やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 「教育年限2年間の現在の歯科技工士教育において,不足していることは何か」──.この問いに対して,臨床技工に深く関わっていないことなどによる技術力不足を挙げても大きな間違いではないだろう.確かに筆者も,歯科技工士学校を巣立っていった新卒者を受け入れた歯科技工所などから,残念ながら彼ら彼女らは「即戦力としての期待に十分に応えられていない」との声を耳にすることも少なくない.また,卒後間もない彼ら彼女らが読むことを前提にした技術解説書(特に臨床を踏まえたもの)も,決して十分とは言えない.
 そのような歯科技工士教育に関わる現状を憂いているときに,歯科技工士学校を卒業して5年程度までの読者を対象にした,歯冠修復技工についての連載執筆を依頼され,無謀にも月刊『歯科技工』誌上にて全15回にわたって執筆を重ねてしまった.本書はその連載に加筆・修正を加えたものだが,ここには先進的な技術論もなければ,革新的な理論のかけらもない.本書で展開しているのは,上述したような「歯科技工士学校で教授されるもの」と「臨床現場で歯科技工士に求められるもの」との間のギャップを少しでも埋めることを目的にした技工操作の勘所,言い換えるならば,歯科技工士学校で学んだことをベースに,即戦力の歯科技工士として活躍するためのインレー,コア,クラウン製作のちょっとしたコツとツボの総体である.
 本書のPartを構成するインレー,コア,クラウン技工は臨床技工の現場において若手の歯科技工士が担うことの多い分野であり,そこには将来さらにレベルの高い歯科技工を追求するうえでの基礎となる要素が多く詰まっており,“歯科技工の楽しさ“を得る最初の階段であるとも言える.昨今話題にされる若手歯科技工士の離職率の高さについて筆者は,この“歯科技工の楽しさ”を知らないまま斯界を離れてしまっているように感じ,残念でならない.
 閑話休題…….本書の礎となったのは,筆者の恩師である故・古沢利一先生からいただいた言葉の数々である.また,巻頭に記載した「上下顎28本の歯列彫刻トレーニング」は,本校学校長の桑田正博先生の教えをヒントに,“歯科技工士が知らなければならない・できなければならない”基礎中の基礎を覚え込む手段としてたどり着いたものである.つまり本書は,先輩諸兄や多くの同僚,はたまた縁あって出会った学生諸氏らからの教えを,筆者が機会を得てまとめたものにすぎない.
 本書のレイアウトにおいては,実際の臨床で気づいたさらなる“コツとツボ”を読者諸氏自身で書き込んでいただくべく,比較的余白を設ける構成を心掛けた.本書の一行でも,これからの歯科技工界を背負ってたつ若手歯科技工士たちにとって役立つことを願うばかりである.
 2008年4月吉日
 愛歯技工専門学校
 岡野京二

推薦の序
 歯科技工とは,口腔の失われた組織(主として歯)を人工材料で回復・改善する作業であり,単に外観の形態だけを整えることではなく,個々の患者の口腔の諸機能に適応できる形態,且つ,自然美を備えた色調再現に基づく形態でなければならない.歯科技工士は歯科医師からの情報伝達を正確に受け止め,自らの知識,経験,エビデンスに基づいてその技能を発揮しなければならない.すなわち,歯科技工物には製作者である歯科技工士のアイデンティティが盛り込まれ,口腔内に装着されてからも歯科技工士の歯科技工物に対するポリシーが活かされるといっても過言ではない.たかが1個のインレー,1本のクラウンでは決してない.
 近年,CAD/CAMシステムの開発をはじめとする歯科技工における製作技法の大きな変化を受けて,歯科技工士にはより高い精度と繊細な技術が要求されるようになり,歯科技工士教育のカリキュラムもかつてない大きな変革が迫られている.しかし,歯科技工を研鑽するにおいて,高度な技術を習得する以前に必要なことがある.それは間接作業を行う歯科技工において最も重要な『模型』の扱い方であり,ワックスの操作,鋳造や研磨術式などの基本的技術の習得である.わずか2年間の歯科技工士専門教育においてこれらの基礎は学ぶが,実際の臨床現場では多様な症例に戸惑うこともしばしばある.歯科技工士教育における『臨床実習』は臨床現場への橋渡しとして貴重な体験になると考えられ,その充実は急務である.
