やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 本アトラスの目的は,現在実施されている歯髄・歯周組織疾患の治療法や使用材料を紹介するとともに,歯内療法の近代的概念を,簡単な記述と豊富な図解により解説することにある.本書は,歯科大学の学生や一般の歯科臨床医を対象としており,単なる治療理論よりもむしろ臨床に即した治療技術を紹介することである.
 歯内療法学は,歯科医療のなかで高い成功率が期待できる重要な学問として確立されるようになってきた.近年,歯内療法学は急速に関心がもたれるようになり,それは多くの研究によって解決されてきたものである.しかし歯内療法学には歴史上,重大な挫折折があった.
 1911年,Hunterの歯性病巣感染の理論は歯科治療を酷評し,文献には記載されなかったものの,多くの全身性疾患の原因が歯科保存治療の不備のためとされ,根管治療は歯科の治療としてまったく信用できないものとされた.この歯性病巣感染の理論は,25年後には不当なものであったとして改められたが,この間の歯内療法学は荒廃したものであった.歯科大学において,根管治療は,根管培養検査で陰性所見が確認されたときに根管を封鎖して終了するものと強調された.そして,根管の無菌化を図るために,硝酸銀,硫酸,ヨードホルム,種々の石炭酸誘導体,あるいは亜○酸糊剤など一連の強力な殺菌剤が使用されるようになった.また根尖周囲にみられるエックス線透過像は,患者の健康にとって危険な兆候と考えられ,当該歯は抜歯された.実際に,多くの歯科医は,すべての失活歯をその病変の有無にかかわらず抜歯した.
 その後,多くの研究活動によって刺激され,また患者と歯科医の双方から抜去するよりも保存しようとする要求が高まり,歯内療法学の理論が徐々に変化した.その結果,今日では,すべての症例に,ルーチンに根管培養検査をする必要はないと考えられており,また根管内に貼布する薬剤は,根尖周囲組織に対して毒性がなく,かつ治療を遅らせることなく,これを促進するものでなければならないと考えられている.そのため,次回来院までの間に根管内の貼薬を行わない歯科医も多く,根管治療にとってもっとも重要なことは,刺激の原因を一掃すること,すなわち根管内容物の完全な除去である.そして,根管壁を外開きに開拡して複雑な根管系を完全に形成し,これを充填することである.根管充填材(剤)は無刺激性でかつ不溶性であるべきである.失敗症例におけるもっとも一般的な原因は,根尖から歯周組織へ為害性物質の漏洩を引き起こすような不完全な根管充填である.この漏洩はアピカルシートを完全に形成するだけでは不十分であり,根管のどこにでも観察される側枝は,その約50%の歯に発現し,これによっても病変が起こる可能性がある.
 ガッタパーチャは,数種類の充填材(剤)が利用されている中で第一選択の充填材として存続している.50年前,歯科に導入されたシルバーポイントには2つの欠点がある.その1つは,根管が正確に封鎖されず漏洩が起こり,腐食しやすく,また腐食産生物は為害性物質となる.もう1つは,根管の横断面は円形とはかぎらず,そのためシルバーポイントを根管に充填するためにはシーラーに頼らざるを得ず,しかもすべてのシーラーは可溶性である.糊剤やシーラーのみを根管充填剤として使用しても,根管を完全に満たすことはできない.メーカーは多くの異なるタイプのシーラーを提供しているが,それらのいくつかには組織刺激性の薬物が含まれている.たとえば,パラホルムアルデヒドは多くのシーラーの主成分として処方されている.
 根管治療の問題の1つに,たとえどのようなテクニックや材料を使用しても,比較的高い成功率が得られることにある.広範囲で完全な機械的根管拡大形成と,完全な根管充填を必要とする典型的なテクニックの施術は労を要し,時間を費やし報酬が少ない.“Dental Cosmos”(1899)の論説から抜粋してみると,以下に示す論議は新しいものではないことを示している.『根管内に乾屍剤を小綿球で填塞することは,正しい根管治療を行うことよりも短時間でしかも1回の診療ですみ,治療終了時に診察料を受け取ることは容易であり,基本的にはむずかしい術式を省略して手っとり早く,たやすく報酬が得られる.しかし,この方法は,常に維持されなければならない歯科医療の高い水準を低下させてしまうような,危険な誘惑となりうる』.約80年たっても,この論議はまだ解決していない.その証拠に,乾屍法の成功率に関する長期間にわたる研究は報告されていないからである.一方,研究によっては,根管治療にパラホルムアルデヒドを使用した効果については,重大な疑問があるともいわれている.
