やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦の序
 山形県酒田市開業
 熊谷 崇(くまがいたかし)
 私が大学を卒業し,歯科医として働き始めたころ(約30数年前)の一般的な歯周治療は,動揺した歯を固定し,咬合調整し,歯肉切除などの外科処置をすることでした.治療の対象となる時期には,すでに病状が高度に進んでしまっていることが多かったため,結果的には抜歯をして義歯を製作することが多かったように思います.つまり,歯周病の進行のプロセスに対しての診断や処置,治療方法がほとんど確立されておらず,メインテナンスするという考え方もほとんどない時代でした.
 この30年間,歯周病に関してはさまざまな基礎研究に基づく科学的な臨床が行われるようになり,現在では多くの歯科医や歯科衛生士が臨床における歯周治療に意欲的に取り組み,成果を上げています.
 歯周治療が日常臨床に取り入れられるようになると,歯肉縁上・縁下のプラークコントロールを受けもつ歯科衛生士の役割がクローズアップされ,歯周治療の成功のためには,歯科衛生士の知識と技術の向上が不可欠と考えられるようになりました.しかし,当初は,こうしたニーズに対応できる歯科衛生士の養成は,歯周治療に真剣に取り組み,その必要性を十分に認識した歯科医自身の手で行わなければなりませんでした.
 私自身もこうした必要性から,歯科衛生士教育を自分の診療室で始めました.しかし,当時は歯周治療に十分対応できるような歯科衛生士教育を行うことのできる人材を日本国内で探すことが難しく,つてを求めてアメリカの歯科衛生士学校の教官を講師として招くことを繰り返しました.
 アメリカの歯科衛生士教育では,卒業した時点でプロの歯科衛生士として即戦力となるようしっかりと教育する義務が課されているので,歯科衛生士として知っておくべき科学的背景に裏打ちされた理論と,それを十分に反映した技術のトレーニング方法が,教育としてきちんとシステム化されており,私の診療室の歯科衛生士も効果的なトレーニングを受けることができたように思います.
 ミズーリ大学カンサスシティ校歯学部で歯周治療学の教授を務めておられたピーター・フェディ先生と知り合い,同じ大学で歯科衛生士でありながら歯周病学講座の準教授として学生に教育をしているバーンズ先生とも知り合えたのは,ちょうどこのころです.フェディ先生には,歯周ポケット内細菌叢についての基礎やその対応についての考え方,メインテナンスの必要性や間隔について多くを学びました.使いやすいキュレットの開発にもかかわっていらっしゃるバーンズ先生は,スケーリング・ルートプレーニングの技術に卓越したものをもち,またその技術を適切に指導し,教育することにも抜群の力をもっていらっしゃいました.
 そこで私は,バーンズ先生の来日に合わせ,私の診療室の歯科衛生士の再教育をお願いしました.科学的な理論のレクチャーから始まり,模型を使った実技のトレーニング,実際の患者さんでの臨床ケースの指導,さまざまな問題についてのQ&Aなど,これまで数回にわたって指導していただきました.
 その後,私の診療室を訪れる患者さんの口腔内の良好な経過から,バーンズ先生の指導力の的確さを十分知らされたことは言うまでもありません.
 そのお二人の先生によって7回にわたって『歯界展望』に連載された「ペリオ急行へようこそ」は,歯科医にも歯科衛生士にも,歯周治療入門のための優れた内容であるとされ,大変好評でした.今回,この連載が1冊の本にまとめられて,新たに出版される運びになったことを大変うれしく思います.この本は,初心者には歯周治療の基本を適切に教えてくれるでしょうし,経験者にはこの本を読み返し,自分のやり方を見つめ直すことで,さらなるステップアップのきっかけをつかんでもらえるものと信じています.
 大変残念なことですが,フェディ先生は本年6月にお亡くなりになりました.いつお会いしても穏やかで優しい先生の笑顔が思い出されます.きっと先生は,本書の出版を天国で喜んでいらっしゃることでしょう.研究者,教育者,そして臨床家として卓抜した力で私たちを導いてくださった先生の,在りし日のご活躍を偲びつつ…….
 2004年 秋


まえがき
 Sherry Burns,R.D.H.,M.S.
 ミズーリ大学カンサスシティ校歯学部歯周病学講座臨床准教授
 1900年代のはじめ,米国の歯科医のグループが,歯科学は歯を修復するだけでなく,修復の必要性をなくすことを目ざすべきだとして,予防歯科の役割を担う分野を養成するよう提案しました.そのうちの1人,Dr.Alfred C.Fonesにより,この新しい分野は,予防における専門性を強調するため“歯科衛生学“と名付けられました.Fonesは世界的に“歯科衛生学の父”として知られ,1913年にコネティカット州ブリッジポートで初の歯科衛生学教室を開設しています.それ以降,世界各国で歯科衛生士制度が導入されるようになり,日本では1948年に歯科衛生士法が制定されました.
