やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

 「たべる」ということは生命を維持するうえで,動物の基本的な生理機能であり,口のはたらきの中心をなすものですが,ヒトにおいてもその意義にかわりはありません.それでは,「たべる」ということはどのような仕組みで行われるのでしょうか.食物を摂取してのち,これを食塊にして嚥下するまでに口腔,咽頭で行われる生理的過程を咀嚼といいますが,その問題についてそれぞれ専門の立場から解説したのが本書です.
 咀嚼に関与する器官として歯が重要な役目を担っていることは容易に理解できます.しかし,咀嚼は口腔全体の協調運動によって行われる機能で,口の開閉,あごの動き,唾液の分泌,舌の運動などが合目的的調和をとって行われるダイナミックな生理機能であるのです.
 近年,「たべる」ということに以前にも増して関心が寄せられるようになってきました.おいしくたべるのは人生にとって大きな喜びです.そのためには,歯をはじめとする口腔全体の機能が障害なく維持されることが重要です.日本は今や世界で最も長寿の国となり,人生80年が現実のものとなっています.年をとればなおさら「たべる」楽しみは大きな意義をもってきます.歯科医学・医療はこの面を担当する医学の一分野として,近年急速に進歩し,その健康維持に貢献してきました.
 平成8年度の大学放送公開講座(テレビ講座)として「かむこと,のむこと,たべること・咀嚼の科学」のテーマで,「たべる」科学の最新の知見を一般の方がたに紹介し,さらなる理解を得ることとなり,そのテキストとして編集されたのが本書です.この大学放送公開講座(テレビ講座)は北海道地区と関東・甲信越・静岡地区(新潟県,長野県,山梨県,静岡県)を対象としていますが,内容的には広く一般の方がたに活用いただけるものであり,テレビの視聴ができない場合でも十分に理解いただけるものとなっています.このことから医歯薬出版株式会社のご理解を得て,一般書として出版することとしました.「口の科学」,「たべる」ことの問題に関心をお持ちの皆様に広くお読みいただければ幸いです.
 また,本書は,今後歯科医学を学ぼうとしている大学歯学部,およびそれに関連する学科の学生さんの歯科医学への入門書としての性格も持たせていますので,少し文章が固い部分がありますが,ご理解いただきたいと思います.執筆には以前から「視聴覚の共通教材を使って行う大学教育」について共同研究を行ってきた北海道大学歯学部,新潟大学歯学部,鹿児島大学歯学部および琉球大学医学部の各専門家が分担してあたりました.
 ここで本講座の概要について簡単に紹介しますと,まず,1章から3章までは,歯とその支持組織である骨の巧妙な仕組みにはじまって,あごの運動,唾液のはたらき,食物を摂取しかむという機能がどのようにして発育するかを解説し,咀嚼という機能を口腔科学として理解していただくこととします.そのうえで,4章からは咀嚼の障害となる歯や歯周組織の疾患,かみ合わせの障害,とくに成人での矯正治療,あごの関節の病気,顎骨の発育異常に対する外科的治療の実際,口の癌,口腔の衛生,疾患の予防から,歯科医とのじょうずなかかわり方について順をおって解説します.
 この13回の講座を通じて口と歯がいかに重要な役割と働きを果たしているかを考え,その健康維持の知恵を学び,人生80歳の長寿時代を迎え,いつまでも自分の歯でかむ楽しみを享受しつつ,健やかな生活を営むための知識が身につけられればと願っています.
 最後に多大学共同による共通教材の研究についてご指導・ご助言をいただきました文部省放送教育開発センター田代和久教授,新潟大学教育学部石田幸平教授,生田孝至教授に感謝し,出版にあたりお力をいただいた医歯薬出版株式会社に心からお礼申し上げます.
 平成8(1996)年8月
 新潟大学歯学部 大橋 靖
 北海道大学歯学部 加藤 X
 鹿児島大学歯学部 伊藤学而
 琉球大学医学部 砂川 元
序……iii

