やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

<第6版訳者の序>
 ここに「Ten Cate口腔組織学第6版」の邦訳を出版することができたことは,訳者一同,望外の喜びである.原著は,2003年に出版された「Ten Cate's Oral Histology Sixth Edition」である.
 この原著を遡れば1980年に初版された「Oral Histology」であって,初版に続いて1985年に第2版,1989年に第3版,1994年に第4版,1998年に第5版が出版され,世界中で高い評価を受け,各国の言葉に翻訳されてきた.わが国でも1982年に初版の邦訳が出版され,改版のたびに翻訳出版されてきた.原著の初版から第5版までは編者であったTen Cate教授自身が本文の半分以上の章を執筆されていたので,わが国では初版の出版時から教授自身の原著と考え「Ten Cate口腔組織学」の邦訳名で出版してきたが,今回の第6版では新しい編者であるAntonio Nanci教授の手により改訂され,原著名もわが国が初版から使用していた邦訳名と同じ「Ten Cate's Oral Histology」として出版された.
 第6版では編者がNanci教授に代わったことに伴い,内容の大幅な改訂と執筆者の変更が行われている.第5版では全体が19章に分けられて記載されていたが,章が統合あるいは廃止されて14章となった.廃止された章は「小児顔面の成長と発育」であるが,それ以外の「硬組織の形成と破壊」は第6版のなかでは各章に分散され記述されている.また,章の改編に伴い,多くの著名な執筆者も新たに加わってその面目を一新した.今版でも引き続きTen Cate教授も執筆を担当しておられるが,新しい編者であるNanci教授が中心となり記述の大幅な改定がなされている.特に,歯の硬組織としての歯根膜を含む歯と歯槽骨は,Nanci教授自身が最新の情報を交えながら丁寧に記述しておられる.その内容は現在の細胞生物学,分子生物学,遺伝子工学の知見を豊富に取り入れて詳述されており,これに伴い図版や写真も大幅な充実がはかられている.そして第6版からCD-ROMが添付され,そのなかには622枚ものカラー写真や白黒写真および図版などが入っており,さらに学生自身が各章ごとの理解度をチェックするための問題が400問取り入れられている.
 このような大幅な第6版の改訂に伴い,邦訳の担当者も専門分野に詳しい実力のある翻訳陣を配して,原著の内容にふさわしい訳書となるよう配慮した.その結果,邦訳の第6版は多少,旧版に比べて内容が高度になった面もある.したがって,本書を学部学生や歯科衛生士向けの教科書として用いるときには,内容を取捨選択して教える必要があるかもしれない.反面,大学院生や研究者にとっては,おおいに参考となる充実した口腔組織学の参考書となることは間違いない.また,基礎的研究と臨床との関連についても充実した記載がなされているので,臨床関連の研究には大変有用であろう.
 第6版の発行にあたり,積極的に読者諸兄のご指摘,ご意見をいただき旧版以上の良書となることを切に希望する.おわりに,第5版に引き続いて発行にご協力,ご援助いただいた医歯薬出版編集部および諸氏に,心よりお礼申し上げるしだいである.
 2006年1月
 川崎 堅三

<第6版の序>
 この第6版は,A.Richard Ten Cate博士に献呈する.特に,Ten Cate博士の口腔組織に対する理解と教育における業績の栄誉として,邦題名を「Ten Cateの口腔組織学:発生と構造および機能」と改めた.初版から23年たった現在では,この教科書は口腔組織学の教育の標準となり,さまざまな年代の世界中の口腔の健康ケアに携わる開業医に役立っている.
 私はTen Cate博士の教科書の継続を要請されたことをきわめて誇りに感じた.仕事を引き継ぐという実際の申し出によって仲間に加わるという幸福感は初めだけで,博士が維持してきた高い基準を守り,小さな改良でその高い基準を維持しながら仕事を引き継ぐという現実は簡単なことではなかった.
 さまざまな国で受け入れられた「口腔組織学:発生と構造および機能」の形づくられた方針や概観を維持したまま,内容を新しくするのが主な目的であった.いくつかの章は結合させ,ほかの章では部分的に書き直し,2,3の章では完全に書き改めた.また,多くの光学顕微鏡的,電子顕微鏡的な図をつけ加え,カラー写真を新しく取り入れ,関連する章の近くに配置した.
 今回,この本をCD-ROMにすることにより,初めて構造や作用の描写を視覚的にわかりやすくした.さらに,この本のすべての図をコンピュータに取り入れ,CD-ROMには150枚のカラーの顕微鏡写真や,学生が構造を理解するのに相互作用的に必要な100枚の図をつけ加えた.また,CD-ROMには,学生自身が主な分野の理解度をチェックするための,ほぼ400題の多岐にわたる質問が取り入れられている.実際,この版は「Ten Cateの口腔組織学:発生と構造および機能」の相互関連に満ちた,電子工学的な転換のための最終的作品をめざしている.
