やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 歯科口腔介護とは,加齢ならびに全身疾患をはじめ歯科領域の五大機能といわれる摂食・嚥下,構音,表情,感覚,分泌の障害により日常生活に支障をきたした要介護者に対し,歯科的観点から“観察“,“誘導”,“援助”,さらにリハビリテーションなどを通して日常生活を支援することです.
 つまり,歯科口腔介護の役割は,口腔環境を整備し,的確に食物を捉え,よく噛み,おいしく味わい,うまく嚥下し,会話を楽しみ,笑顔で日常生活ができるように支援することで,これが要介護者のQOLを高めることにもなります.また,その機能を回復させる各種のリハビリテーションも歯科口腔介護の重要な役割の一つと考えています.
 本書は,介護の視点から歯科医学の知識と技術を応用し体系化したもので,アメリカで開発されたアセスメント表“MDS(Minimum Data Set)”に基づき歯科口腔介護の方法論を組み立て,これらを効率的・効果的に行うことによって要介護者の自立の支援とQOLの向上に貢献することを目的としてまとめたものです.
 21世紀には,高齢社会を活力のあるものとしていくため,これを社会全体で支える仕組みとして介護保険制度が2000(平成12)年4月に発足しました.
 これまでの家族介護に大きく依存してきた実状から,介護支援専門員を要として各領域の専門職種が連携して介護支援を行う社会的介護への制度改革です.この制度は,加齢や疾病に伴って生じた心身の変化によって,日常生活に支障をきたした要介護者あるいは要支援者の有する能力に応じて,自立した日常生活が営めることを基本理念として,そのために必要な保健,医療,福祉サービスを提供するものです.
 歯科口腔介護も,この介護サービスの一翼を担うことで,介護保険制度の目的である要介護状態の軽減,悪化の防止などに多大な効果を上げ,介護総体の質を向上させることができるものと考えています.
 実際,口腔清掃や摂食・嚥下障害等への支援およびリハビリテーションを柱とする歯科口腔介護が,歯科領域の各種機能を総合的に改善し,いわゆるボケを防止し自立を促して寝たきりを減らすという成果も少なからず報告されています.
 介護保険制度と歯科との関連では,歯科医学的管理に基づく「診療情報提供」と「居宅療養管理指導」があり,この実施により,療養生活の質の向上を図るものと規定されています.これらに対しても歯科口腔介護の概念を取り入れ,より充実したサービスを提供し支援できるようにすることがこれからの課題となります.
 介護という新しい制度が,真の意味で開花し,その中で歯科口腔介護がより一層進歩,発展していくことを期待します.
 最後に本書の発行にあたっては,類書のない本でもあり,中野区南部保健所相談所の歯科衛生士,白田チヨ女史をはじめ多くの方々にご協力ならびに助言をいただきましたことを,ここに感謝申し上げる次第です.
 平成12年4月 編者一同
I編 総説
1章 高齢社会と介護の必要性/2(浦澤喜一)
 I.高齢社会の現状と将来/2
 II.疾病構造の変遷と慢性疾患の増加/2
 III.高齢者疾患の治療理念と看護,介護の意義/3
 IV.全人的医療,看護,介護に欠落していた歯科領域の課題/4
2章 介護と歯科口腔介護/5(新井俊二,小椋秀亮)
 I.歯科口腔介護の意義と目的/5
 II.介護と歯科口腔介護の定義および関連用語/5
 III.要介護者と歯科口腔介護を必要とする人/9
3章 歯科口腔介護に係る法的・制度的背景/22(矢澤正人)
 I.国民皆保険制度から老人保健法まで/22
 II.ゴールドプラン策定まで/22
 III.成人・高齢者歯科の近年の流れ/23
4章 介護・歯科口腔介護を行う人と場/27(大竹登志子,新井俊二)
 I.介護における社会サービスの流れ/27
 II.介護・歯科口腔介護を担う人と場/29

II編 基礎知識
1章 老化とは/36(浦澤喜一)
 I.老化と老化現象/36
 II.老化現象と老年期疾患/39
 III.老年者疾病の医療/39
 IV.老年病の保健,医学の目指すもの(QOLについて)/42
2章 歯科領域における機能・形態の老化/44(下山和弘,早川 巖)
 I.歯の老化/44
 II.歯周組織の老化/46
 III.口腔粘膜の老化/46
 IV.顎骨の老化/47
 V.咀嚼筋と顎関節の老化/47
 VI.唾液腺の老化/47
 VII.味覚受容器の老化/48
 VIII.摂食・嚥下機能の老化/48
3章 高齢有病者の歯科的特徴と問題点/50(寶田 博)
 I.高齢者にみられる口腔の症状/51
 II.高齢者に頻度の高い口腔の疾患/56
 III.高齢有病者の歯科的問題点/64
4章 歯科口腔介護のための解剖学/69(瀬川彰久)
 I.口の成り立ち/70
 II.介護からみた口の構造/73
5章 歯科口腔介護のための生理学/80(山田好秋,杉本久美子)
 I.食べることと脳の機能/80
 II.かみ砕くこと(咀嚼)/81
 III.飲み込むこと(嚥下)/83
 IV.表 情/85
 V.感覚機能/87
 VI.分泌機能/92
6章 摂食・嚥下障害/95(道脇幸博)
 I.経口摂取の意義/95
 II.摂食・嚥下動作の臨床的な分類/95
 III.摂食・嚥下障害からみた高齢者の特徴/98
 IV.摂食・嚥下障害に対する直接的訓練/99
 V.摂食・嚥下障害に対する代償療法/102
 VI.摂食・嚥下訓練の実際/103
7章 構音機能障害/105(伊藤静代)
 I.構音器官と構音/105
 II.構音障害/105
 III.評価,診断の観点/107
 IV.指導の方針/109
 V.指 導/110