1 骨は生きている歯を支え,口の機能を支える骨 小澤英浩
  1 骨代謝のあらまし
  2 骨はなぜ硬いのだろう
  3 骨はどのようにして作られるのだろう
  4 骨はつねに新しく置き換わる
  5 骨の中のたくさんの細胞たち――骨の細胞
  6 骨と歯の結びつき
  7 年をとると骨はもろくなる――オステオポローシス
2 かんでおいしくたべるメカニズム 山田好秋,岩片信吾,河野正司,加藤一誠,土田幸弘
  1 食べ物の性状と食べ方の関係
  2 食べ物の取り込みから嚥下まで
  3 あごはどう動くか
  4 歯の形態と咀嚼運動
  5 ヒトは食べ物をどうやって“かむ”か
  6 かむ力
3 乳幼児から学童へ子どもの歯,あごの発達 野田忠,田口洋,伊藤学而
  1 お乳を飲む
  2 お乳を飲むための反射
  3 お乳からご飯へ
  4 あごと歯の発達
  5 口の働きのわるい子
  6 口の働きを育てるには
4 歯の病気/自然でやさしい治療法 岩久正明,下河邊宏功
  1 歯の病気の種類――歯の病気はいろいろ
  2 自然の色で丈夫に治そう
  3 高齢化で増えている根のむし歯をどうするか
  4 コンピュータを使った新しい方法とは
  5 色の変わった歯も自然な色になる――変色歯の治療法
  6 歯を枯れ木にしないで長持ちさせよう
5 歯ぐきの病気/歯周病 小林哲夫,原耕二,南睦美,末田武
  1 歯周病の原因と診断
    歯周病とはどんな病気/ 歯周病を引き起こす細菌について/ 感染に対する生体の防衛機構について/ 歯周病の自己診断法について/ 細菌学的診断について 免疫学的診断について/
  2 歯周組織の健康
    歯周組織の構造/ 健康な歯周組織の特徴/ 歯周病にかかるとどのような変化がみられるのか/ 歯周組織を健康に保つには/ 歯周組織と老化の関係/
6 歯周病は治せる(歯周病の治療)自分の歯を失わないために 加藤 X,南睦美,末田武
  1 歯周病の治療は患者と歯科医の二人三脚――患者の治療努力が重要
  2 こんな症状は黄信号,こんな症状は赤信号――定期検診の重要性
  3 歯ぐきみがきの達人になろう――患者が自分で行う治療
  4 初期の歯周病は必ず治る
  5 進行した歯周病も治せる――高度な歯周病の治療
  6 歯は重要文化財――長期管理が大切,メインテナンスの重要性
  7 歯周治療の最前線 ――最新の歯周治療
7 あごの関節の病気と治療最近増えている口が開かない病気顎関節症 河野正司,井上農夫男,戸塚靖則,野村修一,岩片信吾,土田幸弘
  1 顎関節症とはどんな病気
  2 あごの関節やあごの筋肉はどうなっているのか
  3 顎関節症の原因は
  4 顎関節症をどのように診断するのか
  5 顎関節症をどう治療するのか
  6 顎関節症を予防するには
  7 顎関節症の症状があったら,どこに相談すればよいのか
8 子どもの矯正治療 伊藤学而
  1 不正咬合とはどんなものか
  2 矯正治療を始める前に
  3 乳歯列期の矯正治療
  4 混合歯列期の矯正治療
  5 永久歯列期の矯正治療
  6 口蓋裂児の矯正治療
9 矯正治療は成人にこそ必要 花田晃治
  1 人生80年の楽しみは,おいしくたべること
  2 きれいな歯並びは寿命が長く,歯肉も健康である
  3 成人の矯正治療の特徴
  4 歯周矯正治療症例
  5 歯周矯正治療の効果
  6 歯の移動と歯周組織
  7 顎機能異常 ――顎関節症:あごの関節の雑音,痛み,不快感など
  8 外科的矯正治療
  9 一般歯科医,矯正専門医に相談を
10 手術で変わるかみ合わせと容貌 三村保,大橋靖
  1 外科的矯正治療と矯正歯科治療
  2 外科的矯正治療発達の歴史
  3 外科的矯正治療ではどのように治すのか
  4 チーム医療とその役割
11 歯が大きく欠けたり,抜けてなくなったりした場合の治療健康で快適な生活を送るための補綴治療 内山洋一,長岡英一
  1 補綴とは
  2 歯が欠けたり,なくなったりするとどのようなことが起こるか
  3 歯が大きく欠けた場合の修復方法(治療法) ――クラウン
  4 なくなった歯が少ない場合の入れ歯(義歯) ――ブリッジ
  5 なくなった歯が多い場合の入れ歯(部分床義歯)
  6 歯が全部なくなった場合の入れ歯(総義歯)
  7 補綴診療にはどのような器材が使用されるか
  8 歯を修復したり,入れ歯を入れても治療は終了しない
  9 人工歯根あるいは人工骨材を利用した治療法
  10 補綴装置製作法の研究最前線――/CAM
12 口の中の癌を早く見つけよう――たべる・しゃべる楽しみを失わないために 砂川元
  1 口の中の癌は増えているか
  2 口の中の癌はどこにできるのか
  3 口の中の癌はどの年齢層に多いか
  4 口の中の癌はどうしてできるのか
  5 口の中の癌の症状
  6 口の中の癌の治療
  7 こんな症状があれば,歯科医院あるいは専門医へ
13 一生,自分の歯でたべるために 谷宏,佐久間汐子,本多丘人
  1 8020運動
  2 歯を守る
  3 まず自分の口の中を見てみよう
  4 歯科医と仲よくなろう――歯科医のかかり方

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