やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊にあたって
 1970年代の後半に藤田欽也により日本国内で開発された世界初の歯列内側器械的矯正法は,1980年初頭に米国内でもLingual Orthodonticsとして発表され,リンガル矯正臨床の先駆者となった.これは,1970年代にボンディング法が開発されたことにより,歯の舌側面にも外からみえないアタッチメントを装着することが可能となった理由による.理論上,ブラケットを唇舌面のどちらにつけても歯を三次元的に移動させることは可能である.しかし,リンガルブラケット矯正の場合はブラケット間距離が短く,アーチワイヤーのレジリエンスが相対的に低いので,ただでさえ狭い歯列弓内で細かい調整を頻繁に行う必要性があった.そのため,治療技術は困難で,期間も費用もかかり,さらに患者の不快感の増大という問題から,米国では矯正歯科医側の需要が急速に低減したといわれている.
 他方,ヨーロッパや日本,韓国ではリンガルブラケット矯正の普及が緩やかであったため,着実な技術革新がなされながら発展し,近年では従来のラビアルブラケット矯正と変わらぬ治療結果が得られるようになっている.また最近では非常に数多くの若い矯正歯科医がこのリンガルブラケット矯正に興味をもつ割合が増えていると実感している.事実,日本舌側矯正歯科学会の会員数は600名を超えて増加中であり,世界の関連学会のなかでも会員数最多の学会である.
 これらの需要を背景に,筆者らは過去に,『リンガルブラケット矯正法 審美的矯正の基礎と臨床』(2009年)と『臨床の疑問に答える! リンガルブラケット矯正Q&A 60』(2015年)を執筆した.しかし,リンガルブラケット矯正も近年,目を見張る発展を遂げており,CBCT等による矯正診断工学の向上,CAD/CAM技術による精密・正確なカスタムリンガルブラケット,装着用トレー,アーチワイヤーの製作,セルフライゲーティング化,矯正治療の適応症を拡大した歯科矯正用アンカースクリューの開発・応用が大きく寄与している.
 以上のことから,リンガルブラケット矯正の歴史や基礎理論を踏まえたうえで,さらなる発展形としてリンガルブラケット矯正の臨床実践に焦点を絞った成書が必要と考え,執筆したのが本書である.筆者らの豊富な臨床経験をあますところなく書き込んでいる.是非,明日からの臨床に役立てて欲しい.
 令和2年12月
 編著者を代表して
 居波 徹
I 概論
 1.リンガルブラケット矯正―世界の関連学会の現状(居波 徹)
 2.リンガルブラケット矯正法の長所(居波 徹)
 3.リンガルブラケット矯正法の短所(居波 徹)
 4.リンガルブラケット矯正法の難易度(居波 徹)
II 診断学
 1.リンガルブラケット矯正の診断と治療計画(居波 徹,椿 丈二)
  1)患者のニーズを捉えた初診相談
  2)問診と医療面接
  3)診査と分析による患者データベースの作成
  4)診断
  5)リンガルブラケット矯正におけるインフォームドコンセントの特徴
  6)診断におけるEBMとNBM
   Column CBCTを用いた三次元画像解析とシミュレーションの応用
 2.リンガルブラケット矯正の治療の流れ(居波 徹,佐奈正敏)
 3.リンガルブラケット矯正のバイオメカニクス(佐奈正敏,吉田哲也)
  1)材料の特性について
  2)回転中心と抵抗中心について
  3)モーメントについて
  4)トルクの発現について
  5)歯軸と切縁の位置関係について
  6)ボーイングエフェクトについて
  7)固定について
  8)臼歯におけるバイオメカニクス
  9)レベリング時の歯の動きについて
  10)ループメカニクスとスライディングメカニクスについて
  11)アンカースクリューの併用について
 4.ハーフリンガルブラケット矯正法(居波 徹,吉田哲也)
  1)ハーフリンガルブラケット矯正法のメリット
  2)ハーフリンガルブラケット矯正法の注意点
   治療例1
   治療例2
 5.アンカースクリューを用いたリンガルブラケット矯正(宮澤 健,佐奈正敏)
  1)アンカースクリューの変遷
  2)リンガルブラケット矯正におけるアンカースクリューの特徴
  3)リンガルブラケット矯正におけるアンカースクリューの利点
  4)リンガルブラケット矯正におけるアンカースクリューの欠点
