やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 『すれ違い咬合の補綴』(尾花甚一監修,大山喬史,細井紀雄編,医歯薬出版,1994年)が発刊されて,四半世紀が経過しようとしています.にもかかわらず,今も「すれ違い咬合」は欠損補綴の中で難症例の最たるものと位置付けられており,臨床的難度は少しも軽減されておりません.
 私たちの講座は「すれ違い咬合」の名付け親でもある故尾花甚一先生を初代教授として,約50年前に開設されました.欠損補綴の臨床に軸足を置き,講座特有ともいえる義歯設計や独創的な治療術式,技工術式を考案,提唱されていました.
 尾花先生はご自身の臨床でもすれ違い咬合症例に非常に興味を持たれており,義歯の回転変位を抑制するために,最大限の支持能力を発揮するキャップクラスプや連続切縁レストに対して,過大なアンダーカットを利用した抗回転能の付与を試みていました.また,少しでも回転に対する抵抗源を増すため,粘膜支持を増強したリモールディング法を考案されました.さらに,尾花講座をあげて「すれ違い対策」に努め,改善策を試行したわけですが,完全に義歯の回転変位を止めることはできませんでした.
 すれ違い咬合では,欠損側隣接歯以外に歯根膜支持を求めることが困難なため,回転に抵抗する最大限の把持と維持が求められます.しかしながら,咬合力を相殺し回転を抑制できる把持力,維持力を支台装置に求めることはきわめて難しく,これが難症例たる所以です.
 当時,尾花先生はインプラント治療には懐疑的で否定的な立場を取られていました.しかし臨床で義歯の不可避な回転変位に直面されたときには,「もしインプラントの信頼性が高まれば,すれ違い咬合やコンビネーションシンドロームに対して上顎前歯部にインプラントを埋入し,下顎の突き上げを防止するために使用するだろう」と話されていました.可撤性補綴の難症例に対しては,インプラント支持が有効であることを当時より示唆されており,インプラントの高い信頼性を確認されたのなら,インプラント支持パーシャルデンチャーの設計を望まれたのかもしれません.
 本書は,『すれ違い咬合の補綴』発刊以来,私たちが検討してきた「すれ違い対策」をまとめたものです.これまでに進化した設計・製作法と最新のすれ違い対策を提唱し,インプラントを含めた義歯の動揺(回転変位)を抑制するための考え方と実際の臨床術式を提示し,現場におけるすれ違い咬合対策を再考してみました.本書がすれ違い咬合症例だけでなく,パーシャルデンチャーによる欠損補綴全般の臨床に役立つことを希望します.
 2019年 初春
 大久保力廣
CHAPTER 1 パーシャルデンチャーにおける難症例
 (1)パーシャルデンチャーの難症例は増加する
 (2)難症例の病態と特徴
 (3)「すれ違い咬合」の病態と特徴
CHAPTER 2 パーシャルデンチャー難症例の基本的考え方と臨床術式
 (1)義歯の動きと設計指針
  パーシャルデンチャーに加わる力への対応
   ・パーシャルデンチャーの支持様式
   ・遊離端義歯の動き
   ・義歯に加わる力の制御と設計のポイント
   ・設計手順
   ・すれ違い咬合における義歯の動きと設計のポイント
  確実な支持・把持・維持を得るための前処置
   ・ガイドプレーンおよびレストシートの形成
   ・支台歯の歯冠修復(サベイドクラウン)
   CLINICAL HINTS 連結強度
   CLINICAL HINTS 支台歯間線を考慮した設計
   case 1 レストによる咬合関係の改善
   case 2 歯根膜支持と粘膜支持をできるだけ増強する
 (2)印象採得
  パーシャルデンチャーの印象採得の考え方
  個人トレーを用いる方法
  咬合印象
  オルタードキャストテクニック
  複製義歯を用いる印象法
  機能的咬合印象法(FBIテクニック)
   CLINICAL HINTS 金属床義歯の使用金属
  ピエゾグラフィー
   ・機能時のデンチャースペースの変化
   ・ピエゾグラフィーで利用される発音
   ・ピエゾグラフィーに使用される材料
   ・臨床術式
   CLINICAL HINTS ピエゾグラフィー採得時の注意点
   case 3 すれ違い咬合に対してデンチャースペースを考慮したインプラントオーバーデンチャー症例
   CLINICAL HINTS ピエゾグラフィックトレーと人工歯排列
 (3)咬合採得
  パーシャルデンチャーにおける咬合採得の考え方
  咬合床の工夫
  咬合採得の精度向上
   ・前後すれ違い咬合
   ・左右すれ違い咬合
   ・複合すれ違い咬合
  すれ違い咬合における咬合採得のポイント
    1)咬合を繰り返し確認する 2)咬合採得を複数回行う 3)義歯は片顎ずつ製作する
    4)診断用義歯を活用する 5)咬合印象を採得する
   case 4 咬合挙上症例の咬合採得:デンチャースペースが不足している症例の咬合床
 (4)ろう義歯試適
  ろう義歯は完成義歯に限りなく近い形態にする
  正中や歯頸線,人工歯排列位置の確認
  根面アタッチメント使用時の排列
 (5)強力な支持機能を有する支台装置
  キャップクラスプ
   ・基本的なキャップクラスプ
   ・鉤腕付きキャップクラスプ
   ・キャップクラスプの内冠
   ・キャップクラスプの利点と欠点
   CLINICAL HINTS キャップクラスプの顎関節症治療への応用
 (6)把持機能を高める空隙の利用
  後処置によるシンギュラムレスト
  連続シンギュラムレスト