 外科的歯内療法に関する理論はいくつかの変遷を遂げてきた.根尖病巣に対する第一選択の治療法は根管治療である.しかし,根管治療が遂行しえなかった場合,逆根管充填および根尖切除術が選択されよう.歯内療法学において,逆根管充填を伴わない根尖病掻破や根尖切除はない.根尖周囲の大きなエックス線透過像があるからといって,これは必ずしも根尖部の手術の必要性を示していない.根管治療の目的は,根管系から為害性物質の漏洩を防ぐことである.根尖切除の目的も同様で,根管と根尖周囲組織との間のすべての交通路を遮断することにある.
 歯の歯式を表すにはいくつかの方法がある.この中でもっとも一般的なものは,世界的な4分割法であり,またFDIの2桁法である.著者の見解では,FDIの2桁法は数年の間に広く採用されるものと思われる.混乱を防ぐために,本書では全章を通じて“上顎右側第一大臼歯“,または“下顎右側第一小臼歯”などと歯の部位を細かく表現することとした.
 教科書として発刊された書籍というものは,時間とともに必然的に時代遅れとなるに違いない.歯内療法学のように急速に発展している分野においては,その傾向が大きい.過去2〜3年の間に,根管の治療法や充填法のいずれの面においても大きな変化がみられた.さらに,今日の傾向として,患者を扱う歯科医は感染防止用のグローブを着用する方向にある.しかし,著者はグローブ着用の必要性を認めているにもかかわらず,本書の若干の写真において,必ずしも着用していないものがあることをお許し願いたい.

謝 辞

 著者は,付図を作成してくださったMrs A.Christie,多くの口腔外写真を撮影してくださったEastman Dental Hospital写真室のMr A.Johnsonに感謝する.
 また,臨床の写真撮影に協力くださったEastman Dental Hospital保存学教室の教室員に感謝する.最後に本書の出版にご協力いただいたMr F.J.Harty,Mr L.J.J.Searson,Mr D.Cohen,Mr A.H.Croysdillに感謝する.
 14章の図732,735,736,752,755,767の写真を提供いただいたG.B.Winter教授,図737,739,740,742,745,746,747,748,751の写真を提供いただいたMr J.F.Roberts,図758,760,763,764,768,769,770の写真を提供いただいたMr D.C.Ruleに感謝する.また,図753,754はG.B.Winter教授とMr F.J.Hill著の『Paediatric Dentistry.2版,Braham and Morris編,Williams and Wilkins社,Baltimore』から引用した.

訳者序文

 歯内療法学の歴史をたどると,古くは歯の痛みからの逃避を求める手技であったものが,しだいに根治療法(原因除去療法)としての概念が確立し,今日へと発展してきた.とくに過去20〜30年間の歯内療法学の進歩は著しく,これまで行われてきた経験的な治療手技に対し,疾患の原因と結果の因果関係が明確にされたうえで,治療の概念が確立され,また効果的なさまざまな治療法が提案されてきた.
 最近の歯内療法学の進歩あるいはその変遷を知る手がかりの1つとして,歯内療法学の教科書,バイブルとして知られる『Grossman's Endodontics』があげられる.この本は,歯内療法学を始める者は一度は手にする教科書であるが,1947年に初版が発刊されて以来,1988年には11版が発刊されている.その間,実に40年を経過しており,初版から各改訂版に頁を進めると,この間の歯内療法学の発展を目にすることができる.
 本書は,このように発展した歯内療法学のもっとも新しい概念“modern endodontic concept”に基づいて構成されており,今日の欧米の,とくにヨーロッパで採用されている診断と治療法について,カラー写真とイラストを中心に解説している.
