう活かす?
4章 BOP
 1.プロービングを考える
 2.歯周炎にプロービングすると出血する理由は?
 3.BOPに影響を与える要因は?
 4.血の性状(サラサラ,ドロドロ)によって違いはある?
 5.BOP部位の歯周炎の進行・再発の確率は?
 6.BOPは全歯面の何%になればよい?
5章 骨吸収の形態の違い
 1.プラーク・炎症・骨の関係
 2.水平性・垂直性骨吸収の違いはなぜ起こる?
 3.力の関与を考える
6章 歯の動揺
 1.健康な歯周組織をもつ歯も動揺している?
 2.動揺の原因は何?
 3.インプラントで動揺する場合は?
7章 歯周治療における咬合性外傷
 1.プラークが原因でなければすべて咬合のせい?
 2.なぜ歯周治療で治らない場合があるの?
 3.歯周治療における咬合治療の位置づけは?
 4.咬合と歯周組織の関係は?
 5.咬合調整で歯周炎は予防できないの?
8章 ブラッシング
 1.なぜブラッシング指導から始めないといけないの?
 2.ブラッシング指導は繰り返し行おう!
 3.ブラッシング指導はどのように行うべき?
 4.歯肉マッサージの効果はある?
 5.歯磨剤は勧めるべき?
 6.補助的清掃器具はどう選択する?
9章 SRP
 1.細菌由来の内毒素はセメント質の表層に限局している?
 2.セメント質の完全な除去は必ずしも必要ない?
 3.SRPはどこまで行うべき?〜臨床での勘所
10章 根分岐部病変
 1.根分岐部病変が治癒しにくい理由は?
 2.根分岐部の解剖学的形態は?
 3.根分岐部病変治療の予後は?
11章 治癒
 1.なぜ非外科的歯周治療だけでも歯周ポケットが浅くなるの?
 2.非外科的歯周治療後の治癒に差が出る要因は?
 3.骨欠損の状態によって治りやすさに違いはある?
 4.長い上皮性付着はどう変化する?
12章 メインテナンス
 1.メインテナンスでは何をするの?〜プロフェッショナルケアとセルフケアの役割
 2.メインテナンス時における歯肉縁下デブライドメント
 3.メインテナンスの間隔は?

 参考文献
 索引
 おわりに