やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 人口の高齢化が進み,医療費・介護費の高騰が叫ばれるなか,歯科は60歳代をピークに受診患者を大きく減少させています.その理由の1つとして,人口の構成が大きく変わり,歯科疾患の構成も急激に変化していくなか,歯科はいまだに医院に来られる元気な人のみを外来診療の対象としているからというものがあります.
 加齢により足腰の衰えがみられるように,すべての人には加齢に伴う口腔機能の低下がみられます.そこで「噛みにくい」を訴えてきた患者に対して,その原因をすべて歯の欠損や義歯の不適合,咬合の問題と考え対応してきた歯科には,大きな転換が必要となってきています.つまり,噛めない理由は「年のせい」であり,「認知症のせい」であり,そうした原因があるのなら「残念ながら回復する余地は乏しい」と患者に伝える必要があるのです.
 外来診療室に訪れる高齢の患者のほぼすべては徐々に通院不可能になっていきます.日本人は平均すると女性で12年,男性で8年もの長い間,介護や人の手を借りて生活をしなければならない『不健康期間』と呼ばれる時期を過ごさなければなりません.そして,この期間こそが,私たち歯科が訪問診療で対応しなければならない時期です.この通院不可能な時期には口腔機能も併せて低下してきます.こうした患者をどう支えていくのか,歯科にとって喫緊の課題です.
 訪問歯科診療を始めると,さまざまな困難に遭遇します.外来診療室で行ってきた「良い義歯を作って噛めるようにする」といった歯科における勝利の方程式が効かなくなるのです.そして,私たち歯科が行う診療は時として,「これ以上は噛めない」と診断して,「噛まなくてもよい食事に導く」ということをしなければなりません.そして,そのときの診療目標は,「安全にしっかりと栄養を摂れるようにする」ということになります.施設や在宅への訪問の際に,多職種とともに対象者が食事をしているところを見ることが「ミールラウンド」であり,その所見を多職種で話し合い,よりよいケアプランやリハビリプランを提案するのが「カンファレンス」です.これに参加すると,新たな勝利の方程式がみえてくるはずです.
 さあ,食堂に行こう!食事を見よう!
 2019年9月
 菊谷 武
 巻頭折り込み:
  表面:本書をもとにしたミールラウンドとカンファレンスの進め方
  裏面:症状別の対応方法一覧
 執筆者一覧
 はじめに
 付録動画コンテンツについて
 経口移行・経口維持計画書様式例
1章 ミールラウンドとカンファレンスの意義と基礎知識
 1 そして今,僕は食堂にいる/ミールラウンドとカンファレンスって何をするの?(菊谷)
 2 関わる施設と職種を知ろう(菊谷)
 3 ミールラウンドと諸制度(高橋)
 4 ミールラウンドでみられる症状と対応法(菊谷)
 2 高齢者施設の各職種との付き合い方―ミールラウンド成功の心得(菊谷)
2章 ミールラウンドで活躍するための視点
 1 食事摂取量低下の原因を考える(高橋)
 2 食事中の環境に注目する(高橋)
 3 食事中の姿勢や食事介助方法に注目する(高橋)
 4 食行動に注目する(高橋)
 5 咀嚼機能に注目する(戸原)
 6 嚥下機能に注目する(戸原)
 7 食形態に注目する(尾関)
 8 ミールラウンドを実施する際に活用できる嚥下機能評価法(菊谷)
3章 ミールラウンドの現場でやること
 1 口腔:歯科医療につなぐ―要介護高齢者における歯の意味(菊谷)
 2 口腔:口腔内に存在するリスクの捉え方(菊谷)
 3 口腔:運動障害性咀嚼障害の見方(高橋)
 4 口腔:原始反射の見方(高橋)
 5 全身:栄養状態のチェック(尾関)
 6 全身:薬の影響を考える(高橋)
 7 全身:身体機能をチェックしよう(菊谷)
 8 全身:認知症のタイプを知る(菊谷)
 9 食形態:食形態の基礎知識(菊谷)
 10 食形態:食形態の調整方法と指導の実際(尾関)
4章 ミールラウンド次の一手
 1 摂食嚥下機能の高度な検査のタイミングと依頼の方法(菊谷)
 2 利用者本人・家族にお願いすること(戸原)
 3 ミールラウンド後に利用者や家族,ケアスタッフからの疑問に答える(菊谷)
5章 歯科が関わったミールラウンド事例集
 1 家族が食形態の維持を望んだ事例(戸原)
 2 食内容の変更が体重増加につながった事例(高橋)
 3 認知症高齢者に対して食具の変更により自食を維持した事例(高橋)
 4 看取りに向けて食支援のギアチェンジを行った事例(高橋)
 5 行動提示がうまくいった事例(菊谷)

 コラム 食事量を考える(菊谷)
  食具と食の自立(菊谷)