  5)リンガルブラケット矯正におけるアンカースクリューの植立
  6)リンガルブラケット矯正におけるアンカースクリュ-を応用したフォースシステム
  7)アンカースクリューの適用
   Column リンガルブラケット矯正におけるアンカースクリューを用いた治療法の今後
III 治療学
 1.ラボワーク(居波 徹,佐奈正敏)
  1)ラボワークの必要性
  2)セットアップモデルの製作
  3)セットアップモデルを用いたインダイレクト法
  4)フルカスタムリンガルブラケット矯正装置とデジタルセットアップ
   Column TARGを用いたラボワークの手順
 2.リンガルブラケット装置の種類と特徴(相澤一郎,重枝 徹)
  1)各種ブラケットの特徴
  2)装置の選択
 3.リンガルブラケット矯正のアーチ形態とアーチワイヤーの種類(相澤一郎,椿 丈二)
  1)代表的なアーチワイヤーの特性
  2)ワイヤーの選択
  3)ワイヤーサイズとブラケットスロットの関係
   Column スライディングに対するアーチワイヤーとブラケットサイズの影響
 4.他の矯正装置の併用(相澤一郎,重枝 徹)
  1)おもに前処置として使用する装置
  2)同時に使用する装置
 5.治療時に使用する器材
  1)接着剤(重枝 徹,椿 丈二)
  2)結紮線,ツイストタイ(相澤一郎,重枝 徹)
  3)エラスティックチェーン(相澤一郎,重枝 徹)
  4)エラストメトリックモジュール(相澤一郎,重枝 徹)
  5)エラスティックスレッド,エラストメトリックチューブ(相澤一郎,重枝 徹)
  6)エラスティック(相澤一郎,重枝 徹)
  7)リンガルボタン(相澤一郎,重枝 徹)
  8)ワイヤースリーブ(相澤一郎,重枝 徹)
  9)コイルスプリング(相澤一郎,重枝 徹)
  10)フック(クリップタイプ)(相澤一郎,重枝 徹)
  11)ミニブラケット,2Dブラケット(相澤一郎,重枝 徹)
  12)防湿材料(相澤一郎,重枝 徹)
  13)プライヤー(佐奈正敏,吉田哲也)
  14)その他の器具(佐奈正敏,吉田哲也)
   Column スポットウェルダー使用のテクニカルヒント
 6.ブラケットの装着・撤去
  1)装着手順(佐奈正敏,重枝 徹)
   Column クロスオーバーテクニック
  2)ブラケットの再装着(佐奈正敏,重枝 徹)
  3)装置の撤去(ディボンディング)(相澤一郎,椿 丈二)
  4)ブラケット装着時に考慮すること(佐奈正敏,重枝 徹)
 7.患者管理
  1)ブラッシング指導(相澤一郎,佐奈正敏)
   Column 食物残渣
  2)急患対応(相澤一郎)
   Column フルカスタムリンガルブラケット矯正装置を装着した患者のブラケット脱落の評価(居波 徹)
 8.リンガルブラケット矯正とホワイトニング(椿 丈二)
  1)リンガルブラケット矯正中のホワイトニングと注意点
  2)矯正治療後のホワイトニング
  3)シェードの決め方
 9.保定(椿 丈二,吉田哲也)
  1)長期安定性の要因
  2)保定装置の設計
  3)保定期間
  4)第三大臼歯の処置
 10.タイポドント(佐奈正敏)
IV 症例
 I級 非抜歯 空隙歯列(居波 徹)
 I級 非抜歯 叢生(椿 丈二)
 I級 抜歯 叢生(佐奈正敏)
 I級 抜歯 上下顎前突(重枝 徹)
 I級 抜歯 叢生(相澤一郎)
 II級div.1 非抜歯(相澤一郎)
 II級div.1 片顎抜歯(椿 丈二)
 II級div.1 片顎抜歯(吉田哲也)
 II級div.1 上下顎抜歯(椿 丈二)
 II級div.1 ハイアングル(居波 徹)
 II級div.1 外科的矯正(佐奈正敏)
 II級div.2 非抜歯(相澤一郎)
 II級div.2 片顎抜歯(居波 徹)
 II級div.2 片顎抜歯 過蓋咬合(吉田哲也)
 III級 非抜歯(相澤一郎)
 III級 非抜歯 反対咬合(重枝 徹)
 III級 抜歯(佐奈正敏)
 開咬 非抜歯(居波 徹)
 開咬 抜歯(居波 徹)
 開咬 抜歯 叢生(重枝 徹)
 過蓋咬合 非抜歯(吉田哲也)
 過蓋咬合 非抜歯(相澤一郎)
 過蓋咬合 抜歯(相澤一郎)
 過蓋咬合 外科的矯正 非抜歯(椿 丈二)
 側方異常 鋏状咬合(椿 丈二)
 側方異常 外科的矯正(居波 徹)
 成長期 II級div.1 抜歯(居波 徹)
 包括的治療 機能性下顎前突(佐奈正敏)

 参考文献
 索引