やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

 顎関節症の患者が来院したら,いきなり咬合調整をしたり,とりあえずスプリントを入れてみるという時代はすでに過去のものと皆さんが思っておられることでしよう.
 しかし,実際にどのようにすれば良いのだろうかと悩まれている先生も多いと思います.われわれは,チャートによる簡単明快な顎関節症の症型診断とその症型別の治療法について,歯界展望に12回にわたって連載させていただきました(第88巻1〜6号,1996年.第89巻1〜6号,1997年).本書は,この連載に30におよぶ症例とスプリント製作法の詳細などを新たに加筆したものです.
 この診断治療体系は,決して机上の空論ではなく,その原型は東京医科歯科大学歯学部第二口腔外科に毎年訪れる約1,200名の顎関節症患者の治療を通じて自然にできあがったものです.本書では,この診療治療体系を一般の開業歯科医師が行える範囲と専門医が行う範囲に分け,連携診療の形態にして具体的に解説しました.
 一般の歯科医院では,大学病院などの専門病院と違い,診断や治療においてかなりの制約があります.たとえばMRや特殊な診査機器などは使用できませんし,保険診療で採算がとれなければなりません.診療時間が長くなる精神療法や患者に恐怖心を与える皮膚上からの注射,特殊な器具を必要とする診療は行えないことなどです.
 本書はそれらを十分考慮したうえで,あくまでも実践的なマニュアル書を目指しました.そのため,とりあえず不要な理論的背景などは可能な限り省略しています.顎関節症の専門諸家には,あるいは物足りないかもしれません.しかし,これまであまり顎関節症に触れてこられなかった先生方が,日常の診療のなかで困ったときに参考にしていただくには十分な内容であると思います.
 顎関節症はしっかりと症型分類し,その症型別に治療すれば,決して難しいものではありません.このことを本書を通して読者の皆さんにぜひわかっていただきたいと願っております.
 なお,本書の著作にあたり,貴重な解剖写真およびX線写真を提供していただいた当講座の坂本一郎先生,症例を提供していただいた同じく当講座の塚原宏泰先生,阿部正人先生,それぞれの立場から助言をいただいた当講座の森田伸先生,開業の宮村壽一先生,依田泰先生に心より感謝いたします.
 1998年6月 著者
チャート一覧
口絵カラー;顎関節の構造

1章:チャートによる顎関節症の診断と治療
 1.顎関節症と他疾患との鑑別診断
 2.顎関節症の症型分類(1)−クローズド・ロックの診査
 3.顎関節症の症型分類(2)−下顎頭変形の診査
 4.下顎頭変形の典型例
 5.顎関節症の症型分類(3)−関節雑音と円板整位下顎位の診査
 6.顎関節症の症型分類(4)−関節部痛および筋痛の診査
 7.咀嚼筋障害に対するI系治療チャート
 8.スタビリゼイションスプリント(全歯列接触型スプリント)の製作法
 9.滑膜炎や靱帯損傷に対するII系治療チャート
 10.単純挙上型スプリントの製作法
 11.復位性円板前方転位雑音以外の関節雑音のためのC−系治療チャート
 12.復位性円板前方転位雑音のためのC+系治療チャート(1)
 13.復位性円板前方転位雑音のためのC+系治療チャート(2)
 14.下顎前方整位型スプリントの製作法
 15.クローズド・ロックに対するL系治療チャート(1)
 16.クローズド・ロックに対するL系治療チャート(2)
 17.パンピングマニュピレーションの実際

2章:症例集
 症例1 夕方になると開口時に耳前部が痛む(右側I型)
 症例2 口を開けると関節が痛む(左側II型)
 症例3 痛くて口が開けづらい(右側IVP型)
 症例4 咬筋部の痛みと頭痛,耳鳴り(左側I型→心身症)
 症例5 開口すると耳前部が痛む(左側IVP型→クローズド・ロック)
 症例6 開口時の痛みと反対側の自覚のないクリック音(両側IIIC+型)
 症例7 痛くて開口できない(左側IIIL型→関節リウマチに併発した左側IIIL型)
 症例8 関節が痛くて咬みしめられない(右側II型)
 症例9 起床時に顎がだるい(両側I型,ブラキシズム)
 症例10 側頭部が痛む(左側I型→脳腫瘍)
 症例11 ときどきクリック音がする(左側顎関節症の疑い)
 症例12 開口時にクリックがある(右側IIIC−型,エミネンスクリック)
 症例13 開口時のシャリシャリ音と関節周囲の違和感(右側IVC−型→クローズド・ロック)
 症例14 顎関節部の痛みとガリガリ音(左側IVC−型→クローズド・ロック)
 症例15 開口時にパチンと音がする(右側IIIC−型,滑液性音の疑い)
 症例16 顎関節部の痛みとクリック(反対側がロック)(右側IIIC−型→右側開口時の円板後方転位,左側クローズド・ロック)
 症例17 開口時にクリック音がする(左側IIIC+型)
 症例18 開口時にクリック音がする(左側IIIC+型)
 症例19 大開口時の痛みと開閉口時のクリック音がする(左側IIIC+型)
 症例20 開口時にクリック音がする(両側IIIC+型)
 症例21 開口時に2回クリック音がする(両側IIIC+型,間欠ロック)
 症例22 開閉口時にクリック音がする(両側IIIC+型)
 症例23 クリックと頭痛と咬合位不安定(両側IVC+型)
 症例24 ときどき口が開かなくなる(左側IIIC+型,間欠的クローズド・ロック)
 症例25 口が開かない(左側IIIL型)
 症例26 口が開かない(右側IIIL型)
 症例27 関節が痛んで口が開けにくい(左側II型→クローズド・ロック)
 症例28 口が開かない(右側IIIL型)
 症例29 口が開かない(左側I型)
 症例30 起床時だけ口が開かない(日中はクリックもなし)(両側IIIC+型)

付録:コピーして使える治療チャート・患者説明用パンフレット