やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 「総義歯作りは卒後10年でやっと1人前」といわれた時代から,歯学部卒後3年から5年で患者さんに喜んでもらえる義歯ができるようになれば,と思っていました.現実には,国家試験に実技がなくなったため,歯科医師免許を手にしても,総義歯作りは基礎実習で習っただけという世代が増えてきました.新規開業される方には,院内に石膏真空練和機・バイブレータ・ファーネスなし,代わりにレーザー・インプラント・レセコン完備,という方もいらっしゃるようです.シリコーンで採った印象をそのまま歯科技工所に宅配便で送り,なるべく“持たざる経営”にて外部委託されている方もあるそうです.
 なかなか患者さんに満足してもらえない総義歯治療が苦手,もしくは行わない歯科医師が増えました.そこでは,場当たり的な診査・診断に基づき,口腔機能のうち咀嚼のみを主体とした総義歯を作り,モグラ叩き的な調整が繰り返されてきました.しかし,健常者の患者さんにおいては,患者さん主体の口腔機能運動を取り入れて採得する閉口機能印象によって,咀嚼と嚥下がリンクすれば,真に口腔内で安定し,生体と協調して口腔機能を営める―「痛くなく,めて話せる」義歯を製作することができます.
 また,生産現場において一定の品質を安定的に維持・供給するための“品質管理“,そしてさらに,開発過程において品質を改善・設計するための“品質工学”という考え方を取り入れると,従来儲からないとされてきた総義歯治療で儲ける戦略を立てやすくなります.品質工学については筆者もまだ勉強を始めたばかりですが,“品質”を考えることにより明解になること,改善すべきことが,歯科にはまだまだたくさんあると思います.
 品質を基準に基づいて数値に表して管理すると,なにより“お金儲け“につながります.個々の歯科医師,歯科技工士,歯科衛生士の能力も自然にわかります.ここで言う“お金儲け”とは,一攫千金の大きなお金儲けではなく,顧客を大切にする中小企業の視点に立った,小さいが堅実なお金儲けです.目に見える正しい管理に基づいた正しい品質の医療を提供し,患者さんに喜んでいただくことで,少しでも儲けることを考えてください.
 少子高齢化の波が打ち寄せ,団塊の世代はたいへんなお金を持っていると言われますが,田舎の小さな歯科医院には,そう簡単に好景気は来ないでしょう.コツコツ地道な経営を考えると,患者さんに満足してもらえる総義歯治療を,閉口機能印象を軸として今一度学び立て直すのが,正しく儲ける早道です.総義歯は人生の終末補綴物です.高齢者と世の中の動向を見ながら経営を考えましょう.
 近藤 弘

 近藤 弘は,本書の原稿の執筆が完了しかけた75歳の春に生涯を閉じました.本人は,“近藤流”という言葉を一番嫌いました.なぜなら,総義歯の製作方法とは,一人の術者の考えで成ったものではなく,多くの先人の努力の結果が集約されたものであり,その時代その時代に新しい材料ができると,古い引き出しにしまってあったネタを取り出してきて組み直しているだけだからです.教えを受けた恩師の教えを固く信じていました.総義歯治療の原点は,歯科医師による正しい印象採得・咬合採得に他ならないと考えていました.歯科医師自身による歯科技工を重視し,診療時間外は毎日院内の技工室にこもっていました.
 常に一つの所にとどまっていることを嫌い,講演の際にも同じ症例のスライドを使うことを嫌い,常に今自分が手がけている症例を提示していました.一人ひとりの患者さんを大切にし,術後経過を大切にしました.興味のアンテナを高く多方向に張り出し,そのときどきのマイブームが変化・進化しましたが,ここ数年はもっぱら,正しい総義歯治療を主体とした歯科医院および歯科技工所の品質管理と危機管理に傾倒していました(品質工学までは究められず……).本書からもそれがおわかりいただけると幸いです.
 近藤博保・布川 澄
Preface
Part1 品質向上で正しく儲ける総義歯治療──“品質管理“と“基準”に基づく戦略的デジタル義歯で図る患者満足度&歯科医院経営の向上
 Introduction.今,原点に帰る総義歯治療―今日求められる「患者主体」の総義歯治療とは?
 I.今日社会から求められている「お値打ち」なデジタル総義歯とその製作システム作り
 II.品質管理に基づく戦略的総義歯治療のシミュレーション
 III.「正しく儲かる」戦略的コースマネジメントによる歯科医院・歯科技工所の危機管理
Part2 閉口機能印象に基づいた戦略的総義歯治療・技工──一から学ぶ閉口機能印象=デジタル総義歯治療の基本の“き”
 Introduction.なぜ閉口機能印象なのか―なぜ“嚥下”をシリコーン印象材で写し採るのか
 I.使用印象材のシステム化による閉口機能印象の精度向上
 II.閉口機能印象に基づくデジタル総義歯治療・製作の実際
Part3 実践!総義歯治療の品質管理入門──「正しく儲ける」保険総義歯製作のStep by Step
 Introduction.生きた形態と機能をとらえる閉口機能印象から始まる総義歯治療
 Step1 総義歯治療の方向性を決定づける現症の情報収集と検査に基づく診断
  1.診査・診断
  2.旧義歯の精査
  3.概形印象採得の準備
  4.概形印象採得
  5.一次咬合採得
  6.形態学的検査
  7.個人トレー製作
 Step2 診査に基づく最終印象・最終咬合採得
  8.最終印象採得
  9.ゴシックアーチトレーシング
  10.最終咬合採得
  11.前歯部人工歯選択
  12.作業用模型製作
  13.フェイスボウトランスファー〜咬合器装着
  14.人工歯排列
 Step 3 ワックスデンチャーの試適
  15.ワックスデンチャー試適・咬合調整・再咬合採得
  16.重合
 Step 4 最終義歯装着
  17.新義歯完成〜装着
  18.旧義歯との比較
あとがきに代えて 総義歯とインプラント治療 ではどちらが儲かるか?──『餃子屋と高級フレンチでは,どちらが儲かるか?』で,わかったよ!総義歯品質経営!!
著作文献一覧
著者略歴一覧
付録
 (1)総義歯症例診査表
 (2)概形印象のためのチェックリスト&見取り図
 (3)総義歯症例診査経過表
Column/Go! Go! Digital!
 from;Material View/データから見る印象材使用のQuality Control
 from;Anatomical View/レトロモラーパッドの構成と機能運動(阿部伸一・井出吉信)
 from;Anatomical View/咀嚼粘膜と被覆粘膜(阿部伸一・井出吉信)
 from;Anatomical View/印象時に用いる動作と表情筋(阿部伸一・井出吉信)
 from;Anatomical View/閉口機能印象において留意しなければならない解剖学的ランドマークと周囲組織による義歯の維持
 from;General View/一般的に言われるヒトの顔と“歯“および“歯列”の基準
 from;Clinical Data/歯幅長の計測と人工歯のサイズ