はじめに
筆者が歯科臨床における“力”という命題に興味を持ったのは歯周治療を通してであった.1973年から1976年までの3年間,筆者は北大の歯周病学講座に在籍していたが,当時歯周治療はデンタルプラークへの対策が重視されていた.しかしプラークコントロール重視の治療を進めても,治療経過のよい患者とよくない患者が存在することを体験するようになった.そして,この違いに“力”が何らかのかたちで関与しているのではないかとの臨床実感を持つようになったのは,1976年に開業してからであった.
患者の口腔に現れている症状が本当に“力”が関与したものかどうか,関与しているとすればどのような種類の“力”がどのように関与しているのか,真実を知りたかった.そこで,多くの論文を読み多くの臨床医の先生方にも顎口腔系に現れるさまざまな事象と“力”との関連について質問をしたが,“力”への対応に結びつく答えを得ることはできなかった.
手始めに,人間が一日24時間を過ごす中で“力”が発揮されるのはどのような時か考えた.睡眠時ブラキシズム(Sleep bruxim),昼間のブラキシズム,咀嚼時の咬合力などが想定できた.これらの中でもとりわけ大きな“力”を発揮するといわれている睡眠時ブラキシズムから取り組むことにした.
睡眠時ブラキシズムの評価は,従来,筋電計を使用した方法で行われているが,この計測器を使う臨床医は限られている.そこで筆者は臨床医であれば誰もが実施可能でかつ簡便に製作できるオクルーザルスプリントを患者に装着させ,スプリント上に形成されたファセット(咬耗)を観察して睡眠時ブラキシズムの評価を行うことにした.こうして姿の見えない睡眠時ブラキシズムをやっと視覚的にとらえることができるようになった.本論でも述べるように,患者へのモチベーションを高める際にこの事実はきわめて大きな意味を持っていた.
長い間臨床医を悩ませるばかりで,どの論文や各種の学会発表の中でも睡眠時ブラキシズムのコントロールは困難とされていた.治療方針について思い悩んでいた折,故押見 宏先生からアドバイスをいただいたことが契機となり,難攻不落と思えていたこの睡眠時ブラキシズムという臨床的命題に自己暗示法を応用することとなり,ようやくコントロールすることができた.
その一方,“力”が関与しているにもかかわらず睡眠時ブラキシズムの弱いケースにも遭遇した.睡眠時ブラキシズム以外の何らかの“力”が関与していることが想像された.臨床的な経過観察の結果,咀嚼時の過大な咬合力が関与していることが分った.ときには強い睡眠時ブラキシズムに匹敵するような咀嚼時の咬合力のケースも経験した.そこでさまざまな試行錯誤の結果,咀嚼時の咬合力の評価法とコントロール法を考案した.睡眠時ブラキシズムでの臨床研究の経験がここでも生きたといえる.“力”が関与しているケースでは,睡眠時ブラキシズムとともに咀嚼時の咬合力の鑑別診断が必要である.
本書ではこれまでの臨床成果をもとに睡眠時ブラキシズムと咀嚼時の咬合力に焦点をあて,“力”の実態,“力”の評価法と臨床対応の実際について解説している.本書が“力”への対応で苦慮されている多くの臨床医の臨床的解決に少しでもお役に立てたら筆者としてこれに過ぎる喜びはない.
2015年 盛夏の頃 池田雅彦
筆者が歯科臨床における“力”という命題に興味を持ったのは歯周治療を通してであった.1973年から1976年までの3年間,筆者は北大の歯周病学講座に在籍していたが,当時歯周治療はデンタルプラークへの対策が重視されていた.しかしプラークコントロール重視の治療を進めても,治療経過のよい患者とよくない患者が存在することを体験するようになった.そして,この違いに“力”が何らかのかたちで関与しているのではないかとの臨床実感を持つようになったのは,1976年に開業してからであった.
患者の口腔に現れている症状が本当に“力”が関与したものかどうか,関与しているとすればどのような種類の“力”がどのように関与しているのか,真実を知りたかった.そこで,多くの論文を読み多くの臨床医の先生方にも顎口腔系に現れるさまざまな事象と“力”との関連について質問をしたが,“力”への対応に結びつく答えを得ることはできなかった.
