やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 看護・介護の専門家から「誤嚥性肺炎の予防のために口腔ケアは大切です」「口から食べることが栄養面でも食事を楽しむという面においても大切です」といわれることが多くなっています.また大学病院を訪れる患者からも「歯周病は全身的な病気と関係があると知ってから歯をよく磨いています」という言葉をよく聞きます.新聞や健康雑誌などで口腔(口)の健康の重要性が取り上げられていることが大きく影響していると思われます.
 しかし,看護・介護の専門家や一般の方々の歯科に関する知識は十分とはいえません.ある病院では,「入院患者の誤嚥性肺炎予防のために積極的に口腔ケアを行っています」ということでしたが,使用している清掃用具は歯ブラシのみでした.入院している高齢者の口腔内をみせてもらうと,鼓形空隙(歯と歯の間にある空隙)に食渣(食べかす)・プラーク(細菌などの塊)が残っていました.また,歯ブラシ,歯間ブラシ,ワンタフトブラシ,義歯用ブラシを持参した高齢者が施設の介護スタッフから「歯を磨くのにこんなに道具が必要なんですか」と質問されたという話もその家族から聞いたことがあります.
 歯科に関する知識が十分ではない理由には,歯科医師・歯科衛生士からの情報提供が十分とはいえないということがあげられます.また歯科医師・歯科衛生士からの情報提供に際して専門用語が多く,理解が難しいという指摘もあります.患者が理解できる言葉で説明すべきであるといわれていますが,これが実は難しい.たとえば「差し歯」という用語を患者はよく使いますが,患者の使う「差し歯」の意味は多彩です.「歯を抜いたので差し歯にしたい」と希望される患者には「歯根(根っこ)が残っていないと差し歯はできません」という説明をしなければなりません.一般に使われている不正確な用語が誤解を生むこともあります.そのため,歯科の専門用語を一般の方々にも知ってもらうということも必要ではないかと考えています.
 本書では,「できるだけ正確に歯科の情報を伝える」「専門用語を使うが,わかりやすい説明を加える」ということを目標に,歯科全般の解説を加えることにしました.ただし誌面の都合で小児歯科に関する解説は行いませんでした.歯科医院の待合室では一般の方々の知識の向上に役立つ書籍として,また歯科医院のスタッフ教育や看護・介護の専門家のテキストとして有用な書籍となっていると自負しています.本書を読んでいただき,そこで感じた疑問を歯科医師・歯科衛生士に質問していただければ歯科医師・歯科衛生士と患者の相互理解や多職種協働の一助になるのではないかと思っています.本書が歯科に関する知識の向上に役立つとともにコミュニケーションのためのツールにもなれば望外の喜びです.
 最後に,本書の完成に労を惜しまなかった医歯薬出版関係諸氏に深く感謝の意を表します.
