やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 「いい歯医者さんをご存知でしたら,紹介いただけませんか?」
 日常的に聞こえてくるごく一般的な会話の一部です.町での会話,スーパーでの会話,あるいはコミュニティ新聞での仲間への問いかけでもあったりもします.私は以前から,この何気ない会話に特別な興味をもっていました.それは,「いい」と歯医者を特定しているからです.でも,至って漠然とした特定ではあります.背の高いイケメン歯医者でもなく,小太りで眼鏡をかけた歯医者でもなく,ただ単純に「いい」歯医者なのです.決め手は?どうやって探すの?いろいろな疑問が沸いてきます.
 もちろん,「いい」の装飾語は,発信する人の心理の現れです.よくよく考えると,歯科医師あるいは歯科医院に対するある種の恐怖感があり,その反動として(願わくば)その恐怖感を払拭してくれる「いい」歯医者さんに診てもらいたいとなるわけです.
 では,どんな恐怖感を患者はもつのでしょうか?いろいろとあるでしょう.待合室から案内され一歩入った診療室のゆったり,ホンワカした雰囲気!そこまでは良いのですが,いざ診療・治療が始まると,一々見るもの,聞こえてくるもの,味わうもの,臭うもの,触られるもので五感が刺激されます.内容は日常性を遠く押しやった音であり,味であり,臭いであります.治療前の抱いたホンワカ・ムードは高速逆走で,やっぱり恐怖までいかなくとも,いやなのです.
 さらに,患者の欲求すること,治療後の満足度によってはまた恐怖感を想起させてしまい,トラウマの連鎖反応となります.できれば日常性の延長線上で,ことを終わらせたい患者であっても,玄関でスリッパに履き替えた瞬間,すでに緊張感で気持ちはパンパンに張ってきます.
 多岐にわたる患者層のなかでも,歯科医にとってナイトメアーである(歯科医でもないのに,仕事柄やたらと)デンタルIQの高い私による,これらの恐怖感を払拭していただきたいという切なる希望から,文を少しずつまとめていたとき,あるセミナーですばらしい歯科衛生士さんに出会い,互いに共有する問題意識があったことから,本にまとめてみようとなったのがこの本の誕生までのいきさつです.
 幸い,診療現場を熟知し,豊富な経験をもつ共著者を得,物理的には大半以上を日米間でのメールの往復で意思疎通をはかり,さらに編集部の温かいご理解,ご協力とご支援を得て,お陰様で本書を世に送り出すことができました.情報過多からくる消化不良にならないように気を付けながら,読んでいただいた方々が明日にでも実践できる内容だけに絞っております.一項目でも一行でも実践できる内容を発見していただき,「いい」歯医者と患者から認めてもらえるようになれば,われわれの望外の喜びであります.
 押田良機



序文
 本書では,歯科医療スタッフに向けた「患者心理」をエッセンスとして加えて,患者応対,環境整備など歯科医院経営に関する日本と米国の具体例をご紹介します.
 「患者さんに寄り添った歯科医療」や「患者さんの気持ちに寄り添う治療」を目指す歯科医院が年々増えています.どのホームページを見ても8 割以上と言っていいほどの歯科医院が提言しているフレーズです.これは,急速に医科,歯科の分野に普及した,従来の“ 医療スタッフ中心” の歯科医療から“ 患者さん中心もしくは患者さんと医療スタッフが共に中心” という考え方により広まったものだと考えます.
 マーケティングの世界でも,顧客目線で考える「顧客心理」という言葉が大切にされています.実際に,感情を動かされないと行動を起こさない人間の特性に目をつけた,さまざまな戦略的マーケティングテクニックが存在します.
 患者さんの欲求も高まる中,この時代の流れと共に,臨床の現場であなたは患者さんにどう寄り添っていますか?話を聞く?丁寧に話す?観察する?それだけでは,「患者さんに寄り添う」ことになりません.
 また,自分に置き換え想像する気持ちは,あくまでもその人の感性でしかなく,それが誰にでもあてはまる気持ちとは限らないのです.このように,「患者さんに寄り添う」というフレーズは,目に耳にする割に,どこか掴みどころのないものであるのも事実です.
 「患者さんに寄り添う」ためには患者さんの考えや気持ちに共感し,必要な情報や歯科医療サービスを提供するためには「人=患者さん」の心理を知る必要があります.それは,患者さんが何を求め,何を望んでいるのかを想像する力を養い,気持ちに思いを寄せて応えるための手助けになります.まずは,患者さんの心理を豊かに想像できるだけの知識やパターンを知り,引き出しを増やすことで,患者さんの繊細な気持ちをより感じ取ることができるようになります.患者さんに対する一つひとつの動作の意味が理解できた時,きっと応対力,医療接遇も格段に向上しているはずです.
 本書が全国の歯科医師をはじめ,歯科衛生士を含む多くの歯科医療スタッフが目指す「患者さんに寄り添う歯科医療」の実現に少しでもお役に立てると幸いです.
 最後に,本書を執筆するにあたり,共著くださったインディアナ大学歯学部 押田良機 名誉教授に深く御礼申し上げます.終始熱心なご激励とご指導をいただき,ようやく完成の日を迎えました.また,現在も歯科医院コンサルティングの分野で適切な助言やご指導をくださっている,有限会社エイチ・エムズコレクション 濱田真理子 代表取締役へも心より感謝の言葉を申し上げます.本書でも,執筆された「歯科医療接遇」(医学情報社刊)を参考文献としてご紹介せていただきました.その他,全員をご紹介することはできませんが,多くの方の温かいご協力に心より感謝申し上げます.
 多くの協力者のこの想いが,患者満足度の高い歯科医療サービスを目指して邁進する歯科医療スタッフの皆様へ届くことを,心より願っております.
 安川裕美
01 ヒトの欲求
02 患者満足度
03 患者満足とは
04 患者不満足の深層
05 歯科への不安・恐怖
06 歯科医院が嫌われる原因
07 口コミの怖さ
08 良い評判を得る8つの話し方
09 開かれた歯科医院
10 やっぱり第一印象は大事
11 地域に根付いた歯科医院
12 予約制と予約再確認
13 朝のミーティング
14 受付の重要性
15 個人情報保護
16 スリッパに履き替えない歯科医院
17 パーソナルスペースに入るためのライセンス
18 定期来院をつくる患者教育
 コーヒーブレイク 世界地図の読み方と不思議
19 心の美学
20 物の美学
21 痛みの本質
22 痛みの表現法「顔法」
23 自分でもできる歯痛の応急手当て法
24 脚と足,手指のトリートメント等の付加的サービス
25 むし歯のない良い子のクラブ
26 ホワイトニングと身だしなみ
27 ブライダル・ホールとの提携
28 歯科医院で取り組む販売戦略
 コーヒーブレイク 日本文の特異性
29 クレーマーの特徴
30 クレーマーに対する上手な応対法
31 患者さんを「叱る」?
32 優秀な歯科衛生士との強い絆
33 日米間での患者対応の違い
34 有病歯科患者への対応
35 QOLとQOD
36 全身的治療が必要な理由
37 口腔と全身の関係
38 おつりを新札に
39 ファミリー・デンティスト
40 アスペン化傾向
41 観光立国を意識した歯科医院
42 臨床証拠を基礎とした歯科診療のススメ
 参考文献