やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 歯の形を模式図や写真と講義だけで理解させることはむずかしい.学生が歯の形を描くことができ,彫刻できるようにならないと本当に歯の形を理解したとはいえないと思うからである.
 歯の解剖学書としてわが国には,すでに藤田恒太郎氏の世界的名著がある.同著は,墨絵による芸術的な歯の模式図が特徴であるが,改訂のたびに大部となり,歯の解剖学者や人類学者を目ざす人にふさわしいほどの詳細なものとなってきている.
 一方,最近の歯科医学では,臨床歯学の発展がめざましく,各科は細分化され,障害者・高齢者歯科学,インプラント歯科学,歯科麻酔学などの学科が加わった結果,解剖学に与えられていた時間は,どこの大学でも削減を迫られているのが実情である. また, 臨床歯科医師を養成するための歯の解剖学であるべきだとの声が高まっている.
 つまり臨床的な歯の解剖学書による必要最小限の講義が求められているのである.そのような目で,既存の歯の解剖学書を見てみると,補綴・保存臨床の場で使用されるクラスプラインやアンダーカット,矯正・小児歯科学でのオーバーバイト,オーバージェット,ターミナルプレーン(垂直型,近・遠心型),正常咬合,中心咬合,偏心咬合などについての解説や,試験問題の解答を記した書物はほとんど見あたらない.
 このような臨床用語を取り入れ,国家試験にも役立つ解剖学書を目ざして編集に取りかかった.あまり重要でないものを省き,内容を簡略化するために思いきって,個々の歯の形の解説は箇条書にした.
 そのために多少わかりにくい箇所ができたかもしれない.そこは講義を聞いて補ってほしい.臨床関連事項などは,炎症・腫瘍などの病理学や,臨床の各科を習っていないのでむずしいかもしれないが,高学年になると役に立つと思われる.
 炎症という言葉は一般的に使用されているが,正しい定義を歯学生は今から知っている必要があると思うので巻頭に掲げておいた.ゲーテの勉強方法とともに知っていてほしい事柄である.
 本務のかたわらに編集を任されたが,力不足のため共同執筆者の皆さん方に多大のご面倒をおかけすることになった.まだ一部に統一を欠く部分や不備な所があるかと思うが,ご指摘,ご叱正を賜われれば幸いである.
 1996年4月 編者 三好作一郎

 炎症とは:1.発赤(赤くなること),2.発熱(熱が出る),3.腫れる(腫脹)4.痛む(疼痛),5.機能障害.これらが見られることを炎症という.
 しかしこれら全部が見られることは少ない.
 例:歯髄炎,口内炎,結膜炎,気管支炎,肺炎,骨膜炎,筋肉炎,虫垂炎など.
 Aufbauen belehrt mehr als Enressen
 Nachblden hesst mehr als Ansehen
 ――J.W..Goethe――組み立て(彫刻)は解剖する(切り裂く)よりも多くのことを教え,写生は観察するより多くのことを教えると言われている――編者訳――
 解剖学の最もよい勉強方法についての天才ゲーテの言葉である.
 歯の解剖を理解する最も良い方法は,単に歯を観察するだけでなく,歯を写生し,彫刻によって復元(Aufbauen)することであろう.
序文……III

第1編 総論
 第1章 歯の定義…三好作一郎…3
 第2章 歯種…三好作一郎…5
  1.生歯による分類…5
  2.形態による分類…7
  1)切歯…7
  2)犬歯…8
  3)臼歯…8
 第3章 歯の機能…三好作一郎…11
 第4章 歯の部分の名称…三好作一郎…13
 第5章 Mu¨hlreiter{ミユールライター}の三徴…三好作一郎…17
 第6章 歯髄腔の観察方法…三好作一郎…21