 このような背景がある今,歯科技工士教育に永年専念されてこられた伝統ある愛歯技工専門学校の岡野京二先生が,誠にタイムリーな“歯科技工の指南書“を発刊された.岡野先生は私が日頃から最も尊敬する桑田正博先生のもとで教鞭を執られ,これまでに優秀な人材を数多く輩出してこられた.歯科技工士教育に永年携わってこられた経験をもとに,情熱・熱意・意欲を持って執筆された本書には,歯科技工の単なる技術解説書に留まらず,各工程における歯科技工士としての心構えや“ちょっとしたワザ”が随所に散りばめられ,拝読していて楽しく,また挑戦してみたい衝動に駆られるのは私だけではないと思う.岡野先生の師匠である桑田先生がよく口にされる「なぜへの追求」が,まさに本書の随所に垣間見える.
 歯科技工士教育における本書の位置付けとしては,基本的知識を習得し,基礎実習を経験したのち,臨床的実習あるいは臨床現場に携わって間もない若い歯科技工士の指南書として活用することが最も効果的であると考える.歯科技工という仕事は「国民の健全な生活保持のために口腔機能と形態の回復,改善に積極的に寄与する」という重要なミッションを担っている.歯科技工士諸氏におかれては,長寿国・日本における歯科医療の根幹をなすのが歯科技工であるという自負と責任を持って,さらなる追求を目指していただきたい.
 本書が,これからの歯科技工界を担う若い世代の貴重な人材に役立つことを祈念する次第である.
 2008年陽春
 全国歯科技工士教育協議会 会長
 大阪歯科大学歯科技工士専門学校 校長
 末瀬一彦
 序
 推薦の序
 Opening Atlas
  上下顎28本の歯列彫刻トレーニング
   歯科技工士に必須の歯冠形態,咬合関係を眼に!指先に!意識のその先に!覚え込ませよう
 Contents
PartI フルキャストクラウン製作の勘所
 1. 模型“あしらい”
  模型のドレスアップ/バイトはどこまで信用できるか?/バイトの目視確認/咬合器の有用性/咬合器装着は上下顎別々に/模型精度について/模型を扱う指/模型を傷つけない工夫/模型は患者/分割復位式模型/擬似歯肉の製作/トリミングの実際/セメントスペーサーの効用/支台歯型への分離材塗布と適合
 2. ワックスアップ
  模型の保護と滑走経路の一定化/目標設定/植立位置の変更/溝・小窩裂溝の位置/形成器の形態と種類/溝と小窩裂溝
 3. 失敗しない!埋没・加熱テクニック
  適切な歯冠形態/リムーバブルノブの形成/ワックスの選択/鋳造前準備/加熱前リング処理/クリストバライト埋没材の性質/遠心鋳造の金属溶解と鋳造のタイミング/鋳造体の内面確認/支台歯型への適合診査/湯残り部分からの切り離し
 4. 歯科技工士の“咬合調整”
  0.02mmの技術/鋳造体における咬合紙の使い方/咬合面接触部位にワックス補足をしない理由/咬合面部着色部位のどこから削除するのか/咬合接触部位のさまざまな調整/咬合面部の接触域調整/咬合紙などから得られた補綴物の状態/咬合調整に必要なポイント類/接触度合いの変化を読み取る
 5. 納品前の研磨と仕上げ
  擬似歯肉による歯冠部形態の再確認/機能的咬合面と解剖学的咬合面の相違/天然歯のIrregular/「作業する」とは「手が届く」ということ/研磨材料/研磨の意義/最終確認
PartII コア製作の勘所
 1. 前歯部のコア
  ワックスの温度コントロール/ワックスの収縮方向/コア用作業用模型製作時の注意点/コア形態の臨床的チェック/埋没・加熱・鋳造/ポイント類の選択と使い方
 2. 臼歯部のコア
  アンダーカットとは!?/実際の製作工程/適合の診査/male postの製作
PartIII インレー製作の勘所
 インレーの製作
  製作前の観察/さまざまなインレー窩洞/実際の製作工程

 索引
 参考文献
 著者略歴