 この歯科衛生士の歴史のなかで,予防歯科領域,特に歯周病の理解については,大きな変化が起こりました.歯周病は細菌の活動と宿主免疫応答との相互作用の結果であるとの揺るぎない証拠が,研究により示されたのです.いまや,プラークは複雑な微生物の共同体であるバイオフィルムとして認識され,そのなかで細菌が宿主の防御反応に対し抵抗性を示すことがわかっています.また,環境的および後天的なリスクファクターが特定の歯周病原菌に対する感受性に影響を与えること,これらのリスクファクターには喫煙,さまざまな全身疾患,ストレス,遺伝的素因,加齢などがあることも明らかになっています.
 これらの研究の成果は,歯周病の予防と治療に多くの変化をもたらしました.以前は疾患からの回復に重点が置かれていましたが,いまは患者の疾患予防,健康維持,ウェルネスの達成へと重点が移りつつあります.
 予防やバイオフィルムの認識といった新たな視点から,歯科衛生士が行うスケーリング・ルートプレーニングなどの非外科的な処置は,いまも歯周治療の“主流”であり続けています.1998年10月のJournal of Dental Education Vol.62に,Dr.Roy C.Pageが以下のように記しています.「物理的な破壊と除去が,バイオフィルムに対するもっとも効果的な手段である.まさにこの理由から,スケーリング・ルートプレーニングは,歯周治療を成功に導くための不可欠かつ中心的構成要素である」.
 これらの研究報告は,歯科衛生士が患者のために貴重な貢献ができることを強調しています.歯科衛生士の仕事は急速に広がり,その活動は勢いを増しています.一般の開業歯科医院だけでなく,地域の保健機関,病院,療養施設,教育機関などの場においても,意欲をそそり,やりがい機会が歯科衛生士を待ち受けているのです.
 人々の口腔の健康を改善するために予防ケアを提供するという当初の目標は,個人個人の全身的な健康の増進を図ることへと広がってきています.今日,歯科衛生士は口腔の健康の増進を通じて全身の健康を支援するために,教育,臨床および治療面でのサービスを提供する予防的な口腔衛生の専門家として,国際的に認められています.
 世界中で,口腔の健康の恩恵と,歯周病が全身に及ぼす影響についての意識が高まりつつあり,今後,公衆衛生においては歯周病への取り組みの重要性がいっそう増していくものと思われます.患者さんも口腔内の状態に多くの注意を払い,歯周組織の健康状態が低下することの重大さを認識するようになり,その結果,歯周治療の需要が増えていくはずです.歯科衛生士は口腔の健康を提供するチームの貴重な一員として,この増大する需要を満たすために積極的に貢献することができるでしょう.
 本書の目的は,皆さんが受けた教育と訓練,学んだ技術を活かすことにより,現在の研究結果を反映し,歯科衛生士としての能力を発揮できるようにすることです.また,臨床的な能力や自信,専門家としての尊敬を獲得することによって,歯科衛生士の役割を高めることです.
 そして本書において筆者が目ざすことは,歯科衛生士の仕事を単なる“歯面清掃”から,生涯にわたり歯周組織の健康だけでなく全身の健康状態が維持されるような質の高い予防と治療を患者に提供することへ,発想の転換を促すことです.
 本書をとおして皆さんのお役に立てることを,心から願っています.
 2004年10月
DENTAL HYGIENE SELECTON シェリー・バーンズのペリオ急行へようこそ!―非外科的歯周治療ガイド― Contents
 DENTAL HYGIENE SELECTION/Welcome Aboard the "Perio Express"―A Guidebook For Non-surgical Periodontal Procedures―

●Station1
 拡大する歯科衛生士の役割/歯周病は炎症のコントロールが鍵/診療室での“共同作業”とは?/システムの文書化が成功の秘訣
●Station2
 診査の前に/臨床診査/包括的歯科診療記録
●Station3
 インスツルメントの選択/インスツルメントの把持法/刃部の角度/ストローク圧/ストロークの長さ/ストロークの方向
●Station4
 宿主の因子と局所因子/バイオフィルムとプラーク/ルートデブライドメントとルートプレーニング/インスツルメントの選択/インスツルメントの把持法/刃部の角度/ストローク圧/ストロークの長さ/ストロークの方向
●Station5
 カッティングエッジの評価/砥石の種類/砥石の手入れ/シンプルなシャープニングの方法/グレーシーキュレットの研ぎ方/カッティングエッジの評価
●Station6 Track 1
 歯科医療従事者の個人予防策/消毒,滅菌,除菌に関するガイドライン
●Station6 Track 2
 患者レベルでの感染予防/Supportive Periodontal Therapy(SPT)/患者の口腔衛生習慣の確立/ホームケアの指導/歯周病に対するチームアプローチ
●付章
 オリエンテーション/上顎右側口蓋側/上顎右側頬側/上顎左側口蓋側/上顎左側J側/下顎右側舌側/下顎右側頬側/下顎左側舌側/下顎左側頬側/上顎前歯―口蓋側と唇側/下顎前歯―舌側と唇側