手始めに,人間が一日24時間を過ごす中で“力”が発揮されるのはどのような時か考えた.睡眠時ブラキシズム(Sleep bruxim),昼間のブラキシズム,咀嚼時の咬合力などが想定できた.これらの中でもとりわけ大きな“力”を発揮するといわれている睡眠時ブラキシズムから取り組むことにした.
睡眠時ブラキシズムの評価は,従来,筋電計を使用した方法で行われているが,この計測器を使う臨床医は限られている.そこで筆者は臨床医であれば誰もが実施可能でかつ簡便に製作できるオクルーザルスプリントを患者に装着させ,スプリント上に形成されたファセット(咬耗)を観察して睡眠時ブラキシズムの評価を行うことにした.こうして姿の見えない睡眠時ブラキシズムをやっと視覚的にとらえることができるようになった.本論でも述べるように,患者へのモチベーションを高める際にこの事実はきわめて大きな意味を持っていた.
長い間臨床医を悩ませるばかりで,どの論文や各種の学会発表の中でも睡眠時ブラキシズムのコントロールは困難とされていた.治療方針について思い悩んでいた折,故押見 宏先生からアドバイスをいただいたことが契機となり,難攻不落と思えていたこの睡眠時ブラキシズムという臨床的命題に自己暗示法を応用することとなり,ようやくコントロールすることができた.
その一方,“力”が関与しているにもかかわらず睡眠時ブラキシズムの弱いケースにも遭遇した.睡眠時ブラキシズム以外の何らかの“力”が関与していることが想像された.臨床的な経過観察の結果,咀嚼時の過大な咬合力が関与していることが分った.ときには強い睡眠時ブラキシズムに匹敵するような咀嚼時の咬合力のケースも経験した.そこでさまざまな試行錯誤の結果,咀嚼時の咬合力の評価法とコントロール法を考案した.睡眠時ブラキシズムでの臨床研究の経験がここでも生きたといえる.“力”が関与しているケースでは,睡眠時ブラキシズムとともに咀嚼時の咬合力の鑑別診断が必要である.
本書ではこれまでの臨床成果をもとに睡眠時ブラキシズムと咀嚼時の咬合力に焦点をあて,“力”の実態,“力”の評価法と臨床対応の実際について解説している.本書が“力”への対応で苦慮されている多くの臨床医の臨床的解決に少しでもお役に立てたら筆者としてこれに過ぎる喜びはない.
2015年 盛夏の頃 池田雅彦
はじめに
[ガイダンス]“力”とはなにか
1 過度の咬合力への気づき
1 “力”への気づき
症例1-1 “力”の要素が関与していない経過のよい症例
症例1-2 “力”の要素の強い症例
2 “力”とは?
1)文献的にみた“力”
2)筆者が考える“力”とは
2 睡眠時ブラキシズム(SB)とその評価法
1 従来のSBの評価法
1.問診
2.筋電計,および顎運動装置の組み合わせ
3.PSG(Polysomnography)データによる方法
4.その他,口腔内の観察
2 SBの評価法
1.筆者の行っているSBの評価法の要点
1)問診
2)口腔内観察
3)自己観察
4)オクルーザルスプリントによる定性・定量的な評価―池田式ブラキシズム評価法
3 SB評価用スプリントの製作法
1.スプリント完成時にクリアすべきポイント
2.SB評価用オクルーザルスプリント製作の実際
1)技工サイドで行うこと
2)チェアーサイドで行うこと
4 SB評価用スプリントの使用法
1.SBの強さの評価
2.SBのタイプの評価
3.SB評価の手順の実際
3 睡眠時ブラキシズム(SB)と各種の現象との関係
1 SBの強さと歯周病治療後の経過との関連
2 SBの強さと修復物の脱落との関係
3 SBの強さと根分岐部病変の関係
症例3-1 炎症の因子が強く“力”の関与が少ない歯周病
症例3-2 大臼歯すべてに重度の根分岐部病変が認められる重度慢性歯周炎
4 SBの強さと顎関節症との関係
症例3-3 SBのコントロールのみで顎関節症を治癒させた症例
5 SBの強さとインプラントの関係
症例3-4 咀嚼時の咬合力によりインプラント周囲炎を発症した症例
症例3-5 SBの強さが弱く長期的に口腔内が良好に維持されている症例
症例3-6 SBの強さが強く天然歯や上部構造に影響を及ぼした症例
4 睡眠時ブラキシズム(SB)のコントロール
1 自己暗示法によるSBのコントロール
2 自己暗示法の効果の判定
1.患者による判定
2.術者による判定
3 PSGデータによる自己暗示法の効果判定
症例4-1 睡眠クリニックから治療を依頼されたSBによる睡眠障害の症例
4 自己暗示法による成功率と効果の持続
調査研究結果
5 自己観察によるSBのコントロール
調査研究結果
症例4-2 SBのコントロールの重要性を認識させられた症例
5 咀嚼時の過度の咬合力
1 咀嚼時の“力”の気づき
症例5-1 咀嚼時の咬合力が強い症例(1)
症例5-2 咀嚼時の咬合力が強い症例(2)
2 咀嚼時の咬合力評価法
1.複製義歯を使用した方法
2.咀嚼時の咬合力評価用スプリントによる方法
3 咀嚼時の咬合力評価用スプリントの製作法
1.材料特性
2.スプリント完成時の調整ポイント
3.技工サイドで行うこと
4.チェアーサイドで行うこと
5.使用法と食事記録
4 強い力で噛むのは硬い物が好きだから?