III編 歯科口腔介護の内容と方法
1章 介護保険給付の内容と方法/116(新井俊二)
 I.介護保険給付の内容/116
 II.介護保険給付の方法/116
 III.介護保険給付が目指す二つの目標/118
 IV.介護サービス体系の原点:MDS・RAPs・RUG/118
2章 歯科口腔介護の方法/121(新井俊二)
 I.歯科口腔介護の内容とアプローチ方法の基本/121
 II.口腔環境整備の介護法/126
 III.歯科領域の機能の介護法/133
 IV.歯科領域の形態異常に対する介護法/151
3章 歯科口腔介護におけるリハビリテーション/154(新井俊二,寺岡加代)
 I.歯科口腔介護におけるリハビリテーションとは/154
 II.歯科口腔介護におけるリハビリテーションの基礎知識/156
 III.口腔環境整備能力のリハビリテーション/158
 IV.食事動作,摂食・嚥下機能のリハビリテーション/162
 V.構音機能のリハビリテーション/170
 VI.表情機能のリハビリテーション/171
 VII.感覚機能のリハビリテーション/173
 VIII.分泌機能のリハビリテーション/174
 IX.むすび/175
4章 歯科口腔介護のプロセス/176(新井直也)
 I.「MDS・RAPs(CAPs)」の手法(手順と方法)/176
 II.実施の手順(プロセス)/176
 III.実施のプロセスに用いる資料/177
 IV.留意事項/179
    資料1 歯科口腔介護課題分析票/180
    資料2 歯科口腔介護課題分析票記入要綱/184
    資料3 歯科口腔介護問題項目の選定表/190
    資料4 歯科口腔サービス計画表/191
    資料5 歯科口腔介護業務記録表/192

IV編 介護・歯科口腔介護の実際
1章 介護の基本と実際/194(大竹登志子)
 I.介護とは何か/194
 II.介護の知識と実際/195
2章 居宅における歯科口腔介護/213(新井俊二)
 I.居宅における歯科口腔介護の目的/213
 II.歯科口腔介護の実践/214
 III.歯科口腔介護の基本的実践プロセス/218
 IV.ニーズ,ディマンドからみた歯科口腔介護/222
 V.歯科口腔介護の推進/224
3章 介護老人保健施設における歯科口腔介護/226(佐藤満子)
 I.介護老人保健施設の概要/226
 II.介護老人保健施設アメニティ西岡の施設概要と関連機関/227
 III.介護サービス計画(ケアプラン)について/228
 IV.MDS 2.1(施設ケアアセスメントマニュアル)方式/229
 V.歯科口腔介護とMDS・RAPs/231
 VI.歯科医療機関との連携について/235
 VII.歯科口腔介護における今後の展望―多職種の共存とその専門性/238
4章 病院における口腔ケア(歯科口腔介護)/239(久富雅子)
 I.病院における歯科口腔介護の目的/239
 II.有病者の口腔ケア(歯科口腔介護)を行うときの留意点/239
 III.入院患者の口腔ケア(歯科口腔介護)の実際/245
 IV.病院における多職種との連携,および今後の問題と展望/248
5章 特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)における歯科口腔介護/250(小嶋光枝)
 I.特別養護老人ホームから介護老人福祉施設へ/250
 II.介護老人福祉施設とその役割について/250
 III.有明園の概要と協力連繋機関/251
 IV.入所者の状況(平成9年度)/251
 V.事業内容/252
 VI.歯科口腔介護の実際と成果/253
 VII.歯科口腔介護の展望/259
 VIII.歯科医療機関との連携協力/260
6章 歯科口腔介護に役立つ器材/261(江川広子)
 I.介護用具についての基本的な考え方/261
 II.福祉用具,補装具,日常生活用具の定義/261
 III.介護用具の必要性/262
 IV.介護用具の種類と選ぶポイント/262
 V.関連職種との連携/265
 VI.公的制度の活用/265
 VII.歯科口腔介護に必要な器材/265
7章 介護・歯科口腔介護に役立つ薬剤/275(俣木志朗,小椋秀亮)
 I.口腔清掃に用いる薬剤/275
 II.口腔内の各種炎症性疾患に対して用いられている薬剤/277
 III.その他の薬剤/279
 IV.薬物療法における留意事項/283

V編 介護保険制度と歯科口腔介護
1章 介護保険制度について/288(宮武光吉,鳥山佳則)
 I.介護保険制度創設の経緯/288
 II.介護保険制度の概要/288
 III.介護認定審査会と居宅介護支援事業者の機能と役割/290
 IV.介護保険制度への歯科医師のかかわり/296
 V.介護保険制度に歯科医師がかかわることの意義/297
2章 21世紀における歯科口腔介護ビジョン/299(川田 達,新井俊二)
 I.歯科口腔介護と介護保険/299
 II.歯科口腔介護を取り巻く現状/300
 III.歯科口腔介護の経過と課題/300
 IV.歯科口腔介護の5カ年戦略/301
3章 歯科口腔介護の教育/304(本間和代,平澤明美)
 I.教育の背景/304
 II.「歯科口腔介護・演習」カリキュラム,シラバス/304
 III.教育効果と今後の課題/310

文献/313
索引/320