やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 口腔外科診療は“抜歯に始まり抜歯に終わる”.
 これは口腔外科の先達の教えですが,まさしく意を得た言葉だと思います.
 抜歯には指でも簡単に抜けそうなものから,顎骨の深い位置にあって摘出手術の分類に入るような大変難度の高いものまであり,非常の奥の深いものであると思います.
 また,歯を抜くという診療行為は,患者さんにも,抜歯ができたかどうか,その過程や結果がすぐわかり,いわゆる“上手““下手”といった評判で評価されてしまうおそれがあります.これが保存処置,補綴処置では,臨床上の都合や診療日程の都合で,中途でいったんやめ,仕切り直すことも不自然ではありませんが,多くの場合,抜歯を中断することはさまざまな理由でしづらいものです.また,比較的,簡単と思われた抜歯後に異常出血が続き,思わぬ重篤な結果を招くこともめずらしくありません.このほかに,術後に激痛が続いたり,感染を起こしたり,咀嚼・嚥下障害が起きたりと,さまざまな問題が待ち受けています.
 そのようななか,抜歯を行ううえで大切なことは,
 (1)抜歯が適切に完結できること
 (2)確実に止血が得られること
 (3)創傷治癒が良好にすすむこと
 (4)抜歯後に十分な機能回復ができることであり,それには術前,術中,術後の適切な医学的管理が重要であります.
 それには,
 (1)患者の体調の精査,基礎疾患の有無と程度,およびその対策ができること
 (2)綿密な抜歯計画,その後の補綴計画があること
 (3)抜歯中の医学的管理,すなわち循環不全,血圧の変動の予防,脳循環障害の予防など,容態の変化を起こさないこと
 (4)適切な抜歯技術があること
 (5)術後の縫合止血,創傷治癒の促進を考慮すること
 (6)鎮痛,感染予防,創の安静,全身の安静を考慮すること
 などがあげられます.
 本書は,抜歯に関連する疑問についてQ&A形式で解説したもので,1999年11月に歯界展望/別冊として発刊された『抜歯がうまくなる 臨床のポイント110』の続編であり,項目を統合,あるいは再編し,新たに追加したものや,当時の記載が現状ではそぐわないものなどを改変しました.
 Questionは,臨床研修歯科医,若手口腔外科医より集め,できるだけ基本的な事項を抽出し,Answerは,疑問に対して端的に回答し,その内容は現時点での中心的な考え方を紹介するようにし,これに解説を加える形でまとめなおしました.なお,簡結に述べることを目的としたため,断定的な面もありますので,Commentaryにて補足を行っています.
 本書は,単なる抜歯手技の列記とその対策でなく,“抜歯をうまくやる”ための医学的管理の項目を厚く解説するようにいたしました.その内容は,臨床歯科研修医はもとより,ベテランの臨床家にとっても有益な情報を掲載しているものと考えています.
 皆様の日常診療のお役に立てれば幸いです.
 2010年12月
 東京歯科大学 オーラルメディシン・口腔外科学講座
 山根源之
 外木守雄
 はじめに
第1章 抜歯を行っても大丈夫?-抜歯前の注意点-
 1 抜歯の適応症と禁忌症は,何ですか?
 2 抜歯の際,注意すべき全身疾患は何ですか?
 3 出血性素因の既往がある場合,どう対応すればよいのですか?
 4 心疾患患者の抜歯の際,どうすればよいのですか?
 5 抗血栓療法を受けている患者の抜歯の際,どうすればよいのですか?
 6 血小板数が少ない患者の抜歯は可能ですか?
 7 高血圧症患者の抜歯の際,どのような準備をすればよいのですか?
 8 肝障害患者の抜歯の際,どのような準備をすればよいのですか?
 9 ウイルス性肝炎患者の抜歯の際,針刺し事故を起こしました.どう対応すればよいのですか?
 10 抜歯時に有効な鎮静法として,何がありますか?
 11 糖尿病患者の抜歯の際,どう対応すればよいのですか?
 12 喘息患者の抜歯の際,どのような準備をすればよいのですか?
 13 腎透析中の患者への抜歯は,どのように対応すればよいのですか?
 14 口腔乾燥が強い患者に対する抜歯時の注意点は何ですか?
 15 癌治療中の患者の抜歯は行えますか?また,口腔癌の中にある歯は,抜歯できますか?
 16 歯の動揺の原因が,歯周病なのか悪性疾患なのかを見分けるポイントは何ですか?
 17 妊娠中および授乳中の患者への抜歯は可能ですか?
 18 口腔カンジダ症がある患者の抜歯の際,何に注意すればよいのですか?
 19 ビスフォスフォネート製剤を服用している患者の抜歯は,いつ行えばよいのですか?
 20 基礎疾患をもつ患者の場合,保存可能な歯でも将来を考え,早期に抜歯するべきですか?
第2章 抜歯に入る前に-消毒の基本,臨床検査,医療連携-
 21 口腔内で使用する消毒薬の使い分けはありますか?
 22 手指,術野(皮膚領域)における有効な消毒薬の使用法はありますか?
 23 日々の臨床で可能なスタンダード プリコーションとは,何ですか?
 24 抜歯を行う際,臨床検査は必要ですか?
 25 抜歯の際,必要な検査は何ですか?
 26 どのような手順で,検査を進めますか?
 27 基礎疾患がある患者の場合,関係各科へどのような照会を行えばよいのですか?
