やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 筆者が所属するニューヨーク大学歯学部歯周インプラント科(以下,インプラント科)は1991年に設立され,2020年で29年目となります.インプラント学の権威,Dennis P Tarnow先生が指揮をとり,世界的に著名な先生がたとインプラント学を世界に広め,さまざまな研究を行うことでインプラント学のエビデンスを強めていきました.幸い筆者は,Tarnow先生からインプラント学を直接学ぶことができ,その後,インプラント科で歯周外科ならびにインプラント学を教える立場となりました.
 インプラント科はとても特殊な場所です.アメリカのニューヨークという土地柄もあり,インプラント科には裕福で自己主張の強い地元の患者さんから,南米からの移住者でスペイン語しか話せない患者さんまで幅広く来院され,さらに他院や海外で失敗した症例を多く受け持ちます.そこで筆者は12年以上,とても珍しい症例から難症例まで,幅広く対応してきました.この経験が本書の執筆へと繋がりました.
 歯科治療でトラブルを回避する一番の予防策は,正しい知識と術式を身につけることです.これまでの研究や論文によって確立された知識と術式に基づく治療は,成功率が高くトラブルが少ないものです.トラブル症例の多くは,術者の主観による臨床判断で治療が行われた場合に見られます.また,トラブルが起きたときの対応策は臨床の場において重要です.しかし,トラブルが起きないための予防策は前述したように正しい知識と術式が基本となるため,日々の勉強や治療の理解度を深めることが重要となります.
 トラブルはないほうがよい,トラブルを回避したい…というのは誰しもが思っていることです.しかし,現実において治療の成功確率は100%ではありません.必ずトラブルなどの失敗がついてきます.成功率を高める努力もさることながら,トラブルにどう対応するかが,臨床では特に重要であると考えます.本書では,筆者がインプラント科で実際に対応した症例をもとに,論文によるエビデンスのサポート,ならびに重要と考えられる臨床的判断を加え,インプラントトラブルの対応策と予防策を講じます.
 2020年5月
 鈴木貴規
 序
第1章 Introduction〜トラブルに立ち向かうために〜
 トラブルの対応策と予防策
 トリートメントプランニング
第2章 切開線の設定とインプラント埋入におけるトラブルシューティング
 Scene 1 歯肉溝切開:歯冠乳頭退縮とのジレンマ
 Scene 2 歯槽頂切開:血液供給を理解した切開線を
 Scene 3 パピラセービング切開:歯間乳頭保存切開
 Scene 4 垂直減張切開:血流と縫合を踏まえた設定
 Scene 5 インプラント埋入時にモーターが止まり,インプラントが埋入できない
 Scene 6 インプラントを高トルクで埋入した場合のトラブル例
 Scene 7 インプラント埋入時に初期固定が得られず,スピニングを起こした場合の臨床的判断
 Scene 8 インプラントと骨とにギャップがある場合の臨床的判断(後期埋入)
第3章 上顎洞底挙上術に関するトラブルシューティングI
 Scene 1 トリートメントプラン:歯槽骨の高さ,皮質骨の厚みの目安は?
