やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯科臨床に携わって40年,東京の郊外に医院を構えて37年が過ぎました.振り返ってみると,実に多くのことを患者さんから教えられたことに気づかされます.私もスタッフも,患者さんとともに育ち,育てられてきました.その過程は,「共生・共育」という言葉で表現するのにふさわしいものだと思います.
 開院以来,「予防に根差した歯科医療」を目指し,ブラッシングを入り口に,患者さんのセルフケアの確立を目標にして,診療を続けてきました.治療も指導も,セルフケアをベースに組み立ててきました.
 そうした日々のなかで気づいたことの一つは,長くおつきあいしてきた患者さんをみてみると,セルフケアが確立した方の予後はよいということです.当たり前と思われるかもしれませんが,患者さんが高齢になり,たとえ認知症になったときにも,その傾向に変わりはありません.
 私たちが歯科臨床で多くの時間を費やしているむし歯も歯周病も,慢性疾患であり,生活習慣病です.病態だけを診て指導や治療をしていたのでは,再発を繰り返し,病状は安定しません.安定させるためには,患者さんの生活に目を向け続け,時期を見計らって適切に対応することが必要になります.そのためには,歯科医にもスタッフにも,患者さんの生活を診る目をもつことが求められます.
 ただ,患者さんの生活は一人ひとり異なりますし,セルフケアの自立度も一人ひとり違います.また,一人の患者さんであっても,その生活は,年齢,家庭環境や,おかれた情況によって刻々と変化し続けます.そんなとき,この方にはどういうかかわり方を続けたらハッピーエンドを迎えられるかを,いつも考えてきたつもりです.
 本書では,患者さんとのかかわりから,何を教えられ,スタッフともどもどんなふうにして育ってきたかという視点から,長期症例の経過を診療室ぐるみで振り返ってみました.そして,口を通したかかわりから,患者さんの生活に目を向け,患者さんの生活を“読む”ことの大切さについて考えてみました.
 私たちの経験が読者の皆様の医院でそのまま役立つとは思いませんが,ここに紹介したさまざまな患者さんとの対応のなかから,少しでもヒントになるものを見つけていただき,日々の臨床の参考にしていただくことができれば幸いです.
 2015年4月
 三上直一郎
 はじめに
I編 口から患者さんの生活を読む―Introduction
 生活に目を向けることの大切さを教えられた患者さん(Case 1)
II編 歯周病とその背景を診る
 1.歯周病が悪化するとき
  (1)治療が先行した場合(Case 2)
   治療が先行すると患者さんはどう考えるのだろうか?
   セルフケア確立のための指導と治療の流れ
  (2)人生の曲がり角―大きなストレスの加わったとき―(Case 3)
   ストレスは歯周病を進行させる
   病気の発症・進行は外因・内因のバランスで決まる
  (3)ブラッシングよりも食事に問題がある場合(Case 4)
   ブラッシング指導の展開―患者さんの問題点の整理の手順
   <DHの知恵袋>指導の結果が思わしくないときの対応のポイント
  (4)患者さんは伝えたとおりに理解するとはかぎらない(Case 5)
   ブラッシング指導とその評価・確認,追加修正の手順
   歯肉退縮の原因
 2.禁煙指導の難しさ
  (1)禁煙のネックはストレスと人間関係(Case 6)
   喫煙者の歯肉の特徴と病理
   喫煙の害
  (2)指導の好機を見極める(Case 7)
   禁煙支援の方法と効果
   <DHの知恵袋>禁煙指導のポイント
 3.指導のゴールはセルフケアの確立
  (1)セルフケアの自立が歯周病克服の契機(Case 8)
   歯肉・歯周組織の回復・安定化のメカニズム
   歯間乳頭の回復・クリーピングの病理学的背景
  (2)セルフケア維持の鍵(Case 9)
   患者さんの目から見ると
   セルフケア確立への配慮・作戦
  (3)生活改善への意志が芽生えたらゴールが見えてくる(Case 10)
   食事指導に便利な記録・点検表
   食事・生活指導のポイント
   <DHの知恵袋>
III編 むし歯とその背景を診る
 1.子どものむし歯ができるとき
  (1)成長のターニングポイントで(Case 11)
   むし歯予防の指導ポイント:できたむし歯を活かす指導
   <DHの知恵袋>年齢に合わせた指導のポイント
  (2)こじれた母子関係から(Case 12)
   子どものむし歯予防指導の留意点
   指導や治療でてこずる子どもと向き合うとき
  (3)生活リズムの整わない育児環境で(Case 13)
   むし歯予防のポイント:健康な子育て
   むし歯と家庭や生活習慣の関係をデータから見ると
  (4)食事習慣の乱れから(Case 14)
   「だらだら食い」から「食べたら磨く」への変化で何が起こるか
   健康的な食生活の習慣をつくるための育児の指針
 2.大人のむし歯ができるとき
  (1)唾液の減少(Case 15)
   唾液の役割と口渇の原因
   ドライマウスへの対応
  (2)介護ストレス(Case 16)
   ストレスをためないための10 カ条
   生活習慣病の発症・進行要因とその予防
  (3)病院生活と闘病生活(Case 17)
   根面カリエスの特徴と病理
   高齢者の口腔内の特徴
  (4)がん治療の影響(Case 18)
   がん患者さんへの配慮
   面接技法・基本的傾聴法
IV編 自立への気づきを支える
  (1)セルフケアの重要性への気づき(Case 19)
   セルフケアしやすい補綴物への配慮
   咀嚼能力判定表
   プロフェッショナルケアとセルフケア
  (2)依存からセルフケア自立への行動変容(Case 20)
   メインテナンスの流れとチェックポイント
   <DHの知恵袋>経過の長い患者さんを担当するときのポイント
V編 口から全身を診る
  (1)歯科の指導は慢性疾患対応モデル(Case 21)
   慢性疾患への対応
   チームの力
  (2)認知症になっても,セルフケアが支えてくれる(Case 22〜24)
   認知症の症状と特徴
   認知症の患者さんへの対応の基本
   「地域」は「知域」
  (3)口は全身の健康・生きることへ向けて開かれた窓(Case 25)

 あとがき