やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 心理学の勉強を本格的に始め出す前のこと,心理関係の学会の全国大会に参加してみました.「認知行動療法」という言葉は知っており,内容もなんとなく理解していましたが,“心理界隈のトレンドなのか?”程度に思っていました.学会抄録のなかには「認知行動療法」の言葉が踊り,発表でも頻繁に「認知行動療法」が登場していました.シンポジウムでは,全国で「認知行動療法」が本格的に学べる大学や研究機関が示されましたが,当時はわずか12〜13箇所程度であり,しっかりした認知行動療法を学ぶというのは簡単ではないということを思い知らされました.
 認知行動療法は,数ある心理療法のなかで治療効果の科学的検証が最も進んでいるものの一つであり,世界中で広く用いられている療法です.イギリスの保険医療制度では以前から,うつ病の治療の際には,薬物療法とともに用いることが実質的に義務化されており,本邦でも,数年前にうつ病の治療の適応として保険治療へ導入されました.最近は,うつ病以外の疾患への適応拡大がはかられてきています.
 精神・心理状態を改善する以外にも,痛みをはじめとしたさまざまな症状に応用されていることから,近年では歯科領域への応用も試みられてきています.歯科心身症と呼ばれる口腔領域のMedically unexplained symptom(医学的に説明困難な症状)のさまざまな症状に応用が試みられてきていますが,必ずしもプログラム化された本来の認知行動療法と言えるものばかりではないようです.最近では,「認知」を変えるということと,「行動」を変えるというキーワードをもとに,自己流のものも見受けられるようになってきており,「“認知行動療法”という名前の一人歩き」が,歯科界では始まっているようにすら思えることがあります.
 しかし,少なくとも認知行動療法の概念が,歯科医療で有用であることに疑う余地はありません.たとえば,齲蝕や歯周炎のほとんどは自己管理のもとに予防が可能であることから,認知行動療法の概念を応用することで,自己管理ができなかった人達の行動パターンを変えて自己管理を促し,予防歯科医療への貢献も可能になります.
 このように,認知行動療法そのもの以外にも,その概念は歯科臨床のさまざまな場面で応用されるべきものであり,その適応範囲はますます広がっていくものと考えます.
 認知行動療法に関する本は数多くあるものの,歯科に特化した本はこれまでありませんでした.今回,歯科医療を理解した数少ない臨床心理士と,認定心理士の資格を有する数少ない歯科医師が手を組み,本書を発行することとなりました.本書が日常の歯科臨床の場面で少しでもお役に立てるものであると嬉しく思います.
 2018年6月 安彦善裕
Introduction 認知行動療法って何?
Part 1 歯磨きをしてくれない患者
 ケース1-1 やる気はあるが,長続きしない患者
 ケース1-2 歯磨きを後回しにしてしまう患者
 ケース1-3 親の言うことを聞かず歯磨きをしない小児患者
 ケース1-4 セルフケアの必要性を理解してくれない患者
Part 2 治療に納得してくれない患者
 ケース2-1 症状に関する説明を長々求める患者
 ケース2-2 薬の使用をやめられない患者
 ケース2-3 口臭を執拗に訴える患者
 ケース2-4 外見の問題を執拗に訴える患者
Part 3 歯科が怖い患者
 ケース3-1 歯科治療の現場に全く近づけない患者
 ケース3-2 歯科治療への恐怖が再発してしまう患者
 ケース3-3 歯科治療への恐怖が強い患者
 ケース3-4 歯科治療以外にも苦手な場所がある患者
Part 4 口腔乾燥を訴える患者
 ケース4-1 症状の改善に執拗にこだわる患者
 ケース4-2 治療を焦ってしまう患者
 ケース4-3 強いストレスを感じている患者
 ケース4-4 人前でのしゃべりづらさを訴える患者
Part 5 痛み(舌痛症,非定型歯痛)を訴える患者
 Case5-1 症状と心理的要因が関係していることを自覚していない患者
 Case5-2 痛みのことばかり考えてしまう患者
 Case5-3 痛みのことをより悲観的にとらえてしまう患者
 Case5-4 ストレスとなっている問題が解決できない患者

 Dentalの場でMentalを理解することの重要性
 認知行動療法をより理解するためのキーワード
 文献・索引