やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 口腔内だけでなく体調もよくなったような気がする──読者の皆様は,歯科治療を終えた患者から,こんな言葉をもらった経験はありませんか?「Yes」の方が少なからずいらっしゃるのではないでしょうか? 私は35年間,「咬合と全身」を見つめて臨床をしてまいりました.私が何によって導かれ,このテーマを自身の歯科臨床の目指すところとしたか──,まずは私自身の体験談を書かせてください.
 私は28歳のとき,自分の口腔内のインレーを3か所高くするという「実験」をしたことがあります.高さの合わないインレーを装着した患者の気持ちを体験することが目的でしたが,その違和感は想像以上のものでした.
 その違和感も徐々に薄れて数か月が経った頃,私の身体に異変が起こりました.最初は身体のだるさ,それから肩こり,悪寒,止まらない鼻水,そして喘息など,健康だった身体がまるで嘘のように壊れていきました.「インレーが原因では?」と思って高さを修正しましたが,一度壊れた身体はなかなか元には戻りません.体調を回復させるために西洋医学だけでなく,カイロプラクティック,鍼灸,漢方などさまざまな医療を試してみましたが,思うように改善せず,絶望と不安に満ちた5年間を過ごしました.この5年間のきっかけを作ったのも,終止符を打ってくれたのも「咬合」でした.
 この体験以前の私は,臨床において「全身」に意識を向けることはありませんでした.
 しかし,この体験後は,
 ・この患者の全身症状は「咬合」と関連していないか?
 ・自分の行う歯科治療が「全身」にどう影響を与えているのか?
 ・そして「全身」によい影響を及ぼす「咬合」とは何か?
 といった問いかけを常に念頭に置いて,日々の臨床に向き合うようになりました.
 本題に入る前に,はっきりさせておきたいことがあります.私は「咬合を改善すれば,全身症状もよくなる」と申し上げているのではありません.「咬合と全身の関係」はまだ科学的に裏付けられておらず,基礎と臨床でデータの量的分析や無作為臨床試験を行うことが必要で,それは私のような一歯科医師だけでできることではありません.
 現在,口腔と全身との関係は玉石混交の時代だと思います.しかし,臨床的結果はどんどん出てきています.患者は日々,昔の私のように,いろいろと悩み苦しんで「医院巡り」をしています.
 本書では,私の臨床の一片を紹介させていただきます.拙著が「咬合と全身」を巡る議論の広がりにつながり,研究者たちの手で「咬合と全身」についてさらに検証が進められるきっかけになれば幸いです.
 令和2年9月
 武内久幸
 咬合の5大因子と10の要点とは
 咬合診断の方法
咬合の5大因子
 垂直的顎位
  Case1 矯正治療で咬合挙上
  Case2 臼歯部補綴で咬合挙上
  Case3 全顎補綴で咬合挙上
 水平的顎位
  Case1 左側の咬合挙上
  Case2 インプラントによる咬合の支持
  Case3 デュアルバイトへの対応
 ガイド
  Case1 前方・側方ガイド喪失
  Case2 開咬による前方・側方ガイド喪失
  Case3 左側方ガイド喪失
 咬合平面
  Case 咬合平面の不正
 力
  Case1 力の弱い口呼吸
  Case2 事故による破折
  Case3 頬杖が影響した疑い
  Case4 睡眠時態癖
  Case5 アブフラクション
  Case6 クレンチング(下顎隆起)
  Case7 クレンチング(歯根破折)
  Case8 インプラントアバットメント破折
  Case9 セメント質剥離
  Case10 クレンチング
咬合の10の要点
 早期接触
 咬合干渉,咬頭干渉
 咬合支持
 はまり込み
 顎関節への負担,耳への影響
 偏咀嚼,顔面の非対称
 筋拘縮(アンチリラクセーション)
 姿勢の歪み
 非歯原性歯痛(不定型歯痛)
 ストレス,認知行動療法

 Column口の健康・全身の健康
  健康と歩行(西島 壮)
  咬合・顎位と睡眠(田賀 仁)
  理学療法の必要性(下條 茂)

 筆者の臨床成績
 文献
 索引