 歯の硬組織,歯髄および歯周組織に発生する疾患の治療学を意味する歯内療法学は,英語ではendodontologyまたはendodonticsとよばれ,前者は歯内療法学の科学を,後者は歯内療法学の科学と治療手技を意味している.
 歯内療法を掲げる多くの教科書・参考書が,疾病の成立機転などの免疫応答,すなわち歯内療法学の科学の解説にかたより,そのために治療の現場で必要な臨床手技に欠けるものが多い.本書はこれら科学の記述を可及的に割愛し,臨床手技を中心に構成している.すなわち,第1〜3章で歯内療法の概念と診断項目について解説し,第4章から終章までを,今日,確立された歯内療法の治療技術について述べ,さらに薬品・材料の取り扱いまで詳しく解説している.
 とくに本書の特長は,その記述方式の大部分を,臨床の治療の実際についてカラー写真とイラストを中心に解説する,MOOK形式を採用していることで,まさにチェアサイドでの臨床教育を目指している.そのため歯内療法の臨床を理解するためにはよき教科書であり,これから臨床研修を開始する人にとっては毎日の症例のガイドブックとなるものである.また第一線で活躍中の臨床家にとっては,今日の治療技術を理解するための生涯研修の参考書として適している.
 この優れた良書を紹介し,これを普及することは日本の歯内療法学の進歩発展に益するところ大と考えC今日,歯内療法学の領域でリーダーシップをとっている3人の教授が中心となって翻訳を行った.なお,その作業にあたっては,それぞれの大学の若手,小森規雄,浅井勝久,山口正孝氏のご協力を得たことに感謝します.
 1995年4月20日 斎藤 毅 西川博文 中村 洋
1.エックス線写真撮影……1
  エックス線写真撮影設備……1
  ゼロラジオグラフィー……6
  安全性……6
  エックス線写真の現像……8
  口内法根尖部撮影のテクニック……11
  正常な解剖学的特徴……14
  歯性病変に由来する透過像……18
  歯根(尖)病変に由来しない透過像……22
2.歯髄の組織学……23
  歯の発生……23
  歯髄……25
  歯髄の石灰化……28
  歯髄の炎症……29
  根尖歯周組織の炎症……29
3.診断と治療計画……30
  診断……30
  患者の病歴……30
  臨床診査……33
  診断のための諸検査……35
  治療計画……41
  歯内療法の適応症……41
  歯内療法の禁忌症……43
  問題を起こしやすい部位……47
  歯内療法の治療順序……50
4.麻酔……51
  麻酔薬……51
  局所麻酔……51
  歯間乳頭部の注射……51
  歯根膜内注射……52
  骨内注射……52
  膿瘍切開のための無痛法……54
  歯根尖切除中に麻酔が覚醒したとき……54
  根管内の残髄……54
  伝達麻酔で麻酔効果が得られない下顎有髄歯の問題点……55
  失活剤……55
  無痛的麻酔術式……55
5.基本的器具と材料……56
  手用器具……57
  機械駆動装置……60
  螺旋状の根管用フィラー……61
  バー類……62
  器具の保管システム……63
  トレーシステム……64
  滅菌……65
  根管計測器具……67
  根管洗浄(清掃)……70
  根管の貼薬……71
  根管シーラー……72
  根管充填用のペースト……74
  スプレッダー,プラガー,ヒートキャリア……74
6.ラバーダム防湿法……76
  ラバーダム防湿は歯内療法に必須条件か?……76
  ラバーダムを装着するのにどれぐらい時間がかかるか?……76
  ラバーダム装着の前準備……77
  どんなクランプを使用すべきか?……78
  ラバーダム……79
  ラバーダムの装着術式……80
  装着が問題となる場所……83
7.緊急患者の処置……88
  歯髄炎……88
  根尖膿瘍……89
  歯内療法処置に伴う疼痛……91
  根管形成後に生じる痛み……91
  根管充填後の痛み……91
  象牙質から歯髄に達する亀裂……93
  外傷……94
  歯冠の破折……95
  歯根の破折……97
  脱臼および脱落歯……98
8.髄腔開拡……100
  髄腔開拡の原則……100
  髄腔開拡のための切削……102
  髄腔開拡の最終的形態……103
  上顎……103
  下顎……104
  根管口の位置……106
  髄腔開拡時に陥りやすい失敗……108
