やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

プロローグ
 いま,この本を開いてくださっている方の中で,日本の歯科の未来に不安が全くないという人はいらっしゃるでしょうか?
 世間では,何かといえば,歯科医は過剰でコンビニより多いとか,歯学部定員割れとか,ワーキングプアとか,歯科をめぐる話題にはろくなものがありません.
 特に,歯学部の学生さん,開業前や開業直後のドクターたちは,これからどうなるのかと不安に思われているかもしれません.もしかしたら,歯科医を選ばずに医師にしておけばよかったかな?などと思っていらっしゃるかもしれませんね.
 でも,「大丈夫です.日本の歯科の未来は明るく,歯科医はまだまだ不足していて,たぶんこれからもっともやりがいのある医療分野になります」といわれたらどう思いますか?
 これからますます高齢化が進む社会において,予防で歯の悪い人は少なくなり,政府は歯科医療の予算を削減するという中で,どうしてそんなことがいえるのか?それらの答えは,ちょっと視点を変えることで明らかになってきます.
 本書は,3人の現役矯正歯科医の経験をもとに書かれています.私たちはたまたま機会があって,海外の学会やセミナーなどによく参加するようになりました.そうすると,海外のドクターから日本の歯科事情についていろいろと質問を受けたり,日本と海外のオフィスや治療システムの違いなどについて,考えざるをえなくなります.
 そうした中で感じられたものが,
 ・日本の歯科界はマーケットとしてみると,ほとんど未開の地であるということ
 ・これからの高齢化クオリティ社会にはプロの連携治療が必要だということ
 ・医療はドクター・スタッフ・患者のチームで達成するものであること
 などであり,さらに,
 ・歯科界が変わることで,日本社会を変える力につながるのではないかということ
 でした.
 本書の基本的なメッセージは,「歯科医ライフを楽しもう!」です.私たち3人は,歯科医としてのキャリアが楽しくて仕方がないのです.
 多くのスタッフたちとのチームワークで,自分の最良の力を出して患者さんに満足してもらう治療ができたときほど充実するものはありません.それが他院の専門医との連携治療で成し遂げたものであればなおさらです.
 とある40代の患者さんは,10代で片側下顎臼歯を喪失し,ずっと義歯を入れずにきたために残存歯が傾斜し,顎提も吸収して,そのままでは補綴処置も難しい状況にありました.いろんな歯科医院を訪ねましたが,どこでも治療は無理といわれ,そのうち総入れ歯になるんだと「人生を」諦めていたそうです.しかし,矯正専門医と歯周病専門医,補綴専門医による連携で,PAOOという骨造成を伴う歯周外科処置を併用した矯正治療を行い,最終補綴処置をすることができました.
 「こんな日が来るなんて,思ってもいませんでした.ここに来てみなさんと会うのが楽しみでした.治療が終わってしまうのが寂しい」
 この患者さんは,これまでの人生のほとんどを臼歯で咀嚼することなく過ごしてきたのですが,40代といえばまだまだ人生半ば.歯科治療をきっかけに,残りの人生が変わったのです.
 このような,「患者さんの人生を変える歯科治療」を経験された先生は決して少なくないはずです.
 医師は「患者さんの生死にかかわる仕事」をしているかもしれません.でも,歯科医は患者さんの「残りの人生にかかわる仕事」をしているのです.
 どんな小さな治療でも,もちろん大きな治療でも,歯科医は患者さんの残りの人生を変えるために仕事をしています.一人ひとりの患者さんの人生がよりよく変われば,結果的にはよりよく社会を変えることにつながるはず.そう考えると,歯科医の仕事って素晴らしいと思いませんか?
 このような治療が日常的になされるためにも,少し視点を変える必要があります.
 本文にも書かれていますが,日本に来た海外の歯科医からみれば,日本は歯科医天国だそうです.これは,われわれ日本の歯科プロフェッショナルにとってとても不名誉なことですが,街を歩く人の歯があまりに悪いから…….
 19世紀初頭,アフリカに来た2人の靴のセールスマンがマンチェスターの本社に全く正反対の電報を打ったそうです.
 1人は「絶望的,計画を中止せよ.靴を履く人はおらず」
 もう1人は「すごい市場を発見.まだ誰も靴を履いていない」
 みなさんが,まだ誰も靴を履いていないアフリカの地で靴を売ることになったら何をしますか?