 平成30年1月 編者一同
 Introduction歯科が扱う領域の概要(秋本和宏)
1章 健康に貢献する口腔の重要性
 1 歯周病と全身疾患(下山和弘)
 2 歯周病と糖尿病
 3 歯周病と動脈硬化
 4 サルコペニア
 5 フレイル,オーラルフレイル
 6 体性感覚と運動野
 7 咀嚼と脳の活性化
 8 歯の喪失と咀嚼能力
 9 咀嚼能力と寿命
 10 味覚(秋本和宏,秋本紗恵子)
 11 体性感覚
 12 唾液分泌
 13 摂食嚥下機能
 14 咀嚼機能
 15 嘔吐
 16 呼吸機能
 17 発音(構音)機能
 18 顔貌
 19 口のなかの汚れ(稲場幸治)
 20 歯,義歯の着色
 21 食物残渣(食渣)
 22 プラーク(歯垢)
 23 歯石
 24 義歯に付着するプラークと歯石様沈着物
 25 舌苔
 26 剥離上皮膜と痂皮
2章 口腔清掃に使用する用品
 1 プラークコントロール(薄井康裕,薄井砂織)
 2 手用歯ブラシ
 3 電動歯ブラシ・ワンタフトブラシ
 4 歯間ブラシ
 5 デンタルフロス・口腔洗浄器具
 6 粘膜清掃(清水裕之)
 7 舌ブラシ・粘膜ブラシ
 8 スポンジブラシ・口腔ケア用綿棒・ガーゼ等
 9 歯磨剤(金子博寿)
 10 口腔保湿剤・人工唾液
 11 含嗽剤・洗口剤
 12 義歯用ブラシ・義歯洗浄剤(清水裕之)
 13 開口器・開口補助器具
 14 フッ化物(堤美登利,下山和弘)
 15 キシリトール
3章 歯と歯周組織の病気とその治療
 1 う蝕とは(井上 篤)
 2 う蝕の発生要因と予防
 3 う蝕の進行度と治療法
 4 歯髄疾患
 5 歯髄疾患のおもな治療法
 6 直接抜髄法および感染根管治療の術式
 7 象牙質知覚過敏(熊谷修一)
 8 くさび状欠損
 9 歯冠修復,歯冠補綴(金子博寿)
 10 歯周病とは
 11 歯周病の治療の実際
 12 根分岐部病変
 13 歯の破折(熊谷修一)
4章 歯の喪失とその治療
 1 抜歯の理由(島崎直美)
 2 歯を失った場合の治療法
 3 ブリッジ
 4 部分床義歯
 5 全部床義歯(吉田 敬)
 6 義歯の着脱方法(清水裕之)
 7 清掃方法と就寝時の保管方法
 8 デンチャーマーキング
 9 義歯安定剤
 10 インプラント義歯の特徴(金子博寿)
 11 インプラント周囲の炎症とインプラント義歯の管理
5章 粘膜その他の疾患と治療
 1 口腔粘膜疾患の概説(秋本和宏,秋本紗恵子)
 2 口内炎
 3 口腔カンジダ症
 4 帯状疱疹
 5 口腔がん
 6 白板症と紅板症(紅斑症)
 7 扁平苔癬
 8 良性腫瘍
 9 薬物性歯肉増殖症
 10 骨隆起(外骨症)
 11 義歯性線維腫とフラビ―ガム
 12 口腔乾燥症とその治療
 13 舌痛症とその治療
 14 舌苔の除去
6章 味覚障害とその治療
 1 味覚障害とその治療(秋本和宏,秋本紗恵子)
7章 口臭とその治療
 1 口臭症の分類と治療の必要性(西川 毅)
 2 口臭の原因物質
 3 口臭の検査と治療
8章 顎関節症・顎関節脱臼とその治療
 1 顎関節の特徴(秋本和宏,秋本紗恵子)
 2 顎関節症
 3 開口障害(口が開かない)
 4 顎関節脱臼
9章 摂食嚥下障害
 1 摂食嚥下障害のスクリーニングテスト(岩佐康行)
 2 VE(嚥下内視鏡検査)・VF(嚥下造影)
 3 摂食嚥下リハビリテーションとは
 4 摂食嚥下リハビリテーションの基本
 5 チームアプローチ
10章 食事介助
 1 食事姿勢の確認(下山和弘)
 2 食器と食具の選択
 3 飲み込みやすい食形態
 4 介助の要点
11章 誤嚥と誤飲, 誤嚥性肺炎
 1 誤嚥(下山和弘)
 2 誤嚥正肺炎
 3 誤飲
 4 PTP包装シートの誤飲・誤嚥
12章 全身疾患と口腔
 1 脳血管疾患(佐藤 圭)
 2 脳血管疾患における口腔管理
 3 パーキンソン病(稲場幸治,下山和弘)
 4 パーキンソン病の口腔の問題
 5 認知症(熊谷修一,下山和弘)
 6 四大認知症の特徴
 7 認知症患者の歯科的問題

 文献
 索引