 私は各分野の資料を包括的に取り込んで,さまざまな学生,すなわち歯科衛生士をめざす学生や歯学部の学生や大学院生に使用されることを希望して本書を執筆した.本書の主な内容は,学生と指導者の両者が要望する到達範囲の程度によって選択できるように構成されている.口腔組織の指導者は,彼らの課題の目的に最も合った資料を示すことができる.本書の内容は,口腔の健康の調査や研究の補助的努力によって口腔の病気の重要な道しるべとなり,歯科医院での生物学的治療の最終応用に対して学生が容易にすばやく対応できることを意図している.ほかの分野の医師と歩調を合わせ,歯科医師が口腔組織の組織再生や治療のための組織工学や遺伝子治療が将来行われることが推測される.
 最後に,この版のイラスト提供者や,問題と論点の部分を書いてくださった方々や各章の著者のすべての皆様に感謝を捧げる.さらに,本書の準備期間中,忍耐強く支援してくださったElsevierのチームの方々にも感謝する.
 この第6版が,学生諸君の口腔組織の勉強のために最も役立つことを切に希望する.また,これからの学習や研究のためにふさわしい手引きであると実感していただけることを望んでいる.
 Antonio Nanci
第1章 口腔組織の構造/矢嶋俊彦
 口腔
 歯
  エナメル質 象牙質 歯髄
 歯の支持組織
  歯根膜 セメント質
 口腔粘膜
 唾液腺
 顎骨
 顎関節
 硬組織の形成
  硬組織の有機性基質 無機質
 硬組織の吸収
 石灰化
  結晶の成長
 アルカリホスファターゼ
 無機イオンの石灰化部位への輸送
第2章 一般発生学/高橋 理
 胚細胞の形成と受精
 出生前の発生
 誘導,分化能そして分化
 三層性胚盤の形成
 神経管の形成と胚葉の運命
  胚子の屈曲 神経堤
第3章 頭部,顔面と口腔の発生学/明坂年隆
 頭部の形成
 鰓弓(咽頭弓)と一次口腔
  鰓溝と咽頭嚢の運命 鰓弓の解剖学 顔面諸突起の癒合
 顔面の形成
 二次口蓋の形成
 舌の形成
 頭蓋の発生
 下顎骨と上顎骨の発生
  下顎骨 上顎骨 顎骨の発生に関する共通点
 顎関節の発生
 先天異常
第4章 細胞骨格,細胞間結合と線維芽細胞/高橋 理(p.59まで),羽地達次(p.59から)
 細胞骨格
 細胞間結合
 上皮―結合組織の接触
 線維芽細胞
  構造 収縮と運動 結合 多様性 加齢
 線維芽細胞の分泌産物
  コラーゲン コラーゲンの合成と会合 エラスチン プロテオグリカン 糖タンパク質 増殖因子とサイトカイン
  細胞外基質の分解
第5章 歯とその支持組織の発生/豊島邦昭
 一次上皮帯
  唇溝堤 歯堤
 歯の発生開始
 歯種の決定
 パターン形成を促すシグナル
 口腔上皮と歯胚上皮の局在化
 蕾状期
 蕾状期から帽状期への移行
 帽状期
 エナメル結節
 鐘状期
  鐘状期初期エナメル器の微細構造 歯乳頭と歯小嚢 歯堤の分断と歯冠外形の決定
 発生初期における神経支配と血管分布
  血管分布 神経支配
 永久歯の形成
 硬組織形成
 歯根の形成
 歯の萌出
 歯の支持組織の形成
 発生学における問題点
第6章 骨/羽毛田慈之
 骨の肉眼的な組織学
 骨の細胞
  骨芽細胞 骨細胞 破骨細胞 骨の細胞の起源
 骨の発生
  軟骨内骨形成 膜内(性)骨形成 縫合部の骨成長 骨の更新(改造)
第7章 エナメル質:組成,形成と構造/笹野泰之
 エナメル質の物理的性質
 エナメル質の構造
 エナメル質形成
 エナメル質形成の光学顕微鏡的特徴
 エナメル質形成の電子顕微鏡的特徴
  前分泌期 分泌期 成熟期
 エナメルタンパク
 ミネラルの運搬経路と石灰化
 エナメル質の構造と組織構築
  エナメル小柱の相互関係 レッチウス線条 横紋 ハンター・シュレーゲル条 捻転エナメル質 エナメル叢とエナメル葉 エナメル―象牙境とエナメル紡錘 エナメル質表面
 加齢変化
 エナメル質の形成不全
 臨床的意義
