やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者まえがき
 本書は欧米における臨床医の間でとても評価の高いベストセラーである.若い研修医向けに書かれた本ではあるが,すべての臨床医に正統な臨床アプローチを提示する.この1冊で66症例のさまざまな臨床像を有する患者の診査,診断,治療・対処法,予防,そして鑑別診断の根拠まで,実に幅広い知識を与えてくれる.私のように30年以上の臨床経験を有する歯科医師にも襟を正させ,自己流の診断を修正してくれる書である.
 Case 1を例に挙げれば,数本の齲蝕を認める17 歳の若者に対して,(英国では)年齢的に自立する時期にあたり食生活が劇的に変化する可能性があることから,食事の状況を調べる優れた方法が提示される.そして患者が抱えるライフスタイルの問題の解決法も,とても説得力がある.単に一般的な齲蝕予防法を指導するだけでなく,患者の生活背景から検証し,その習慣を変える有効な指導としてなすべきことまで教示する,実践的な書である.
 主訴のフィステルを生じた失活歯に対しては,隣接歯との近心コンタクト部の歯冠が崩壊していることを注視し,歯の傾斜移動を指摘して,将来的な隣接歯のコンタクト部からのカリエス発生リスクにまで言及されている.また暫間補綴物の検証など,さまざまな側面からの詳細な考察は,多角的な臨床視点を与えてくれる.
 優れた歯科医とは,どのような問題を抱えた患者に対しても多くのリスクや臨床ファクターを踏まえてドグマを廃した診断が下せる者と言えよう.本書では,患者の主訴,既往歴と診査結果から可能性のある疾患をすべて挙げたうえで,排除すべき疾患の診断理由も述べられており,確定診断へ至る道筋を学ぶことができる.きわめて稀な疾患まで網羅されているので,診療室に1冊置いておきたい,いざという時に役立つ実践的な辞書のような存在にもなりうるであろう.
 日常臨床の疑問を解消するために,あるいは臨床研修で優れた視点を学ぶために,または勉強会でのディスカッションの対象に,さまざまな使い方ができる良書である.ぜひ,歯科医師としての実力をつけるために,本書を活用していただきたい.
 原著は英国において2010年に出版されているため,一部,日本とは実情の異なるところもあり,訳註という形で説明を加えた.読者の参考になれば,訳者一同,幸甚である.
 監訳者 古賀剛人


原著者まえがき
 前版からさほど時間が経っていないにもかかわらず,早くも第3版が刊行されたのは,読者とともに問題を解決していくという本書のスタイルが好評であることの証左である.初版,第2 版のまえがきでも述べたが,問題を解決する能力は手を動かすことで得られるのであり,書物を読むだけでは習得できない.本書は,読者の知識を再編成することにより,実際の臨床に役立つように構成されている.実際に臨床を経験して初めて問題解決の方法が身につくのであり,ほかに近道はない.
 第3版では新たに10症例が追加され,初版に比べるとほぼ倍の量となった.すべての章に全面的な改訂が加えられている.第2版が出てからの年月は短かったものの,その間に新しい指標や法律の改正,治療法の進歩があり,これらに対応するため広範囲に書き換えを行った.新たに追加された症例の内容も多岐にわたり,たとえば基本的な歯科診療もあれば,特別な対応を必要とする症例,小児に特有な問題などが掲載されている.これらが読者諸氏にとって興味深く有用なトピックスであれば幸いである.
 ありがたいことに,今回も多くの友人や仲間から寄稿していただいた.これまでの版と同様に,ほとんどの項は多くの人々の共同作業によってまとめられたものである.本書を完成させるために多くの執筆者たちが多大な労力と時間を要しているのだが,読者の方々はなかなかそれを実感できないかもしれない.しかし,彼らの協力と,さらには私の妻ウェンディ,そして子供たちの容認と支援があったからこそ,本書を刊行することができたのである.
