やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序章 はじめに
 本書は『歯界展望』の連載(2018年4月号〜2019年3月号,全12回)をベースに,連載時には誌面の都合で割愛した症例等,加筆して再構成したものである.そもそも筆者が「舌診」について執筆することとなったきっかけは,小出 馨先生(日本歯科大学名誉教授)からの勧めである.筆者は以前から舌に注目していた.というのも,長年師事していた故 下川公一先生(北九州市小倉北区・下川歯科医院)が,臨床,特に咬合治療における舌の役割について,常日頃から強調されていたからである.
 また,「食べられる口作り」の実践で著名な黒岩恭子先生(神奈川県茅ヶ崎市・村田歯科医院)も以前より舌に着目され,ご自身の口腔ケアプログラムの中に舌のリラクゼーションを取り入れておられる.さらに,小出先生が主宰されている日本臨床歯科補綴学会(JCPDS)の基本8カ月コースを受講する中で,口腔機能が全身に及ぼす影響と,舌を知ることの重要性を再認識させていただいた.
 日々の歯科臨床において,舌を見る(目にする)機会は多く,意識して舌を診ている臨床家も多いと考えられ,筆者もその一人である.舌は患者の様々な情報を与えてくれる.体調,服薬の状況,摂食嚥下の状態はもちろんのこと,補綴処置の基準及びその予知性,さらには体幹の捻れ等,顎位に大きく関わる項目についても,である.
 従来から医科では,舌を診ることが診断の大きな論拠となっていた.しかし,各種検査診断用機器の発達とデータの利用により,臨床の場で舌診を必要とする場面が少なくなっているようである.一方,これまで歯科では齲蝕に対する修復処置,歯周病に対する治療,欠損補綴の時代が長く続き,患者の体調を考慮する場面も今日ほどはなかったようである.
 しかし,日本が超高齢社会を迎えた昨今,歯科医療が期待される場面は大きく様変わりしようとしており,人口比率の変化からも歯科医療のサービス提供体制の変革が急務となっている.それはすなわち「各ライフステージや身体の状況に応じた,きめ細かい歯科保健サービスへの転換」を意味する.
 事実,クリニックへ来院される患者も高齢化が進んでおり,その多くが何らかの疾病を有し,処方薬や市販薬,サプリメントを服用している.お薬手帳,血液検査の数値,詳細な既往歴が記載された紹介状を持参される患者も以前より多くなっているものの,まだまだ少数派であり,日によって体調の変動が激しい患者も珍しくない.すなわち,機能回復を行うにあたり,患者の全身状態を把握しながら治療を進めることが求められる時代になったと思われる.さらに,口腔のリハビリテーションが例えば脳血管疾患患者の全身のリハビリテーションにも多大な恩恵をもたらすことは,医科ではもはや周知のこととなっている.いわゆる摂食嚥下のリハビリテーションの立場からも,舌の機能が注目されている.
 前述の通り,書籍化に際しては,連載では誌面の関係上,割愛せざるを得なかった内容や説明不足と思われる記述等を補完し,より読者の皆様に理解しやすい内容を心がけた.また,舌を理解するには解剖学,組織学,生理学等,基礎的事項の理解が不可欠であるが,まとめて記述するとボリュームが大きく,ともすると「大事なのはわかっちゃいるが退屈」な項目になってしまう危惧がある.そこで,基礎的な知識があった方が理解が深まりそうな箇所で適宜分散して詳述することとした.加えて,掲載の順序を変更することで,読み進めやすくしたつもりである.本書が,何らかの形で読者の皆様の参考になれば幸甚である.