1.食事内容の分析と結果
2.結果
3.結論
5 咀嚼時の咬合力のコントロール
1.「コントロール」の実際
2.コントロール後の効果判定
症例5-3 プロビジョナルレストレーションの破折や脱落などが頻発する症例
症例5-4 下顎パーシャルデンチャーの鉤歯の動揺と咀嚼不全を訴える症例
症例5-5 SBと咀嚼時の咬合力が複合した症例
6 “力”のコントロールへのモチベーション
1 “力”のコントロールへのモチベーションの大切さ
2 I.P.(イニシャルプレパレーション)システム
1.第1ステップ
2.第2ステップ
7 “力”のコントロールの実際
症例7-1 “力”を受け止める側の対応のみを図った症例
症例7-2 重度慢性歯周炎に罹患し,反対咬合で強いSBの症例
1 “力”がどのように関与しているか―評価の手順
1.口腔内の観察
2.問診
3.歯周病の症例での検討
4.エックス線写真での評価
5.SB評価用オクルーザルスプリントによるSB評価
6.咀嚼時の咬合力評価用スプリントを使用した咀嚼時の咬合力評価
2 “力”の鑑別診断
3 研究1:SBに咬合性因子は影響を与えるのか?
1)結果
2)結論
3)臨床的意義
4 SBのコントロールの実際
1.評価の結果弱いSBである場合
2.評価の結果強いSBである場合
5 咀嚼時の咬合力のコントロールの実際
6 研究2:最後方歯の抜歯要因や歯周病の悪化理由は?
1)結果
2)結論
3)臨床的意義
7 オクルーザルスプリントの使用上の問題点
1.オクルーザルスプリントが使用できないという患者への対応
1)治療に対するモチベーションが不足の場合
2)オクルーザルスプリントの製作上に問題がある場合
3)ファセットが出ないという患者への対応
2.いつまでオクルーザルスプリントを使用するのか
8 SBの治療効果の出ないときの対策
9 “力”を考えることがどれだけ重要なのか教えてくれた1症例
症例7-3 36年間の長期経過観察により“力”の有無が顎口腔系の健康にとりどれほど重要かを学んだ症例
参考文献
ガイダンスの回答
おわりに
索引
[ガイダンス]“力”とはなにか
1 過度の咬合力への気づき
1 “力”への気づき
症例1-1 “力”の要素が関与していない経過のよい症例
症例1-2 “力”の要素の強い症例
2 “力”とは?