9.根管の解剖……111
  上顎歯の根管の解剖学……116
  下顎歯の根管の解剖学……120
10.根管形成の前準備……125
  充填物の除去……125
  歯周組織の診査……125
  脆弱な咬頭の削除……127
  メタルバンド……127
  ポストクラウン……130
  クラウン……131
  ブリッジ……132
11.根管形成……133
  目的……133
  太い器具に変える際の問題点……133
  歯髄組織の除去……135
  根管の穿通……135
  根管長の決定……135
  偏心投影法……138
  ステップバック形成法……138
  彎曲根管のアンチカベチャーファイリング……141
  洗浄……142
  貼薬……142
  仮封……142
  咬合のチェック……143
  亜音速波(サブソニック)および超音波を使用した切削器械……143
  超音波根管形成法……143
12.根管充填……145
  目的……145
  根管充填材……145
  根管充填の術式……147
  利用されている充填手法……148
13.水酸化カルシウム……162
  覆髄……162
  間接覆髄のテクニック……162
  直接覆髄のテクニック……163
  歯根未完成永久歯における深在齲蝕の処置……163
  歯髄切断……164
  歯髄切断のテクニック……164
  感染根管における充填剤としての水酸化カルシウムの応用……164
  脱臼歯の再植後にみられる外部吸収に対する水酸化カルシウムの効果……165
  根未完成無髄歯における根尖閉鎖の誘導……168
  壊死歯髄を有する歯根未完成歯の治療手順……168
  感染根管の治療における水酸化カルシウム糊剤……169
  内部吸収……170
  歯科矯正治療後の吸収……170
  Biocalex……170
14.乳歯……176
  歯内療法……176
  歯髄病変の診断……176
  乳歯の形態学……176
  歯髄処置の術式……177
  経過観察……180
  外傷……183
  継発症……184
15.外科的歯内療法……186
  根尖切除術……186
  再植の術式……204
  ヘミセクション……210
  小臼歯化(バイカスピダイゼーション)……214
  再植あるいはヘミセクションに必要な器具……216
16.いわゆる歯内歯周疾患……217
  分類……217
  class1:歯内疾患が原因で歯根膜から排膿を認める病変……217
  class2:歯内疾患が原因で二次的に歯周疾患を併発した病変……220
  class3:原因が歯周疾患による病変……222
  class4:原因は歯周疾患で,二次的に歯内疾患を併発した病変……224
  根管治療と歯根切除……227
  根管治療のタイミング……227
17.歯根吸収……229
  定義……229
  吸収の型……229
  外部吸収……229
  内部吸収……235
  鑑別診断……236
  内部吸収の治療法……237
  外部吸収の治療法……239
18.根管内閉鎖物の除去……241
  器具の破折―その予防と除去法……241
  ポストの除去法……246
  根管充填材の除去法……247
19.漂白法……249
  漂白の基本概念……249
  漂白法の術式……249
  器具,薬剤……249
  変法……250
  漂白後の修復操作……251
  変色の防止……251
20.根管治療後の歯冠の修復……252
  前歯の修復……252
  ポストのための根管形成……253
  ポスト/コアシステム……253
  ポストクラウンのための根尖封鎖……254
  アピカルチップ法の術式……255
  根尖部にシルバーチップを使用した症例……255
  パラポストシステム……257
  C.I.キット……257
  Wiptamテクニック……257
  歯根離開歯の直接法による鋳造ポスト/コアの作製法……258
  既製のポスト/コアシステム……259
  根管充填直後の歯冠修復……260
  ピン・スクリューを使用したときの問題点……260
  金属ポストを囲むコア……261
  歯冠修復の種類……261
  前歯抜歯後の応急処置……262
21.将来の歯内療法学の展望……264

参考文献……265
器具・薬品会社一覧……266
和文索引……269
欧文索引……277