第2編 各論
 第1章 永久歯…27
  1.切歯…花村肇…27
   1)上顎中切歯(I↓1↓;11,21)…27
   2)上顎側切歯(I↓2↓;12,22)…31
   3)下顎中切歯( I↓1↓;41,31)…33
   4)下顎側切歯( I↓2↓;42,32)…36
  2.犬歯…花村肇…37
   1)上顎犬歯(C;13,23)…37
   2)下顎犬歯(C ;43,33)…39
  3.小臼歯…後藤仁敏…43
   1)上顎第一小臼歯(P↓1↓;14,24)…43
   2)上顎第二小臼歯(P↓2↓;15,25)…45
   3)下顎第一小臼歯( P↓1↓;44,34)…46
   4)下顎第二小臼歯( P↓2↓;45,35)…48
  4.大臼歯…花村肇…54
   1)上顎第一大臼歯(M↓1↓;16,26)…54
   2)上顎第二大臼歯(M↓2↓;17,27)…59
   3)上顎第三大臼歯(M↓3↓;18,28)…60
   4)上顎大臼歯間の形態の変化…61
   5)下顎第一大臼歯(  M↓1↓;46,36)…63
   6)下顎第二大臼歯(  M↓2↓;47,37)…69
   7)下顎第三大臼歯(  M↓3↓;48,38)…69
   8)下顎大臼歯間の形態の変化…70
 第2章 乳歯…武田正子…77
  1.乳切歯…81
   1)上顎乳中切歯(i↓1↓;A;51,61)…81
   2)上顎乳側切歯(i↓2↓;B;52,62)…82
   3)下顎乳中切歯( i↓1↓; A;81,71)…83
   4)下顎乳側切面( i↓2↓; B;82,72)…84
  2.乳犬歯…85
   1)上顎乳犬歯(c;C;53,63)…85
   2)下顎乳犬歯( c; C;83,73)…86
  3.乳臼歯…87
   1)上顎第一乳臼歯(m↓1↓;D;54,64)…87
   2)上顎第二乳臼歯(m↓2↓;E;55,65)…89
   3)下顎第一乳臼歯(  m↓1↓; D;84,74)…90
   4)下顎第二乳臼歯(  m↓2↓; E;85,75)…93
 第3章 歯列弓…三好作一郎…99
 第4章 歯の配列と咬合…小林寛…103
  1.歯の配列…103
   1)唇舌的方向…103
   2)近遠心的方向(隣接面観)…103
   3)接触関係…104
  2.咬合の形式(Welckerの分類)…106
  3.正常咬合,中心咬合,偏心咬合…107
 第5章 歯の萌出・脱落・交換…小林寛…109
 第6章 歯の異常…小林寛…113
  1.歯数の異常…113
   1)過剰歯…114
   2)歯数の欠如…114
   3)乳歯の晩期残存…115
  2.形態の異常…115
   1)大きさの異常…115
   2)異常結節…115
   3)中心結節…116
   4)カラベリー結節…116
   5)臼傍結節…116
   6)臼後結節…117
   7)原錐茎状突起(プロトスタイリッド)…117
   8)エナメル滴(真珠)…117
  3.歯根の異常…117
   1)長根歯と短根歯…117
   2)過剰根…118
   3)台状根…118
   4)樋状根…118
   5)癒着歯・癒合歯…118
   6)湾曲と屈曲…118
  4.萌出の異常…118
   1)萌出時期の異常…119
   2)萌出場所の異常…119
   3)埋伏歯…119
  5.歯列,咬合の異常…119
   1)狭窄歯列弓…119
   2)鞍状歯列弓…119
   3)間隙歯列弓…120
   4)V字形歯列弓…120
   5)方形歯列弓…120
 第7章 歯の比較解剖…後藤仁敏…121
  1.歯の比較解剖学の目的…121
  2.歯の起源…121
  3.魚類の歯から両生類の歯へ…123
  4.爬虫類の歯から哺乳類の歯へ…124
  5.哺乳類の歯の形態分化…126
  6.人類の歯の進化と退化…126
 第8章 歯の計測と写生…後藤仁敏…131
  1.歯の計測と写生の目的…131
  2.歯の計測…131
   1)歯軸…131
   2)計測器…132
   3)計測方法…132
   4)大臼歯の計測上の注意…133
  3.歯の写生…134
   1)写生の方法…134
   2)写生の順序…135

練習問題の解答…139
索引…143