やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 近年,コンピュータ技術の発展にともない歯科治療分野においてもデジタル化が展開されてきている.デジタル化の大きな特徴は,様々なソフトウエアを介して自分の使いたい道具となるコンピュータへ変換できることである.デジタル歯科治療の導入としては,ソフトウエアと工作機器を発展させる目的で10年ほど前からCADソフトでデザインしてCAMでクラウンなどを製作する過程が先行されてきた.その後,CAD/CAMで使用するマテリアルの種類とディスクの大きさが進化して様々な歯科治療に対応可能となり,またCloudやWi-Fiといった通信伝達手段が発達してきたことからデジタル歯科治療にオープンシステムが応用されるきっかけになった.
 特に,ここ数年でIntraoral Scanner(IOS) が歯科治療へ導入され,患者の口腔内の歯,軟組織,そして咬合関係などを3Dで立体構築してカラーで採得したデータを無色のSTLファイル形式で使用できるようになった.このようなソフトウエアの開発でデジタル歯科治療はさらに拍車が掛かり,進歩,発展してきている.
 デジタル化によって,Cone Beam CT(CBCT),Intraoral Scanner(IOS) など三次元で真度(trueness)かつ精度(precision)の高い情報を,その治療目的に合わせて統合させる様々なソフトウエアが開発されており,診療室だけに存在していた患者情報がコンピュータ画面を通して世界中へ立体的に瞬時に移動できる時代になりつつある.
 現代歯科治療は顔貌からの評価を行って,機能的・審美的な改善を行うことを治療計画立案の主軸として考えることは周知の通りである.頭蓋に対する上顎の位置付けや治療を行う上での下顎位の決定は,アナログ時代に様々な方法が行われてきた.しかし,補綴学的な基準の中には眼で捉えることのできないものも多く存在している.その基準を満たすために実習を通して手指と眼などでその感覚を体得するために練習を繰り返すしかなかった時代から,デジタル化により今まで感覚に頼っていた部分を可視化して精度と再現性の高い治療基準へと導くことが可能となってきている.
 また,インプラント治療においても,軟・硬組織に実際に着手しない段階からシミュレーションできると同時に不必要な処置を事前に省くことが可能となり,デジタル技術により最も侵襲の少ない安全性の高い治療を遂行することが可能となった.
 そこで本書では,Opening Graphにおいてデジタルデンティストリーの必要性について症例を交えて解説した.続くChapter1,2ではデジタルデンティストリーの基本となるIntraoral Scanner(IOS) の特徴および臨床応用について解説した.そしてChapter3 では,今後デジタルデンティストリーの中心となるであろうIntraoral Scanner(IOS) とCBCTを統合させた歯科治療について詳述した.さらに誌面だけでは伝えきれないIntraoral Scanner(IOS)の使用法やコンピュータ・シミュレーションなどについては,動画を制作したので特設サイト(P.8参照)を併せてご覧いただきたい.
 これからの歯科治療は,デジタルを基軸にして診査・診断から問題点の抽出,治療計画の立案,そして順序立てた精度の高い治療をデジタルプランニングによってガイドされながら実行するDigitally Guided Dental Therapyの時代へ進化していくことを期待する.そして本書がその端緒となれば,著者としてこれに勝る喜びはない.
 2019年7月
 植松厚夫


発刊にあたって
 日本臨床歯科学会理事長 原宿デンタルオフィス院長
 山ア長郎
 私と植松厚夫先生の出会いは,いまから22 年前,植松先生が東京SJCDのコースを受講されたのがきっかけである.その時には既に,歯周病学教室の研究生を終えてHARVARD大学歯学部に留学された後であり,学術的なバックグラウンドと高いスキルを兼ね備えていた.そこにSJCDの診査・診断能力やグローバルスタンダードといったエッセンスが加わり,歯科医師としてさらに力を磨いていった.
 その後も東京SJCD理事,副会長と重責を担い,神奈川歯科大学 臨床教授(ぺリオ・インプラント),日本臨床歯科学会 指導医,日本口腔インプラント学会 専門医・指導医としても後進の指導にあたり,さらにシンガポールの歯科医師免許を取得するなど,国内外で活躍されている.
 そんな植松先生がデジタルデンティストリーに関する書籍を発刊すると聞き,たいへん嬉しく思う.植松先生は補綴・インプラント・ペリオに精通しており,さらに海外での診療経験も豊富なことから,新たなデジタルデンティストリー像を我々に示してくれると期待したからである.
 本書を拝読して最も感銘を受けたことは,デジタル技術を「診査・診断」に活かしている,という点である.
 熟練した歯科医師ならば,シリコーン印象材で歯肉縁下まできれいに印象を採るだろう.優れた歯科技工士ならば,CAD/CAMよりも美しいセラミッククラウンを作るだろう.それでも植松先生がデジタル技術に注力されているのは「見えないものを見ようとしている」からにほかならない.
 口腔内スキャナーデータとCBCTのデータをスーパーインポーズ(重ね合わせ)することによって,歯列の状態と顎関節の状態を同時に確認する.顎骨と口腔内スキャナーデータから仮想咬合平面をシミュレーションしてプロビジョナルレストレーションを作製する.このようにアナログではできなかったデジタルならではの技術を応用し,診査・診断,治療計画の立案に活かしているのである.それはまさに,次世代のデジタルデンティストリーの姿ではないだろうか.
 本書が多くの方々の臨床に役立ち,そしてデジタルデンティストリーのさらなる発展に寄与することを祈念している.
 2019年7月
 山ア長郎
 序文
 発刊によせて(山ア長郎)
 Opening Graph Why Digital Dentistry?
Chapter 1 デジタル歯科治療(口腔内スキャナー・CBCT)
 1 口腔内スキャナー(IOS)の有用性
 2 各種口腔内スキャナーの特徴(口腔内スキャナーの比較)
 3 信頼性の高いIntraoral Scanning
 4 CBCTを用いた3D診断と治療計画(Superimpositionとの関連性)
 5 Chapter 1のまとめ
Chapter 2 口腔内スキャナーの臨床応用
 1 デジタルワークフロー(Digital Workflow)
 2 天然歯への適用
  clinical case 1.インレー
  clinical case 2.オーバーレイ
  clinical case 3.クラウン
  clinical case 4.歯肉縁下フィニッシュラインの光学印象が困難な場合
  clinical case 5.単独ベニア
  clinical case 6.複数歯のベニア
 3 インプラントへの適用
  clinical case 1.シングルインプラント(大臼歯,即時プロビジョナル)
  clinical case 2.フラップレスインプラント(下顎前歯部,即時プロビジョナル)
 4 Chapter 2のまとめ
Chapter 3 CBCTとIOSの統合を利用した咬合再構成
 1 使用するCBCTの精度
 2 CBCTとTRIOSデータの統合
 3 仮想平面を具現化し咬合再構成を行う
 4 CBCTとIOSの統合を利用して咬合再構成を行った臨床症例
  clinical case 1.関節窩と下顎頭の位置関係を確認して行うインプラント補綴
  clinical case 2.IOSとCBCTを基に咬合平面を設定した症例
  clinical case 3.IOSとCBCTを用いて咬合平面,インプラントポジション,矯正治療を計画した症例
 5 おわりに

 参考文献
 あとがき