 Scene 2 インプラントの上顎洞迷入時の対応
 Scene 3 切開線の設定:後上歯槽動脈に注意
 Scene 4 骨補填材の填入:上顎洞粘膜の穿孔に注意
 Scene 5 上顎洞粘膜穿孔への対応
  1.小〜中穿孔(10mm以下)
  2.大穿孔(10mm以上)
第4章 上顎洞底挙上術に関するトラブルシューティングII
 Scene 1 感染:抗生物質投与のみでは対応できない
 Scene 2 ウィンドウに対するアプローチでのトラブル
 Scene 3 出血:的確な対応のために
 Scene 4 質が不十分な上顎洞底挙上術のトラブル事例
 Scene 5 オステオトーム(クレスタルアプローチ)におけるトラブル
第5章 骨造成におけるトラブルシューティングI
 Scene 1 トリートメントプラン:補綴主導の立案を
 Scene 2 骨欠損形態の違い:水平的骨造成
  1.中期における対応法
  2.後期における対応法
 Scene 3 GBR(Guided Bone Regeneration)について
  1.骨補填材とメンブレンの種類
  2.切開線の設定
  3.メンブレンの固定方法
第6章 骨造成におけるトラブルシューティングII
 Scene 1 リッジスプリット:術中,術後の注意点
 Scene 2 ブロックグラフト:固定時の注意点
 Scene 3 軟組織の質と量ならびにメンブレンの露出
 Scene 4 骨欠損形態の違い―垂直的骨造成の臨床判断
 Scene 5 垂直的骨造性における歯肉弁の閉鎖
第7章 軟組織手術におけるトラブルシューティング (1)遊離歯肉移植術
 Scene 1 術前検査:患者のサプリメント服用に要注意
 Scene 2 咀嚼粘膜と出血:大口蓋動脈の位置に注意
 Scene 3 インプラント治療における角化歯肉の重要性
 Scene 4 遊離歯肉移植術
  1.症例概要,治療計画
  2.遊離歯肉移植:術式
  3.遊離歯肉移植:術後対応
  4.遊離歯肉移植のトラブルと対応法
 Scene 5 GBR前の軟組織マネジメント
第8章 軟組織手術におけるトラブルシューティング (2)結合組織移植術
 Scene 1 結合組織移植術
  1.供給側(ドナーサイト)の選択について
  2.結合組織移植の術式
  3.臨床例
 Scene 2 脱上皮化結合組織移植
  1.術式の概要
  2.臨床例
 Scene 3 臼後結節の結合組織移植
  1.術式の概要
  2.臨床例
 Scene 4 腫脹のコントロール
第9章 インプラントを含む根面被覆術におけるトラブルシューティング
 Scene 1 歯肉退縮ならびに角化歯肉不足
  1.臨床例(1)
  2.臨床例(2)
  3.臨床例(3)
 Scene 2 根面被覆術後の対応ならびに薬物投与と患者指導
 Scene 3 根面被覆術のトラブルならびに歯間乳頭のトラブル
第10章 インプラント周囲組織におけるトラブルシューティング (1)インプラント周囲炎への対応
 Scene 1 歯周炎,インプラント周囲粘膜炎,インプラント周囲炎の定義改定ならびにインプラントプロービング深さのメリット
 Scene 2 インプラント周囲粘膜炎
 Scene 3 インプラント周囲炎
  1.インプラント周囲の骨吸収にかかわる因子
  2.インプラント周囲炎のリスクファクター
  3.インプラント周囲炎の治療法
第11章 インプラント周囲組織におけるトラブルシューティング (2)周囲組織のトラブルと撤去への対応
 Scene 1 一回法と二回法におけるトラブルならびにカバースクリューの露出
  1.一回法におけるトラブル事例
  2.二回法におけるトラブル事例
 Scene 2 ヒーリングアバットメント再利用の危険性
 Scene 3 インプラント撤去
  1.CRT
  2.RST
  3.BRT
  4.コンビネーション
 Scene 4 インプラント撤去後の対応,単独歯
 Scene 5 インプラント撤去後の対応,部分欠損〜全顎
第12章 インプラント修復における機械的問題へのトラブルシューティング
 Scene 1 スクリューの緩み
  1.スクリューの緩む原因
  2.スクリュー固定式クラウンのスクリューの緩み
  3.セメント固定式クラウンのスクリューの緩み
  4.アクセスホール形成の実際
  5.上部構造の除去
 Scene 2 スクリューの破折
  1.破折の原因
  2.破折スクリュー除去の実際
 Scene 3 アバットメントの破折
  1.破折の原因
  2.破折したアバットメント除去の実際
第13章 インプラント治療の長期的安定におけるトラブルシューティング
 Scene 1 単冠インプラント修復の長期安定性
 Scene 2 骨造成の長期安定性
  1.臨床例
 Scene 3 顎顔面成長に伴う歯の移動とインプラント修復の長期安定性
  1.臨床例(1)
  2.臨床例(2)
 Scene 4 インプラント固定式義歯の長期安定性
 Scene 5 長期安定性を考慮したインプラントの理想的な本数
 Scene 6 長期安定性を考慮したインプラント支持全顎補綴

 結