第3章 抜歯がうまくなる-痛くない抜歯,安全有効な麻酔を行うためのテクニック,投薬の知識-
 28 痛くない局所麻酔の注射方法はありますか?
 29 伝達麻酔は,どのような場面で行うべきですか?
 30 伝達麻酔を行う際,何に注意すればよいのですか?
 31 抜歯中に麻酔がさめてきた場合,どうすればよいのですか?
 32 麻酔薬には,どのようなものを使用すればよいのですか?
 33 歯根膜注射のみで抜歯を行えますか?
 34 局所麻酔時に不快症状が出たら,どうすればよいのですか?
 35 抗菌薬の投与は,どう考えればよいのですか?
 36 抜歯後の鎮痛薬の選択は,どうすればよいのですか?
 37 抜歯の際の感染性心内膜炎の対応は,どうすればよいのですか?
第4章 埋伏歯抜歯のコツ-技量を上げるための粘膜骨膜弁形成,歯牙分割,縫合の基本-
 38 智歯は完全に埋伏していても,抜去が必要ですか?
【切開】
 39 下顎埋伏智歯の場合,縦切開は必要ですか?
 40 縦切開の位置は,智歯の埋伏状態で変わりますか? また,そのときの注意点は何ですか?
 41 縦切開を入れる際,歯冠側と歯肉頬移行部のどちらから入れたらよいのですか?
 42 縦切開部の歯冠側をきれいに治癒させるには,どうすればよいのですか?
 43 遠心切開は,どこに入れたらよいのですか?
 44 下顎枝を触知しにくい場合,遠心切開設計の目安は何ですか?
 45 遠心切開の方向を頬側寄りに入れるのは,なぜですか?
 46 遠心切開を行う場合,切開の開始位置は近心,遠心のどちらがよいのですか?
 47 追加切開を入れる際の注意点は何ですか?
 48 下顎智歯の歯冠が舌側にある場合,切開線の位置と歯牙分割の位置は変わりますか?
【骨除去/歯牙分割】
 49 骨を大きく除去するのと,歯を細かく分割するのとでは,どちらがよいのですか?
 50 骨除去の範囲の決め方は,何ですか?
 51 歯牙分割は,どのような場合に必要ですか?
 52 歯牙分割の部位,順番,方向の決め方は何ですか?
 53 歯牙分割に適した器具は,何ですか?
 54 骨癒着した歯は抜けますか?
 55 歯質が脆弱な残根抜歯は,どうすればよいのですか?
【抜歯】
 56 環状靭帯は,切離する必要がありますか?
 57 鉗子とヘーベルは,どう使い分けますか?
 58 上顎智歯のわん曲根を破折せずに抜歯できますか?
 59 抜歯中に根が破折して残った場合,どうすればよいのですか?
 60 上顎埋伏歯抜去の場合のフラップの設計は,どうすればよいのですか?
 61 上顎埋伏歯抜去では,骨ノミ(マイセル)の使用が有効なのでしょうか?
【縫合】
 62 縦切開部の縫合をうまく行うには,どうすればよいのですか?
 63 縫合の順番はありますか?
 64 遠心切開部は縫合しなくても大丈夫ですか?
 65 遠心切開部のトラブルを避ける方法はありますか?
 66 上顎智歯部の縫合の注意点は何ですか?
 67 埋伏歯抜歯後の縫合は,完全閉鎖がよいのですか?
 68 抜歯窩が大きい場合,どのようにして閉鎖すればよいのですか?
第5章 抜歯中・後の注意-トラブルを避けるために-
 69 抜歯中断を決める目安は何ですか?
 70 抜歯中断後の患者対応は,どうすればよいのですか?
 71 抜歯中に出血が続く場合,どうすればよいのですか?
 72 血管を損傷した場合,どうすればよいのですか?
 73 抜歯後しばらくしての異常出血や止血困難の場合,どうすればよいのですか?
 74 気分不快や脳貧血様発作を起こした際,原因はわかりますか?
 75 下顎埋伏智歯抜去後に神経障害が予想される場合,患者への説明はどうすればよいのですか?
 76 下歯槽神経傷害で知覚異常や麻痺が出た場合,どうすればよいのですか?
 77 オルソパントモX線写真で説明できる抜歯後偶発症には,何がありますか?
 78 一度に何歯まで抜歯可能ですか?
 79 同側なら,同時に上下埋伏智歯を抜去してもよいのですか?
 80 左右同時に埋伏智歯を抜去してもよいのですか?
 81 急性炎症期の抜歯はいけないのですか?
 82 上顎洞内に歯根端部が近接している場合,どうすればよいのですか?
 83 抜歯後に隣在歯の疼痛が出ることがありますが,予防と対策はありますか?
 84 抜歯後のうがいは必要ですか?
 85 ドライソケットを起こさないためには,どうすればよいのですか?
 86 抜歯後治癒が悪い場合の判定基準は何ですか?
 87 基礎疾患や全身状態の問題により,抜歯窩の治癒が遅れている場合,どうすればよいのですか?
 88 抜歯後の腫脹(浮腫)は避けられませんか?
 89 抜歯後の開口障害はなぜ起きるのですか?
 90 抜歯後1週間くらい経過して,腫脹や疼痛および開口障害が発現した場合,どうすればよいのですか?
 91 抜歯後感染症は,抗菌薬の投与のみで治りますか?
 92 抜歯後,抜歯窩内挿入剤を用いたほうがよいのですか?

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