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Preface 『馴れ』てしまった麻酔方法から脱却し『新しい麻酔』へ
 歯科医師が日常的に最も行う処置の一つである歯科麻酔は,先輩歯科医師から事細かに習うことも少なく,教科書を少し読んでは自然と学んでいくことが多いように思える.
 麻酔を患者に実践する経験を積めば積むほど,患者一人ひとりの体の反応が異なることを学び,それと比例するように自分の経験則で麻酔を行うことが増えてしまってはいないだろうか? いわゆる『馴れ』というものだ.
 歯科麻酔におけるエビデンスは,経験に伴い『馴れ』てしまった,ある意味『自己流』というバイアスのかかった手技や考えを見直すためには,非常に有効なツールである.エビデンスから導き出されたデータは一般的に平均値を示すため,必ずしも目の前の患者すべてには当てはまらないかもしれない.しかし,そのデータを知ることで,自分が行っている手技や自分の考え方が一般的な平均値から大きく外れていないか確認することができる.また,エビデンスを知ることで,今まで知らなかった非常に有効な麻酔方法(たとえば,効果的な麻酔持続時間の延長方法など)を知ることもできる.これまで日本ではあまり語られてこなかった歯科麻酔のエビデンスは,実は知っていないと損をする宝の山でもある.
 一方,解剖の理解も麻酔の成功には欠かせない.これまでも多くの歯科麻酔の成書に解剖図は記載されており,そのなかには実際の麻酔の理解に不可欠な解剖の知識が多く散りばめられてきた.しかし,解剖の難しいところは,イメージが湧きにくいところである.そこで,本書では多くのイラストや写真を使い3次元的なイメージをもつということに重きを置いた.また,一言に解剖といっても千差万別であり,教科書通りではないことも多くある.起こりうるバリエーションのパターンを知っているのといないのでは雲泥の差があり,麻酔の成功のための重要な鍵となる.本書を見開くと,なるほどとうなずいていただけると期待している.
 これまで培ってきた『自身の経験』に『エビデンスと解剖』を加えるだけで,きっと今までと違う『新しい麻酔』が見えてくるに違いない.
 2020年6月吉日
 岩永 譲
第1編 顎顔面解剖が導く正しい伝達麻酔法
 Chapter 1 伝達麻酔の歴史的な誤解と顎顔面の正常解剖(岩永 譲)
  伝達麻酔
  局所麻酔のための臨床解剖
 Chapter 2 伝達麻酔の理解に必要なエビデンス(嘉村康彦・田中 毅)
  歯髄麻酔奏効の確認
  患者の精神的不安と疼痛の関連性
  血管収縮薬
  注射時の痛みとその軽減法
  麻酔薬の種類
第2編 局所麻酔のテクニックとエビデンス
 Chapter 3 表面麻酔(田中 毅)
  表面麻酔薬の種類
  表面麻酔薬使用時の注意点
 Chapter 4 下顎麻酔(嘉村康彦・岩永 譲)
  下顎麻酔の臨床解剖
  下顎麻酔のエビデンス
  下顎麻酔のテクニック
 Chapter 5 上顎麻酔(田中 毅・岩永 譲)
  上顎麻酔の臨床解剖
  上顎麻酔のエビデンス
  上顎麻酔のテクニック
 Chapter 6 下顎の補助麻酔(嘉村康彦)
  補助麻酔としての浸潤麻酔
  補助麻酔としての歯根膜腔麻酔
  補助麻酔としての歯槽骨内麻酔
  補助としての消炎鎮痛薬
第3編 全身疾患・局所的要因とトラブルシューティング
 Chapter 7 トラブルシューティング―エビデンスから読み解く麻酔が奏効しない原因―(嘉村康彦)
  技術的原因
  解剖学的原因
  生物学的原因
 Chapter 8 全身疾患・局所的要因(岸本直隆)
  歯科医院における緊急時の対応
  高血圧症
  虚血性心疾患
  脳卒中
  甲状腺疾患
  糖尿病
  妊婦
 Chapter 9 局所麻酔による全身的偶発症(岸本直隆)
  血管迷走神経反射
  アナフィラキシー
  過換気症候群
  局所麻酔薬中毒
  メトヘモグロビン血症

 索引

 これだけは知っておきたい臨床のヒント!
  麻酔時の痛みの軽減法
  下顎孔伝達麻酔の成功率と失敗率
  下顎孔伝達麻酔の歯髄麻酔発現までの時間
  下顎孔伝達麻酔の歯髄・軟組織麻酔の持続時間
  上顎浸潤麻酔の成功率
  上顎浸潤麻酔の歯髄麻酔発現までの時間
  上顎浸潤麻酔の持続時間
  追加麻酔の投与タイミング(タキフィラキシーとオーギュメンテーション)
  歯根膜腔麻酔の成功率と持続時間
  麻酔が効かない!? 不可逆性歯髄炎の麻酔フローチャート