 巻頭付録 患者の全身状態等を表す様々な舌の状態
序章 はじめに
第1章 「舌診」について
 舌を診ることの重要性
 東洋医学における舌診
  1.八綱弁証
  2.気血津液弁証
  3.臓腑弁証
 東洋医学における舌診の実際
 舌の変化
  1.舌質の変化
  2.舌の形態
  3.舌苔の変化
  4.舌苔の厚み等(苔状)
  5.舌質の色調
第2章 舌質を診る
 舌のアウトライン
 舌の色
 舌の組織
  1.茸状乳頭
  2.糸状乳頭
  3.葉状乳頭
  4.有郭乳頭
 舌粘膜は消化管の延長?
 血液循環:血管の構造と機能
 舌の血管走行
 舌の色は体液循環系の変化を表す
  1.インフルエンザ
  2.血行不良(1型糖尿病)
  3.血行不良(冷え性,ストレス)
  4.ビタミンB12,鉄欠乏性貧血
 舌深静脈
 舌の大きさ
 舌の肥大
  1.体の水分の過不足
  2.過剰な塩分
  3.体の冷え
  4.筋力の低下・運動不足(代謝の低下)
  5.生理や妊娠
  6.病気,薬剤の副作用
 舌の痩せ
 むくみに大きく関わるリンパ
  1.リンパを流す原動力
  2.リンパが流れる速度
  3.リンパの量
  4.全身に対する頭頸部のリンパ節の数と分布
  5.リンパの流れとむくみ
 舌のリンパ系
  1.舌尖
  2.舌体辺縁
  3.舌背中央
 リンパの流れを良くする「べろ回し体操」
  1.頭頸部のリンパの流れを司っているのは?
  2.首のむくみから二重あごに関わるリンパ節
第3章 舌苔
 舌苔の形成
 舌苔の色
 舌苔の付着部位
 舌苔の除去
 コラム「舌苔と新型コロナウイルス」
第4章 舌背の模様
 唾液:唾液腺の構造と機能
 溝状舌
 地図状舌
 力の因子:パラファンクションによる影響
 感染症による舌の変化
第5章 舌に現れる治療薬の影響
 関節リウマチ
 関節リウマチの治療
  1.抗リウマチ薬
  2.ステロイド
  3.骨粗鬆症治療薬
  4.降圧薬
 多剤服用の影響
第6章 舌の知覚
 帯状疱疹
 舌痛症
 舌の神経支配
  1.味覚
  2.触覚
  3.ペンフィールドの脳地図
 味覚障害
  1.薬剤性味覚障害
  2.突発性味覚障害
  3.亜鉛欠乏性味覚障害
  4.心因性味覚障害
  5.風味障害(嗅覚障害)
  6.全身性味覚障害
  7.口腔粘膜疾患
  8.末梢神経障害
  9.中枢神経障害
  10.放射線治療
第7章 口腔リハビリテーションと舌
 舌の解剖
 摂食嚥下のモデル
 リハビリテーションと舌
 廃用症候群(生活不活発病)と舌
 舌のストレッチ
 口腔機能を引き出すための姿勢調整
 表情筋と舌のストレッチの効果
第8章 歯科補綴臨床と舌
 絞扼反射と舌
 発音障害と舌
 その他の感覚と舌
  1.パラタルプレートの設定
  2.挺舌時の舌尖の偏位
 顎口腔系の不調和を引き起こす要素
  1.咬合
  2.顎関節
  3.頭位の側屈
  4.体幹の捻れ
 咬合の不調和と下顎の関係
 コラム「筋伸張反射」
 症例(1) 頭位の回旋による舌の歪み
 コラム「“その場足踏み”の効果とは?」
 症例(2) 挺舌時の舌の右側偏位
 症例(3) 咀嚼筋痛障害及び関節円板位置異常
 コラム「舌撮影のススメ」
第9章 舌診チェックリスト
 舌質
  1.大きさ
  2.色(赤み)
  3.色(青み)
  4.舌深静脈
  5.模様等
 舌苔
  1.厚みと色
  2.TCI
 舌の動き・左右差等
 その他:服薬,動き・感覚
 症例:チェックリストを用いた舌診例
  1.体調悪化時
  2.体調回復時

 本書のあとがき
 索引