 靴を履くことがどれだけ素晴らしいかを,
 靴を履くことがどれだけ衛生的かを,
 靴を履くことでどれだけ怪我を防げるかを,
 靴を履くことでどれだけ遠くまで歩けるようになるかを,
 靴を履くことがどれだけおしゃれかを,
 靴を履くことで……

 つまり靴を履く「価値」をありとあらゆる手段で伝えるはずです.
 価値が伝わらなかったら,売れるものも売れるはずがありません.それこそ絶望的です.
 本書を読めば,日本の歯科界がちょっと違った風景にみえてくると思います.
 2014年2月
 有本博英 賀久浩生 篠原範行
 プロローグ
I 日本の歯科は未開の地(有本博英)
 1.アメリカで日本人を見分けるのは簡単だ―いま,この日本で歯科医をするという意味
 2.歯が痛いからちょっと歯医者にいって来る?!―理想的な歯科の仕事と日本の現状
 3.難症例とインプラント―日本の歯科をめぐる環境
 4.スマイル=身だしなみ―海外でなぜ矯正歯科治療が常識なのか?
 5.ブランド好きの日本人はブランドになれるか―日本人を元気にするのは歯科プロフェッショナルの仕事
II 武器を手に入れる歯科医ライフ(篠原範行)
 1.どこか,いい歯医者さん知りませんか?―コモディティ化している歯科医療
 2.あなたじゃなきゃダメ―コモディティ化を抜け出すための武器は?
 3.幸せとは,自分の不幸せに気づかないことである―海外の学会への参加が自分の壁を破る
 4.世界の中心でスタッフと叫ぶ―海外の学会に参加するメリット
 5.先生,そんなことも知らないの?―グローバリゼーションの加速
 6.その治療に妥当性はあるの?―予防歯科ブームがもたらしたもの
 7.チームでゴールを共有せよ―インターディシプリナリートリートメントを目指して
 8.わらしべ長者
III 学校では習わないオフィスづくり1 他とは違う尖ったオフィスを目指す(賀久浩生)
 1.「何かあったときは頼む……」―アメリカ留学と帰国
 2.非常識の力―銀行から融資を断られる
 3.歌舞伎町で矯正・小児歯科専門医院―ポジショニングを明確に
 4.トランク2つだけで夢をみる―夢のような生活をしていたアメリカの教授たち
 5.「開業当初は時間があるでしょう?」―メンター,仲間との出会い
 6.家賃250万円のマンションに仮住まい―2軒めのオフィスを開くことになったわけ
 7.最低100坪のオフィス―自分の強みと顧客の価値を一致させる
 8.巨大ネズミに足をかじられたら……―自分たちが幸せにしたい人は誰か?
IV 学校では習わないオフィスづくり2 チームワークがすべて(賀久浩生)
 1.チームがなければ私も引退―チーム力がオフィスの成功を決める
 2.最初のスタッフは女子高生?!―スタッフ採用にあたって大切にしていること
 3.「少しのがんばり」をがんばってもらう―最強チームをつくるスタッフ教育とは?
 4.自分とは違う考えの人がいる―チームが最大限のパワーを発揮するために
 5.オフィス内ではいつも笑顔―チームの連帯感をキープする秘訣とは?
V 世界に負けない日本ならではのクオリティを(有本博英)
 1.腕のよいドクターの限界―「機能的で審美的な咬合」をつくるのは最初のステップにすぎない(レベル1)
 2.多忙なビジネスマンにフロスをさせろ!―健康な口腔を維持させることができる状態(レベル2)
 3.歯科医療はもはや医療ではなくなる―オーラルパワーが日本を変える(レベル3&4)

 文献