  フッ素添加 酸処理
第8章 象牙質―歯髄複合体/稲毛稔彦
 象牙質の基本的構造
 象牙質の組成,形成および構造
 象牙質のタイプ
  原生象牙質 第二象牙質 第三象牙質
 象牙質形成の様式
 象牙質の形成
  象牙芽細胞の分化 外表象牙質の形成 血管分布 石灰化の制御 石灰化の様式 歯根象牙質の形成
  第二および第三象牙質形成
 象牙質の組織学
  象牙細管 管周象牙質 硬化象牙質 管間象牙質 球間象牙質 成長線 トームスの顆粒層
 歯髄
  象牙芽細胞 線維芽細胞 未分化外胚葉性間葉細胞 マクロファージ リンパ球 樹状細胞 基質と線維間物質
 血管ならびにリンパ管系の支配
 象牙質―歯髄複合体の神経支配
 象牙質の知覚
 髄石
 加齢変化
 周囲刺激に対する反応
第9章 歯周組織/名和橙黄雄
 セメント質
  生化学的組成 セメント質形成の開始
 歯根膜細胞の起源とセメント芽細胞の分化
 セメント質の種類
  無細胞非固有線維セメント質(原生セメント質) 有細胞固有線維セメント質(第二セメント質) 無細胞無線維セメント質 歯根表面に分布するセメント質
 セメント―エナメル境
 歯槽突起
 歯根膜
  線維芽細胞 上皮細胞 未分化間葉細胞 骨細胞とセメント細胞 線維 弾性線維 基質 血管分布 神経支配
 機能的考察
第10章 歯の生理的移動:萌出と脱落/山本茂久
 萌出前の歯の移動
 歯の萌出運動
  組織学的特徴 歯の萌出運動の機構
 歯の萌出後の移動
  成長に対する適応 咬耗を補う移動 隣接面の磨耗に対する適応
 歯の脱落
  破歯細胞 圧力 脱落形式
 歯の異常な移動
 歯の矯正学的移動
第11章 唾液腺/武田正子
 唾液の機能
  保護 緩衝作用 被膜形成 歯の保全 抗菌作用 組織の修復 消化作用 味覚
 解剖
 発生
 構造
  分泌細胞 唾液の形成と分泌 筋上皮細胞 導管 導管における唾液の組成の調整 結合組織 神経支配 血管分布 唾液腺構造の概要
 大唾液腺の組織学
  耳下腺 顎下腺 舌下腺
 小唾液腺の組織学
 臨床的考察
  加齢変化 疾 病 口腔乾燥症
第12章 口腔粘膜/岩井康智(p.315まで),川崎堅三(p.315から)
 口腔粘膜の定義
 口腔粘膜の機能
  保護 感覚 分泌 熱の調節
 口腔粘膜の構成
  臨床上の特徴
 組織構成と腺
 口腔上皮
  上皮の増殖 上皮の成熟 上皮細胞の超微細構造 成熟過程における細胞動態 透過と吸収 口腔上皮の非角化細胞 メラノサイトと口腔の色素形成 ランゲルハンス細胞 メルケル細胞 炎症細胞
 上皮と固有層の境界
 固有層
  細胞 線維と基質
 血管分布
 神経支配
 構造の変異
  咀嚼粘膜 被覆粘膜 特殊粘膜 茸状乳頭 糸状乳頭 葉状乳頭 有郭乳頭
 口腔粘膜の境界
  粘膜―皮膚境 粘膜―歯肉境 歯―歯肉境
 口腔粘膜の発生
 加齢に伴う変化
第13章 顎関節/川崎堅三
 関節の分類
  線維性の連結 軟骨性の連結 滑膜性の連結
 関節の型
 関節の発生
 関節に関与する骨
 関節に付属する軟骨
 関節包,靱帯および関節円板
 滑膜
 関節運動に関与する筋
  筋収縮 運動単位 咀嚼運動に関与する筋
 関節の生体機構
 関節の神経支配
 顎関節の血管分布
第14章 口腔組織の修復と再生/長門俊一
 口腔粘膜の創傷治癒
  負傷に対する初期反応:止血 炎症性細胞の活性化,移動,および機能
 修復期
  上皮の反応 結合組織の反応
 傷の収縮と瘢痕形成
 歯―歯肉結合部の創傷治癒
 エナメル質の修復
 象牙質―歯髄複合体の修復
 歯の齲蝕
 窩洞形成
  上皮の反応 結合組織の反応
 抜歯後の修復
 歯周組織の修復
 歯周病の進行による歯周結合組織の変化
 歯周組織の修復能
 歯周結合組織の修復と再生のメカニズム
 新しい展望

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