1)文献的にみた“力”
2)筆者が考える“力”とは
2 睡眠時ブラキシズム(SB)とその評価法
1 従来のSBの評価法
1.問診
2.筋電計,および顎運動装置の組み合わせ
3.PSG(Polysomnography)データによる方法
4.その他,口腔内の観察
2 SBの評価法
1.筆者の行っているSBの評価法の要点
1)問診
2)口腔内観察
3)自己観察
4)オクルーザルスプリントによる定性・定量的な評価―池田式ブラキシズム評価法
3 SB評価用スプリントの製作法
1.スプリント完成時にクリアすべきポイント
2.SB評価用オクルーザルスプリント製作の実際
1)技工サイドで行うこと
2)チェアーサイドで行うこと
4 SB評価用スプリントの使用法
1.SBの強さの評価
2.SBのタイプの評価
3.SB評価の手順の実際
3 睡眠時ブラキシズム(SB)と各種の現象との関係
1 SBの強さと歯周病治療後の経過との関連
2 SBの強さと修復物の脱落との関係
3 SBの強さと根分岐部病変の関係
症例3-1 炎症の因子が強く“力”の関与が少ない歯周病
症例3-2 大臼歯すべてに重度の根分岐部病変が認められる重度慢性歯周炎
4 SBの強さと顎関節症との関係
症例3-3 SBのコントロールのみで顎関節症を治癒させた症例
5 SBの強さとインプラントの関係
症例3-4 咀嚼時の咬合力によりインプラント周囲炎を発症した症例
症例3-5 SBの強さが弱く長期的に口腔内が良好に維持されている症例
症例3-6 SBの強さが強く天然歯や上部構造に影響を及ぼした症例
4 睡眠時ブラキシズム(SB)のコントロール
1 自己暗示法によるSBのコントロール
2 自己暗示法の効果の判定
1.患者による判定
2.術者による判定
3 PSGデータによる自己暗示法の効果判定
症例4-1 睡眠クリニックから治療を依頼されたSBによる睡眠障害の症例
4 自己暗示法による成功率と効果の持続
調査研究結果
5 自己観察によるSBのコントロール
調査研究結果
症例4-2 SBのコントロールの重要性を認識させられた症例
5 咀嚼時の過度の咬合力
1 咀嚼時の“力”の気づき
症例5-1 咀嚼時の咬合力が強い症例(1)
症例5-2 咀嚼時の咬合力が強い症例(2)
2 咀嚼時の咬合力評価法
1.複製義歯を使用した方法
2.咀嚼時の咬合力評価用スプリントによる方法
3 咀嚼時の咬合力評価用スプリントの製作法
1.材料特性
2.スプリント完成時の調整ポイント
3.技工サイドで行うこと
4.チェアーサイドで行うこと
5.使用法と食事記録
4 強い力で噛むのは硬い物が好きだから?
1.食事内容の分析と結果
2.結果
3.結論
5 咀嚼時の咬合力のコントロール
1.「コントロール」の実際
2.コントロール後の効果判定
症例5-3 プロビジョナルレストレーションの破折や脱落などが頻発する症例
症例5-4 下顎パーシャルデンチャーの鉤歯の動揺と咀嚼不全を訴える症例
症例5-5 SBと咀嚼時の咬合力が複合した症例
6 “力”のコントロールへのモチベーション
1 “力”のコントロールへのモチベーションの大切さ
2 I.P.(イニシャルプレパレーション)システム
1.第1ステップ
2.第2ステップ
7 “力”のコントロールの実際
症例7-1 “力”を受け止める側の対応のみを図った症例
症例7-2 重度慢性歯周炎に罹患し,反対咬合で強いSBの症例
1 “力”がどのように関与しているか―評価の手順
1.口腔内の観察
2.問診
3.歯周病の症例での検討
4.エックス線写真での評価
5.SB評価用オクルーザルスプリントによるSB評価
6.咀嚼時の咬合力評価用スプリントを使用した咀嚼時の咬合力評価
2 “力”の鑑別診断
3 研究1:SBに咬合性因子は影響を与えるのか?
1)結果
2)結論
3)臨床的意義
4 SBのコントロールの実際
1.評価の結果弱いSBである場合
2.評価の結果強いSBである場合
5 咀嚼時の咬合力のコントロールの実際
6 研究2:最後方歯の抜歯要因や歯周病の悪化理由は?
1)結果
2)結論
3)臨床的意義
7 オクルーザルスプリントの使用上の問題点
1.オクルーザルスプリントが使用できないという患者への対応
1)治療に対するモチベーションが不足の場合
2)オクルーザルスプリントの製作上に問題がある場合
3)ファセットが出ないという患者への対応
2.いつまでオクルーザルスプリントを使用するのか
8 SBの治療効果の出ないときの対策
9 “力”を考えることがどれだけ重要なのか教えてくれた1症例
症例7-3 36年間の長期経過観察により“力”の有無が顎口腔系の健康にとりどれほど重要かを学んだ症例
参考文献
ガイダンスの回答
おわりに
索引