 EW Odell
 監訳者まえがき
 原著者まえがき
 執筆者・訳者一覧
Case 1 多数歯齲蝕
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 2 多房性X線透過像…エナメル上皮腫
 (Eric Whaites and Edward W.Odell)
Case 3 予期せぬアクシデント…アナフィラキシーショック
 (Michael Escudier)
Case 4 歯肉退縮
 (Richard M.Palmer)
Case 5 未萌出の中切歯
 (Robert M.Mordecai)
Case 6 ダウン症の患者
 (Emma K.Mahoney)
Case 7 ドライマウス…シェーグレン症候群
 (Penelope J.Shirlaw and Edward W.Odell)
Case 8 痛みを伴う開口障害
 (Paul D.Robinson)
Case 9 広範な齲蝕病変…急性歯髄炎
 (Avijit Banerjee)
Case 10 歯肉の腫瘤…化膿性肉芽腫の鑑別診断
 (Anwar R.Tappuni)
Case 11 咬合痛…異常習癖によるクラック
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 12 義歯床の欠陥…レジン床と金属床にみられた小孔
 (Martyn Sherriff)
Case 13 突然の虚脱…麻酔薬投与後の意識消失
 (David C.Craig)
Case 14 治療に非協力的な子ども
 (Wendy Bellis)
Case 15 抜歯後の疼痛…ドライソケット
 (Tara F.Renton)
Case 16 口唇の麻痺
 (Nicholas M.Goodger and Edward W.Odell)
Case 17 歯の動揺…側切歯の内部吸収による歯根破折
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 18 上顎洞口腔瘻…上顎第一大臼歯抜歯による上顎洞炎
 (Tara F.Renton and Edward W.Odell)
Case 19 口腔内の潰瘍…再発性アフタ性口内炎
 (Penelope J.Shirlaw and Edward W.Odell)
Case 20 頸部の腫瘤…転移性扁平上皮癌
 (Nicholas M.Goodger and Edward W.Odell)
Case 21 根未完成中切歯の外傷
 (Mike G.Harrison)
Case 22 低血糖症
 (Michael Escudier)
Case 23 ティータイム時の歯の脱落…ビスホスホネート関連顎骨壊死
 (Alexander Crighton)
Case 24 問題のあるオーバーデンチャー…不適切な咬合高径
 (David R.Radford)
Case 25 下顎埋伏智歯
 (Tara F.Renton)
Case 26 学校からの電話…転倒による歯の完全脱臼
 (Mike G.Harrison and Evelyn Sheehy(Edward W.Odell))
Case 27 前歯部の変色…テトラサイクリン歯
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 28 口腔粘膜の激しい痛み…単純ヘルペスウイルス感染による歯肉口内炎
 (Penelope J.Shirlaw and Edward W.Odell)
Case 29 X線への警戒心…被曝の疑念を抱く患者への対応
 (Eric Whaites)
Case 30 これってどっちが悪いの?…義歯製作における技工所とのコミュニケーション
 (David R.Radford)
Case 31 痛っ!…ヘーベルを自分の足に落とした時の対処法
 (Guy D.Palmer)
Case 32 顔面腫脹と智歯周囲炎
 (Tara F.Renton)
Case 33 第一大臼歯…7歳児の深在性齲蝕の処置
 (Mike G.Harrison and Anna Gibilaro)
Case 34 口の中が痛い…苔鮮様薬物反応
 (Shahid I.Chaudhry and Edward W.Odell)
Case 35 どうしようもないブリッジ…インプラントによる修復
 (Richard M.Palmer)
Case 36 スケートボードで転倒?…児童虐待の可能性
 (Jennifer C.Harris)
Case 37 有害反応…局所麻酔による不快症状
 (Chris Dickinson)
Case 38 重度歯周炎
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 39 前歯の破折…交通事故による複数歯の破折と動揺
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 40 不安の強い患者…静脈内鎮静法の適用
 (David C.Craig)
Case 41 頬粘膜の水疱…類天疱瘡
 (Michael J.Twitchen and Edward W.Odell)
Case 42 この子を診てやってください…自閉症スペクトラム障害児の診療
 (Wendy Bellis)
Case 43 ブリッジの設計…4 を抜歯して矯正後に5 を喪失したケース
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 44 抗凝固薬服用患者の抜歯
 (Nicholas M.Goodger)
Case 45 舌の白斑(1)…白板症
 (Michael J.Twitchen and Edward W.Odell)
Case 46 舌の白斑(2)…早期の扁平上皮癌
 (Edward W.Odell)
Case 47 大臼歯の歯内療法…齲蝕による不可逆性歯髄炎
 (David Ricketts and Carol Tait)
Case 48 歯内療法の失敗…破折器具の除去
 (David Ricketts and Carol Tait)
Case 49 顔面の腫脹…歯性感染症による膿瘍
 (Tara F.Renton and Paul D.Robinson)
Case 50 上顎側切歯の先天性欠損…正中離開の審美的改善
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 51 前歯部反対咬合…8歳児の矯正治療
 (Robert M.Mordecai)
Case 52 難治性歯周炎?…ランゲルハンス細胞組織球症
 (Edward W.Odell)
Case 53 思いがけない所見…含歯性嚢胞
 (Eric Whaites)
Case 54 前歯部の空隙…部分床義歯による補綴治療
 (David R.Radford)
Case 55 口蓋の腫瘤…多形腺腫
 (Tara F.Renton and Edward W.Odell)
Case 56 第一大臼歯の急速な崩壊…エナメル質減形成
 (Mike G.Harrison)
Case 57 口腔の扁平上皮癌
 (Nicholas M.Goodger and Edward W.Odell)
Case 58 HIV感染患者の抜歯
 (Guy D.Palmer)
Case 59 開口制限…口腔粘膜下線維症
 (Wanninayaka M.Tilakaratne and Edward W.Odell)
Case 60 トゥースウェア(1)…胃食道逆流症を原因とする酸蝕
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 61 トゥースウェア(2)…酸性食品による前歯部の酸蝕に咬耗が加わった症例
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 62 歯痛…セメント質骨異形成症
 (Edward W.Odell and Eric Whaites)
Case 63 5歳児の顔面膨隆…ケルビズム
 (Eric Whaites and Edward W.Odell)
Case 64 頸部の腫脹と疼痛…顎下腺の唾石症
 (Michael Escudier,Jackie Brown and Edward W.Odell)
Case 65 歯内療法後の再発…根管の過形成,歯根破折,不適切な根管充填
 (David W.Bartlett and David Ricketts)
Case 66 頭痛…歯科疾患に関連する頭痛との鑑別診断
 (Tara F.Renton)

 索引