   CLINICAL HINTS 大連結子の選択
  鼓状形態の空隙による把持効果
   case 5 鼓状形態の空隙により最大限の把持を得る
CHAPTER 3 すれ違い咬合の治療方針と設計指針
 (1)前後すれ違い咬合
  前後すれ違い咬合の特徴
  前後すれ違い咬合の問題点とその対応
   ・問題点
   ・対応
   case 1 対咬するレストの接触ですれ違いを阻止した症例
   case 2 咬合面を金属で一体化することにより安定を図った症例
 (2)左右すれ違い咬合
  左右すれ違い咬合の特徴
  左右すれ違い咬合の問題点とその対応
   ・問題点
   ・対応
   case 3 金属床義歯で咬合平面の傾斜を改善した症例
   case 4 インプラントパーシャルデンチャー(IRPD)で対処した症例
 (3)複合すれ違い咬合
  複合すれ違い咬合の特徴
  複合すれ違い咬合の問題点とその対応
   ・問題点
   ・対応
   case 5 レジン床義歯で対処した症例
   case 6 クラスプ義歯から内冠付きキャップクラスプ義歯に変更した症例
   case 7 オーバーレイ化し義歯の脱落を防止した症例
   CLINICAL HINTS 補強線とフレームワーク構造
 (4)頬舌すれ違い咬合
  頬舌すれ違い咬合の特徴
  頬舌すれ違い咬合の問題点とその対応
   ・問題点
   ・対応
   case 8 義歯を介して咬合接触を確保した症例
CHAPTER 4 すれ違い咬合におけるインプラント治療の効力と限界
 (1)インプラント固定性補綴
   case 1 良好な経過が得られた複合すれ違い咬合症例
   case 2 経過不良となった前後すれ違い咬合症例
 (2)インプラントパーシャルデンチャー(IRPD)
   case 3 IRPDで良好な経過が得られた前後すれ違い咬合症例
   case 4 IRPD装着後,経過不良となった前後すれ違い咬合症例
 (3)インプラントパーシャルデンチャーの設計指針
  インプラントの埋入位置
   ・遊離端欠損部におけるインプラント埋入条件
  インプラントパーシャルデンチャーの臨床評価
  すれ違い咬合におけるインプラント埋入
   ・前後すれ違い咬合
   ・左右すれ違い咬合
  インプラントによる支持配分
   ・インプラント強支持型パーシャルデンチャー
   ・インプラント歯根膜支持型パーシャルデンチャー
   ・インプラント粘膜支持型デンチャー
  支台歯の適切な前処置
   ・ガイドプレーン
   ・レストシート
  義歯床外形
  義歯の強度
  アタッチメントの選択
   ・デンチャースペース
   ・維持力
   ・義歯の動きの許容性
  アタッチメントの臨床評価
   ・機能的・力学的評価,メインテナンス,患者満足度
   ・歯周組織評価
  アタッチメント使用時の注意点
  トラブルへの対応
   ・オーバーデンチャーの破折,人工歯の脱離
   ・インプラント周囲炎,骨吸収
   ・アタッチメントの破折,インプラントの脱落
   ・アタッチメントのトラブル
CHAPTER 5 すれ違い咬合以外のパーシャルデンチャー難症例
 (1)低位咬合
  低位咬合の口腔内所見
  低位咬合を補綴する際の問題点
   ・固定性補綴
   ・可撤性補綴
  補綴治療における咬合挙上の考え方
  咬合挙上の際の留意点
  低位咬合の基本的な処置方針
   CLINICAL HINTS 咬合高径の決定
   case 1 固定性補綴によるオーラルリハビリテーション
   CLINICAL HINTS 咬合挙上量の目安と経過観察期間
   CLINICAL HINTS 側面頭部X線規格写真
   case 2 パーシャルデンチャーによるオーラルリハビリテーション
   CLINICAL HINTS 治療用義歯による咬合挙上
   case 3 オーバーデンチャーによるオーラルリハビリテーション
   CLINICAL HINTS 形態計測法
 (2)審美性が求められる症例
  審美性が求められるパーシャルデンチャー難症例
  問題点とその対応
   ・問題点
   ・対応
   case 4 頬舌すれ違い咬合をジルコニアブリッジと金属床義歯で対処した症例
   CLINICAL HINTS 審美的観点からの前歯部支台装置の選択
 (3)顎補綴
   case 5 複合すれ違い咬合を伴った上顎欠損症例
   case 6 頬粘膜癌切除後の上下顎顎義歯症例
CHAPTER 6 装着後のトラブルへの対応
 (1)義歯の回転変位
  変位前に戻した位置でリライン
  フレームワークの分割,再接合
  支台装置の切断,レーザー溶接
  コンポジットレジンによる再適合
  オーバーレイ化
 (2)クラスプの破折
  クラスプのレーザー溶接
  クラスプの即日修理
  双子鉤の修理
 (3)その他の修理
  フレームワークの修理
  即時増歯修理
 (4)義歯のリフォーム
   case 1 義歯のリフォームを行った症例
CHAPTER 7 パーシャルデンチャー製作へのデジタル技術の応用
 (1)CAD/CAMによるパーシャルデンチャーの製作
  CAD/CAMフレームワーク
  デジタルパーシャルデンチャー
 (2)使用中の金属床義歯に合わせたクラウンの製作
   case 1 クラスプに合わせたクラウンをCAD/CAMにより製作した症例
 (3)義歯のデジタル化
  義歯の破損および紛失への緊急対応
  デジタルデュプリケートデンチャー

 文献
 索引